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付属養成所はないのですか?

答:ありません。今後も作らずに、このままやっていけたらなと思っています。

声優プロダクションを運営していると「貴社に(声優の)養成所はありませんか?」という問合わせがよくやって来ます。声優プロダクションは、付属の養成所を運営するのが一般的とされているようです。会社を作った当時の私は、そのことに思い当たりませんでした。声優養成所とは、文字通りプロフェッショナルの声優を養成する機関です。あるプロダクションで声優としてデビューしたければ、先ずはそのプロダクションの付属養成所に入ります。そこで一年から二年の訓練を経て所属オーディションに合格することで、晴れてそのプロダクションに“所属”出来るという仕組みです。

声優プロダクションは、必ずしもマネジメント事業だけで売り上げを立てているわけではありません。付属養成所の運営。多くの中小声優プロダクションでは、この付属養成所の事業収益が営業利益の多くを占めています。付属養成所はレッスン生から授業料を徴収できます。例えば週に一度のレッスンで月謝が二万円だとすれば、三十名で毎月六十万円の売り上げになります。

この「毎月確実に入ってくるお金」という点が大事なんです。額面以上に。経営の心得のある方なら、すぐに理解されると思います。プロダクション事業は収入が不安定です。上手くいけば数百万円入ってくる月があるかもしれないけれど、数万円し収入のない月もある。声優個人もそうですが、プロダクションも同じです。その上、出演費はすぐに支払われるとは限りません。例えば、あるゲーム作品に十万円で出演したとしましょう。四月に実施された収録は小一時間で終わりました。一時間の収録で十万円も稼ぐなんて、さすがです。ところで、このゲームはメーカーの事情で開発が遅れてしまい、リリースが九月になってしまいました。法的には収録が完了した四月の時点でギャラを請求する権利が発生します。しかしながら、業界の慣習的に「作品のリリース後に請求」というケースも多いのです。九月に請求をして、制作会社の支払いが60日後。すると、実際に入金があるのは十一月なんですね。額面が不安定であるばかりか、仕事をしてから入金されるまでが非常に長い。これはキャッシュフローの面で非常によくありません。その一方で、毎月確実に一定の額が入ってくるという事業は、大変にありがたいのです。前払いで収めてくれれば、さらによし。経営は一気にイージーモードになります。

一度このモデルを採り入れると、簡単に辞められないと思います。楽だから。毎月定額のキャッシュが入ってくるということが、とにかく経営者にとってはすごくオイシイのです。プロダクション事業で収益を上げなくても、養成所の事業で収益を上げればいいのです。

養成所に声優志望者をリクルートするには、そのプロダクションの所属声優の実績が大切です。”所属声優の〇〇が〇〇に出演決定!”とアピールすれば、自分もそのような役を(仕事を)得られると思った志望者の方が養成所に来てくれます。その為、各社広告塔となる所属声優を必要とし、”お金を出して役を買う”というケースもあるようです。

もちろん、養成所を運営している全ての声優プロダクションが上記のようなビジネスモデルを採用しているわけではありません。プロダクション事業を経営の柱に、その将来を担う新人を真面目に育成してされている会社もあるでしょう。ご存知のように、この世界では需要と供給のバランスが崩壊しています。必要とされる人数に対して、志望者の数が圧倒的に多い。この多数の志望者に向けてサービスを提供することが、ビジネスとしては正攻法なのです。

さて、ここまで声優プロダクションと養成所のモデルについて、私の知見の範囲で説明してきました。私が養成所を作ることに否定的な理由は二つあります。一つは、コトリボイスがベンチャー企業だから。ベンチャー企業とは、新しいビジネスモデルに挑戦する企業です。既に多くの他社様が採用されているモデルの事業を営んでは、それはベンチャーではない。「養成所ビジネスに頼らずに、声優プロダクションを運営する」という目標が、ベンチャー企業としての誇りなのです。

もう一つは、声優の養成所がこれ以上社会には必要がないと考えているからです。既に十分な数の声優養成所が世の中にあります。十分過ぎる数の声優予備軍が市場には供給されています。これ以上、際限も計画もなく供給を続けることに社会的な意義はあるのでしょうか。

“養成所”というのは、教育機関の一つの形態です。一定の職業技術を身につける為に、一定のカリキュラムを履修します。カリキュラムに則った一対多の指導で、効率よく技術や知識を伝播します。大量のアニメーションを作り、外国の映像に吹き替えを入れ、企業のプロモーションビデオにナレーションが必要だ、とにかく片っ端から声を録らないといけない…このような状況で社会に”声優"が不足しているのであれば、養成所は必要だと思います。もっと作った方がよい。しかし、現実はそうではありません。声優やナレーターは十分過ぎる人数が供給され、多くの人が仕事にあぶれている。現在の社会で不足しているのは声優ではなく、介護や保育、医療の現場働く人たちです。

演技を学び、ライフワークとして芝居を探求するのは素晴らしいことだと思います。自分が表現したいことの為に、自分の持つ能力と特性を磨く。そういう方が学ぶ場所は、”養成所”でなくてもよいのです。一定水準の技術を持つ職業人を養成する為のカリキュラムは、もう必要ありません。師弟制度や私塾に近い形ではどうでしょうか?これは興味があります。その内、何か始めるかもしれないです。

コトリボイスは一緒に仕事をする為にマネジメント契約を結ぶので、新人の方でも「即戦力」であることが求められます。そうは言っても経験不足は否めません。講師やマネージャーによる個人レッスン、オフィスビルの上階でレッスンをしているボイストレーナーの先生にもご協力いただいたり、また同業他社さんのワークショップやレッスンに参加させて貰ったりもしています。まだまだ手探りですね。声優プロダクションではなく、芸能プロダクションの他社様の手法を参考にすることは多いです。

ある日、オフィスの上階から聞こえてくるピアノの音を聞いて、ベテラン声優の方がボイストレーニングに興味を示しました。その話を聞いた別の方も、現在は同じ先生のレッスンに通っています。生涯現役ということは、生涯勉強なんですね。スタジオ設備もなるべく開放し、所属の声優の方々には自由に使って頂いてます。新人もベテランもなく、役者がそれぞれ己の芸を磨く道場のような場になればいいな、と思っています。

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