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このマンガがやばい!

 前回ご紹介した『硬派銀次郎』や『巨人の星』は、セリフの差し替えだけで済んでいるが、題材やエピソード自体が不適切として、お蔵入りになってしまった作品もある。
 有名なところでは、手塚治虫の『ブラック・ジャック』(73~83年)。「指」と題されたエピソードで、ブラック・ジャックの旧友の間久部緑郎という6本指の男が登場する。2人が出会ったのは中学時代。〈わたしもきみもみじめだったなあ/わたしは身体障害者/君は不具者だったんだ〉とは当時を振り返るブラック・ジャックのセリフである。回想シーンでは、アメリカの大学に進学することになった間久部が、医大生となったブラック・ジャックに指の切除手術を依頼。そのときのセリフが〈ぼくはアメリカで五本の指をもったまともな人間として再出発したいんだ!!〉だった。

 多指症という実際にある症例らしいが、おそらくこうしたセリフが原因で単行本未収録となっている。確かに、文言だけ見れば差別的には違いない。ただ、クラスメイトたちのからかいの対象となるなかで、お互いに励まし合い慰め合いながら友情を育んだ2人の間の会話としては、必ずしも差別には当たらないような気もするのだが……。
 この作品はのちに改作されて「刻印」というタイトルで再掲載、単行本にも収録されているが、6本指という設定はなくなっている。それはそれできちんとした物語になっているのはさすが手塚。『ブラック・ジャック』には、ほかにも「植物人間」「快楽の座」などの単行本未収録作があるが、どこかで完全版を出してほしい。

 雑誌でリアルタイムに読んで「これは問題になるのでは……」と思っていたら、予想以上の大騒動となったのが、沖さやか(現・山崎紗也夏)『マイナス』(96~97年)の「遭難クッキング」だ。問題となったのは、山で遭難した主人公の女教師と女生徒2人が、迷子になって転落死した女児を丸焼きにして食べるシーン。掲載号は回収され、次々号誌面で謝罪文掲載、単行本にも当該回は収録されなかった。
 実際に人肉を食べたら大変だが、フィクションの中で描いたからといって、そんなに大騒ぎせんでも、とは思う。ただ、極限状態の人間の狂気を描く――というほどの展開でもなく、過激を狙ってやりすぎてしまった感があり、見ていて気持ちのいいものではなかった。なお、04年刊の『マイナス 完全版』(エンターブレイン)には、この回も収録されているようだ。

 人肉食といえば、ジョージ秋山の『アシュラ』(70~71年)も忘れられない。舞台は、飢饉に襲われた中世の日本。男か女かも判然としない餓鬼のような人間が、泣きわめく子供の尻にかぶりつく。そんなインパクトありすぎな見開きに始まり、いきなり13ページにわたる地獄絵図が展開される。
 屍肉を狙うカラスたちが〈ギャーッギャーッ〉と鳴きながら空を舞う。地上は餓死者の亡骸でいっぱいだ。ある者は白骨化し、ある者は大量のウジが湧き、ある者は生きているのか死んでいるのかもわからぬままカラスに目玉をほじくられている。そして、かろうじて生き長らえていた男をオノで殺し、切り落とした腕の肉にかぶりつく女が一人……。
 まさに極限状態の人間の狂気を描いた作品だったが、連載当時は第1話が載った段階であまりの過激な描写に批判が殺到、有害図書に指定する自治体もあり、編集部が誌面で釈明することとなった(この作品は現在も幻冬舎文庫で読める)。

 そしてもうひとつ、わりと身近で起こったのが、小林よしのり『ゴーマニズム宣言』(92年~)の「カバ焼きの日」事件である。93年の皇太子ご成婚をネタに描いた一編が「SPA!」に掲載拒否されたのだ。原因は、ご成婚パレードで雅子妃が「天皇制反対―っ」と叫びながら爆弾を投げるという作者の妄想シーン。ただでさえ皇室関連はいろいろ面倒なのだから、このネタが問題となるのは作者もある程度わかっていただろう。しかも、「SPA!」は一応、フジサンケイグループの雑誌である。そこであえて危ない皇室ネタを繰り出したのは、編集部への挑戦の意味もあったのかもしれない。

 当時、私はライターとして「SPA!」編集部に出入りしていた。雅子さま報道のフィーバーぶりをおちょくる企画で、小和田家前に張り込む報道陣の様子を取材したりもした。そんななかで「カバ焼きの日」掲載拒否事件が起こり、その後、編集として関わるようになってからも『ゴー宣』をめぐるゴタゴタを横目で見ながら仕事をしていた。小林よしのりと宅八郎の雑誌内バトルもあり、それぞれの担当者はさぞかし大変だったろうと思う。

「カバ焼きの日」が、どのような判断で掲載拒否となったのかはわからない。おそらく編集長よりもっと上からの圧力があったのだろう……というのは推測にすぎないが、今も「SPA!」では皇室ネタはかなり慎重な扱いを要求される。まあ、それは「SPA!」に限った話ではないけれど。

(※当記事は「季刊レポ」が発行していたメルマガ「メルレポ」2012年7~9月配信分を再構成して掲載しています)

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