とら

阪神はめんどくさい

 しかしまあ、何だかんだ言っても相手が出版社なら、まだマシだ。一般企業のPR誌とか、クライアントの顔色をうかがいながら作ってる媒体はもっと面倒くさい。基本的にはそういう仕事はあまりやらない。が、それに近い仕事を受けてしまったことがある。

 一部で知られているとおり、私は阪神タイガースの熱心なファンだ。どれぐらい熱心かというと、開幕からぶっちぎりで優勝した2003年、何がなんでも胴上げを生で見るぞと心に誓い、いつ優勝が決まってもいいよう8月後半以降の試合のプラチナ化したチケットをヤフオクで落としまくり、気がつけば80万円以上も突っ込んでいたぐらい。
 そんな私に阪神タイガース公式携帯サイトからコラム連載の依頼が来たのである。そりゃもう引き受けるしかないでしょう。ファン冥利に尽きるというか、「とうとうオレも上りつめたか……」ぐらいの気持ちだった。
 が、いざやってみたら、さあ大変。今まで仕事したどの媒体よりもNGの嵐だったのだ。

 いや、ある程度、予想はしていた。2002年、2003年に「SPA!」の臨時増刊で阪神タイガース優勝祈念号みたいなのを何度か作っていて、阪神球団の面倒くささは身に染みている。人気にあぐらをかいた殿様商売。広報の横柄さや営業のがめつさは12球団でもピカイチだ。その球団の公式サイトで原稿を書くとなれば、ある程度の直しはあるだろうと覚悟はしていた。が、そのダメ出しは想像をはるかに超えていたのである。

 江草という、今は広島にいるピッチャー(女子バレー日本代表の竹下佳江選手との結婚で話題になった)について〈何がいいって、ピンチを背負ってもアタフタせず、「満塁ですが何か?」とばかりに、あの半笑いみたいな顔でポイポイ投げ込む図太さがいい〉と書いたら、〈半笑い→明るい表情等に変更出来ませんでしょうか〉との要請が。
 阪神は伝統的にGWに連敗することが多く、〈80年代後半から90年代の暗黒時代、たまに好スタートを切って「今年はいけるかも」と思っても、GWで連敗してそのままズルズル……というのがお決まりのパターン〉と書いたら、〈(暗黒時代は)ちょっと言い方が露骨すぎる様におもいますので「苦しかった時代」等、ぼかした形に変更ねがいます〉〈(というのがお決まりのパターンは)「ということが多かった」等に変更〉との指示が来る。

 2009年のドラフトで阪神を含む6球団が競合指名した菊池雄星を獲得できなかったことを〈我らが阪神タイガースは、またしてもクジ運の弱さを発揮〉と書いたら〈「交渉権獲得」の当たりクジを引くことが出来なかった。等に変更願います〉
 新井貴浩のスライディングを「ぎこちない」と書いたらそれもダメ。いろいろ考えた末、「尻が痛そうな」に修正したら通ったのだが、何だかなーって感じである。
 それ以外にも、今岡のことを〈気のないスイングで空振りしたかと思えば、インハイの難しい球をレフトスタンドに叩き込んだり、とにかく予測がつかないというか、常識が通用しない〉と書いたら、〈気のないスイング〉〈常識が通用しない〉はNG。文章全体としては決して悪口ではなく、むしろ愛情と敬意に満ちているのだが、そんなことはお構いなしに逐一修正要求が返ってくる。

 まあ、チームや現役選手のことを否定的に書くのは控えてくれというのはわからなくはない。でも、とっくにいなくなった外国人選手についても過剰なまでに気を遣うのは何なのか。阪神ファンなら誰もが苦笑するハズレ外国人・グリーンウェルについて〈キャンプ中に背中だか腰だかが痛いと言って帰国〉と書いたら〈「を痛め帰国」に変更して頂けないでしょうか〉。さらに〈かのランディ・バースが史上最強の助っ人としてファンの心に深く刻まれているのと対照的に、グリーンウェルの名は史上最悪の外国人として忘れたくても忘れられないトラウマだ〉との表現は〈ちょっと内容が露骨すぎますので、変えて頂けませんでしょうか〉ときた。〈頂けませんでしょうか〉などとお願いの形式をとっているが、修正しなればボツになるので、要するに命令だ。

 しかし、自虐ネタで笑うのが阪神ファンの真骨頂であり、それを禁じられたら何も書けない。ちょっとヒネった表現をすれば、すぐにNG。そんなんじゃ無味乾燥な提灯記事みたいな原稿にしかならない。それでも可能な限り面白くしようと手を変え品を変え修正していたのだが、あまりに手間がかかるので結局1年で自ら降板した。
「ベンチがアホやから野球ができへん」とは、シーズン途中で退団した江本孟紀のセリフだが、まさに「広報がアホやから原稿が書けへん」という感じ。そんな球団フロントの体質が現在の低迷を招いていることに気づいてほしいが無理だろうなあ。

(※当記事は「季刊レポ」が発行していたメルマガ「メルレポ」2012年7~9月配信分を再構成して掲載しています)

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