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コミケ今昔物語

※2005年8月12日取材

 日本人は行列好き、とよく言われる。いわゆる“行列のできる店”に並んでいる人なんて、その店に入ることよりも、行列に並ぶこと自体が目的なんじゃないかと思えるほどだ。しかし、どんな人気店の行列も、以前に取材した年末ジャンボの行列も、この行列にはかなわない。いったいどこまで続いているのか、何人並んでいるのか、数える気にもならない長大な行列。なぜか頭にバンダナを巻いた人や、買い物カートを引っ張ってる人が目立つのは、この行列ならではの光景だ。

 そう、それは日本最大(すなわち世界最大)の同人誌即売会「コミックマーケット」、通称コミケの入場を待つ人たちの列。8月12~14日、世間がお盆休みで帰省や海外旅行を楽しんでいる頃、日本中のオタクたちがココ、東京ビッグサイトに集結しているのであった。

 コミケ参加者はバブル崩壊も出版不況も関係なく、超右肩上がり(グラフ参照)。昨年夏に開かれたコミケ66には、3万5000サークル、51万人が参加した。あの愛知万博でさえ、8月中に最も番入場者数が多かった日で18万4275人だったことを考えれば、3日間で51万人という数字がいかに尋常じゃないかわかるだろう。※数字は『コミックマーケット30'sファイル』(発行/コミケット)より。

 今回取材した8月12日は、ジャンル的には女性向けがメインだったのでまだマシだったが、男性向け(つまりは美少女エロ)メインの最終日は混雑度も汗臭さも最高潮だったはず。ああ、想像するだにむさ苦しい……。

 それにしても、曇り空で日差しはそれほど強くないとはいえ、30度を超す暑さのなか、よくまあ並ぶもんだと思うけど、みんな特に不満を漏らすでもなく、粛々と並んでいる。さすがオタクは我慢強いよなー……などと他人事のように書いてみたが、実は私もかつてコミケに参加したことがある。

 当時(約20年前)のコミケは、晴海の国際貿易センターで開かれていて、規模も現在とは比べ物にならないほど小さかった。といっても、一大イベントであることに変わりはなく、一日で2~3万人の来場者があり、やはり長蛇の列ができていた。

 が、私はサークル参加、つまり売る側として参加していたので、並ばずに入場できたのだ。そして、ここが重要なのだが、コミケの場合、売る側は自分たちの同人誌を売るだけでなく、お目当ての同人誌を買うこともまた参加目的のひとつなのである。人によっては、販売そっちのけで人気サークルの新刊を買い漁り、売れた本より買った本のほうがはるかに多かったりすることも。で、そういう人気サークルの本は、たいがい午前中で売り切れたりする。

 ようするに、前述の行列するオタクたちは、その手の人気本を手に入れたいがために並んでいるのだ。が、私は別に同人誌を買うのが目的ではないので、ひとしきり行列を観察したあと、近くのカフェで朝食をとりながら待機。隣の席ではコスプレイヤーの女のコ2人が、微妙に腹の探り合いといった感じの会話を交わし、向かいの席では30代後半とおぼしき男が、やおらコミケカタログを広げ、お目当てのサークルチェックに余念がない。

 そうこうしているうちに、時間は12時近く。ふと窓の外を見ると、かき氷の看板みたいなTシャツを着て、長髪を後ろで縛った20代前半ぐらいの男が、道端にしゃがみこんで紙袋いっぱいの戦利品を点検している。よし、そろそろ並ばずに入れるだろうと、再びビッグサイトへ向かってみると、案の定、入場待ちの行列はなくなっていた。

 が、会場内の人気サークルのブースには、まだまだ行列ができている。面白いのは、サークルの人とか会場の係員とかでなく、最後尾の客自身が「○○(サークル名)最後尾」と書かれた札を掲げていて、次の客が並ぶとその人に札を手渡すのだが、渡されたほうは当然のように受け取って頭上に掲げるのだ。何だか知らないが、そういうルールができあがっている。サークルによっては、並んでる間にメニューを渡して注文を取る飲食店のように、見本ファイルを回覧させているところもあった。20年前から比べると、ずいぶん進化(?)したものだ。

 もうひとつ昔と違うのは、外国人の姿が増えたこと。いや、増えたというか、昔は外国人なんて一人もいなかったと思う。それが今では、たぶん台湾から来たのだろう、そこかしこで中国語が聞こえる。見た目、パンク系の白人カップルもいたし、レミー・ボンヤスキーみたいなスマートでオシャレな黒人もいた。さすがアチラの人はオタクでもカッコイイのね……と思ったら、ユタ州のスーパーとかでしか売ってなさそうなダサい服を着た大柄な白人金髪女2人組が、やおい系のエロ同人誌を買ってて思わず苦笑。うーん、オタクに国境はないんだなあ。

 それにしても、広大な東京ビッグサイトのすべてのホールが会場となっている中で、自分好みの本を見つけるのは容易ではない。参加サークルは日によってジャンル分けされ、会場内のエリア別にもジャンル分けされているが、それはあくまでも目安。結局、自分の目で見て判断するしかないが、私が参加してた頃は、一日開催でサークル数も1500~2000くらいだったので頑張れば何とか見て回れたけど、3日間で3万以上のサークルが出展している現在、全部見るのは不可能だ。そこで多くの人は、分厚いカタログにみっちり詰まったサークル紹介と配置図を頼りに、気になるサークルを事前にチェックする。ビッシリ書き込みした配置図を透明な下敷きみたいなやつに挟んだものを手に、会場内を探索している人もいたが、その姿はまるでオリエンテーリング。オタクをやっていくにも体力と気力が必要なのだ。

 2時を過ぎると、すでに完売で店じまいするサークルもあり、人波もかなり引いてきた感じ。ホールの外には、車座になって戦利品を広げる一団が、あっちにもこっちにも。20冊以上の同人誌を胸に抱いてしゃがみ込んでる女がいるかと思えば、買った同人誌の表紙絵を模写している男もいる……。試しに、「いくらぐらい使ったか」を何人かに聞いてみたところ、2~3万円という答えが多かった。まあ、限られた時間内で買える冊数、物理的に持って帰れる重量を考えれば、それくらいが限界か。疲れ果てて座り込んだまま眠っている人も少なくなかったが、どの顔も幸せそうだった。

 売る側だけでなく買う側にとっても、年に2回(コミケは年末にも開催される)のハレの日。この行列や混雑や汗臭さに耐えられなければ、真のオタクとは呼ばれないのかもしれない。まあ、呼ばれなくても一向にかまわないのだが。

(※10年前の一般誌用の原稿なので、今のネットに載せるにはぬるいのですが、一応記録として残しておきます)


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