見出し画像

教養としての漫画ベスト20

「週刊東洋経済」2024/7/13号特集内の「最新!教養としての漫画10」に選者の一人として参加、コメントしています。各選者がベスト20を挙げて集計する形式だったのですが、私が挙げた作品のうちベストテンに入ったのは、魚豊『チ。』、柏木ハルコ『健康で文化的な最低限度の生活』のみ。その2作と、1位に挙げたとあるアラ子『ブスなんて言わないで』のコメントしか掲載されていません。せっかくなので、こちらに全20作品とコメント掲載しておきます(順位は便宜上付けただけで優劣ではありません)。

1)とあるアラ子『ブスなんて言わないで』
 ずっと「ブス」といじめられてきた知子と、美人の同級生・梨花を中心とした物語。今や知らないでは済まされない「ルッキズム」がテーマだが、ブスと呼ばれる側だけでなく、美人と見られる側、イケメンだが背の低い男、容姿ネタで笑いを取れなくなった女芸人など、多様な立場の外見問題を全方位的に射程に入れている点に瞠目する。現代人必読の書。
 
2)やまじえびね『女の子がいる場所は』
 世界各地で理不尽な差別を受ける少女たちの姿を描く。ヴェールなしで外を歩けない、学校に行けない、結婚相手を自分で決めることもできない。そういう国ほどではないにせよ、ジェンダーギャップ指数118位の日本も例外ではない。「女だから」というだけで可能性を奪われる。それでも困難に立ち向かう聡明で勇敢な少女たちの眼差しに何を感じるか。
 
3)柏木ハルコ『健康で文化的な最低限度の生活』
 昨今の社会状況により生活保護受給者が増え続けるなか、新米ケースワーカーの目を通して生活保護の実像に迫った意欲作。一口に生活保護といっても、個々の受給者が抱える事情はさまざま。決して他人事ではない現実を突きつけられ、目からウロコが落ちるとともに、いわゆる「お仕事マンガ」としても読み応えあり。
 
4)甲斐谷忍(原案:夏原武)『カモのネギには毒がある』
 天才経済学者にして巨万の富を持つ主人公・加茂洋平が、さまざまな悪徳ビジネスの現場に潜入する。弱者からカネを搾取する詐欺師たちの手口は巧妙。しかし加茂は相手の強欲さを利用して、逆に詐欺師らをカモにする。その洞察力と論理的戦略は心理学者のよう。扱うテーマは現実社会を反映している。多様な悪徳ビジネスの手口を知るにも好適だ。
 
5)原作:山田風太郎・漫画:勝田文『風太郎不戦日記』
 山田風太郎の『戦中派不戦日記』をマンガ化。物の値段や食事内容、街角の貼り紙、買い物や配給の行列、電車やバスの混雑に車内での会話など、当時の暮らしぶりが詳細かつリアルに描かれ、戦争が庶民の暮らしをいかに圧迫するかが肌感覚で伝わってくる。「人間は、実に馬鹿なり」という風太郎の言葉は、令和の日本にもそのまま当てはまる。
 
6)山田芳裕『望郷太郎』
 気候変動による人類滅亡後のサバイバルSFか……と思って読んでいたら、リセットされた文明を再構築する壮大なシミュレーションSFだった。政治や戦争や貨幣経済の誕生と発達をリアルタイムで見ているような迫真の描写に圧倒される。ポトラッチやイニシエーションなど文化人類学的テーマも盛り込まれた大人のための教養エンタメ大作。
 
7)おかざき真里『胚培養士ミズイロ』
 不妊治療の舞台裏で卵子や精子を適切に管理し受精させる胚培養士にスポットを当てた。しかし、本当の主役は治療を受ける側の人々だ。それぞれに抱える事情は違うが、肉体的にも心理的にも、圧倒的に女性への負荷が大きいことを再認識させられる。約2割の夫婦が経験ありという切実でデリケートな題材を、大胆かつ誠実に描いて胸を打つ。
 
8)ガンプ『断腸亭にちじょう』
 大腸ガンに侵された著者の闘病生活を日記形式で描く。大病院での過酷な検査と膨大な待ち時間。体調はどんどん悪化していくのに、具体的な治療にはなかなかたどり着かない。しかし、作者の筆致はあくまでも恬淡として静謐で、時に詩的ですらある。妻や医師の態度、それに対する自分の感情も精緻に分析。明日は我が身の予習教材としても秀逸。
 
9)野原広子『妻が口をきいてくれません』
 妻がある日突然、一切口をきいてくれなくなった。しかし、「突然」と思っているのは夫のほうだけ。なぜ彼女がそうなったのか、夫はどう受け止めているのか。夫婦が内心に抱える思いのすれ違いを見事に描き出す。「女の怒りはポイントカード制」(by西原理恵子)というのがよくわかる。読んでドキッとした男性諸氏は猛省すべし。
 
10)うおやま『ヤンキー君と白杖ガール』
 弱視の女子高生ユキコの白杖が、喧嘩上等のヤンキー君の尻に刺さったところから始まるラブコメディ。気は強いけど天然なユキコと一途なヤンキー君の恋は、見ているこっちが赤面しそう。と同時に、弱視の人から見た世界のありように、なるほどと思う。バリアフリーやユニバーサルデザイン、家族のあり方等についても示唆に富む。
 
11)ユペチカ(監修:西森マリー)『サトコとナダ』
 アメリカの大学に留学したサトコと、サウジアラビア出身のナダの異文化交流ライフを描く。何しろ衣食住すべてが違う。宗教観もお互い理解し難い。それでも違いは違いとして尊重しつつ、ツッコミも入れる率直さが気持ちいい。そして、アメリカでは2人とも「外国人」。相違点や欠点より共通点や美点を見つけようとする彼女らを見習いたい。
 
12)内野こめこ(監修:今泉忠明)『こちらアニマル社商品企画部育児課』
 つわりで苦しむ妻に「朝飯も弁当もなしかよ」と言い放つ主人公の出向先は、人間と同等の知性と感情を持つ「知性動物」が集う会社。そこで動物向け出産育児関連商品企画を担当することになった彼は、動物たちの多様な産卵・出産と子育て事情を学んでいく。設定は荒唐無稽だが、大人の学習マンガとして読み応え十分。少子化問題解決のヒントにもなる。
 
13)小山健『生理ちゃん』
 女性の月経を擬人化したキャラが、さまざまな立場の女性のもとにやってきては、問答無用で下腹部にパンチ、注射器で血を抜く、クロロホルムをかがせるなどして苦しめる。この“生理のつらさの可視化”は、男にも伝わりやすい。さらに男の性欲も「性欲くん」として可視化。これまでタブー視されてきた題材を果敢に取り上げたこと自体に意義がある。
 
14)おくら『うちの息子はたぶんゲイ』
 母親から見たゲイの息子の思春期の煩悶と成長を愛情たっぷりに描く。ゲイであろうが何であろうが、息子の幸せを願う母の朗らかさに心が和む。息子がゲイと知ったことをきっかけに彼女自身の意識も変わり、多様性について考えるようになった。恋愛的な意味でも趣味嗜好の部分でも、いろんな「好き」を否定しない態度には頭が下がる。
 
15)島田虎之介『ロボ・サピエンス前史』
 ロボットと人間が共存する時代を舞台に、複数のヒトやロボットの“人生”をオムニバス形式で描く。軸となるのは、放射性廃棄物最終処分施設の管理を託されたロボットの任務完遂までの25万年だ。そんな途方もない時間の果てに、どんな世界が待っているのか。そこに幸福はあるのか。知性とは、文明とは何か。その仮想解答例がここにある。
 
16)村上たかし『ピノ:PINO』
 人間の知能を超えたAIを搭載するヒト型ロボット「ピノ」をめぐる近未来SF人情ストーリー。AIが心を持つことはあるのか。あるとすれば、どんな条件が必要か。作者はAIの専門家ではない。しかし、提示された結論には説得力がある。それは「人間とは何か」「死とは何か」という問いにもつながるものだ。まさに人間の心の根源に迫る物語である。
 
17)増村十七『バクちゃん』
 いろんな星から地球にやってきた移民たちの物語。主人公のバクちゃんは、入国審査の段階から戸惑うことばかり。街ゆく人の視線も厳しくて……。カナダの永住権を取ろうとして苦労した作者の体験がベースになっているらしいが、日本ならもっと大変だろう。SFファンタジー仕立てながら、日本の移民政策、国民感情の写し鏡にもなっている。
 
18)魚豊『チ。 -地球の運動について-』
 中世ヨーロッパを舞台に、異端とされる地動説に魅せられた男たちの姿を描く。真理の美しさに憑かれた人々が、苛烈な弾圧にも屈せず知のバトンをつないでいく姿に震撼する。権力者が異端と見なした者を排除し科学や知性を軽んじる状況は今の日本にも通じる。学問の世界における女性差別の問題も描かれており、単なる歴史ものでは終わらない。
 
19)佐々大河『ふしぎの国のバード』
 明治初期に日本を旅した女性冒険家イザベラ・バードの伝記。横浜に上陸した彼女は、褌一丁で働く男たちを見て〈まるで他の惑星に来たかのよう〉との感想を抱く。さらに注目すべきは、日本人のしゃべる言葉を読解不能の文字で表現している点。異文化との遭遇が感覚的に理解できる。今は失われた当時の風俗が豊潤かつ精細に描かれるのも見もの。
 
20)菊池真理子『「神様」のいる家で育ちました』
 作者自身も含む7人の宗教2世たちが、親の信仰に支配された幼少時代からの生活を描いたノンフィクション。糾弾するわけではなく、自分の中の葛藤や愛憎を吐露する姿に胸が締め付けられる。教団名は仮名だが、多少なりとも知識があれば「ああ、あそこね」とわかる。が、その実態は思っていた以上にえげつない。知っておくべき世界である。
 
 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?