切手1

記念切手を買う人々

※2005年3月25日取材

 愛知万博開幕日の朝、4カ所ある入場ゲートには徹夜組も含めて計9000人近くの行列ができたという。同じ頃、東京中央郵便局内にも100人以上の行列ができていた。そう、万博開幕に合わせて発売される記念切手を買い求める人の列だ。

 家族連れや若者の多い万博会場と違って、こちらは50代以上の中高年がほとんど。「いやいやごきげんうるわしう」「あ、おはようございます」「久々ですね」「最近来てなかったからさ」なんて会話がそこかしこで交わされてて、どうやら皆さん顔見知りらしい。この雰囲気、どっかで見たなーと思ったら、以前に取材した年末ジャンボの行列と非常に似ているのだった。

 しかし、年末ジャンボの場合はまだ験担ぎみたいな要素があったが、記念切手を買うのに並ぶ理由があるのか。聞けば、先頭の人は6時ぐらいには来てたらしい。いくら年寄りは朝が早いとはいえ、この寒いのになんでわざわざ……と思っているうちに8時55分、「おはようございます」との局員の声を合図に発売開始。特設窓口が5つあって、列はどんどん進んでいく。ところが、購入後、なぜかセカセカともう一度最後尾に並び直す人がいる。いや、もう一度どころか3回も4回も並ぶ人も少なくない。よく見てみると、列の先頭で局員が白い袋を配っていて、どうやらそれが目当てのようだ。

「コレは先着300名。一つずつ配るんだけど、また並べば数のあるうちはもらえるから」と教えてくれたのは、「東京オリンピック以来のコレクター」という矢作俊彦似のオジサン。袋の中には、記念封筒とリーフレットが6枚ずつと、国際博記念ということで英文の解説チラシが1枚入っている。

「コレもらってね、封筒に記念のスタンプ、今日の特別なスタンプがあるんだけど、それ押すために並んでるの」

 そういう記念図案入りの封筒を「カバー」と呼び、それに記念切手を貼って記念日付印を押したものを「初日カバー」というらしい。

「ただ買うだけならご近所の郵便局のほうが楽ですよ。でも、ここでしかいただけないから。あのカバーは」と言うのは、福々しい笑顔がチャーミングな60代と思しきご婦人。

「アタシなんか何にもわからないから皆さんに教えていただいて。皆さんホントにいい方ばっかりだから、たまに会うのが楽しみなの。うふふ」

 なるほど、やはりジャンボ宝くじと同様、お年寄りにとってはこの行列が一種のサロンとなっているようだ。

 切手といえば、かつてはコレクションの王道だった。少年マンガ誌の裏表紙にも切手業者の広告が出てたりして、まるで興味のなかった私も「月に雁」とか「見返り美人」といった名前は知っている。が、今ではコレクターの減少により、相場は下落。昭和20年代以前のものならプレミアムもつくが、30年代以降の切手には額面以上の価値はないとか。ましてや平成の今、新たに売り出される切手を買っても、将来、値上がりする可能性は低い。

「出しすぎだよね。僕なんかはもう半世紀集めてるから、なりゆきでやってるけどさ。今の子供はいろいろほかの遊びもいっぱいあるし、切手集めたりせんわな」と苦笑するのは、福山から来たという蟹江敬三似のお父さん。東京で働いている息子さんを訪ねたついでに買いに来たという。

「発売日は全部知ってるからね。そりゃ地元でも買えるけど、(入荷する)枚数少ないけん局員が数を確認するでしょ。そうすっと指紋がついて汚れるんだわ。その点、ココならきれいなのが手に入るから」って、息子より切手のために上京したみたいな口ぶりだ。

「いやいや、そのとき自分がいるところの郵便局で買うのがいいんですよ。高い値段ついてるのは買わない。その場へ行って額面で買うのが基本。文化人とか鉄道とか橋とか、テーマごとにまとめてファイルしてね。眺めてると勉強になるし、いつどこで買ったっていうのも思い出せるしね」

 こんなふうに初日に並ぶわけではないが、比較的若い世代でも、コレクターはいる。少年時代から収集を始め、叔父にコレクションの一部を譲り受けて数が増えてから本格化したという36歳の男性は言う。

「1950年代後半から80年代中盤までの記念切手は、非常に高額だったもの以外はすべて1枚ずつ持っています。が、90年代に入ると1年間に発行される記念切手の数が増えまして、都道府県別の名物の切手なんてのまで出るようになり、追いきれなくなりました。先年の省庁改変で郵政公社となってからは、自主独立で稼がねばとばかりに記念切手が乱発されていて、すっかり熱は冷めています。まあ、それでも惰性というか義務感で買ってますけど。切手屋さん(○○スタンプ、といったショップ)をたまに覗くと、昔、子供にとっては高~い金額で買った切手がほとんど投げ売りのような価格で売られていて――さすがに額面以下ということはないですが――せつないですね」

 確かに近年は郵便局に行くと必ず何かしらの記念切手が売られてて、窓口で普通に切手を買おうとしても「○○の記念切手はいかがですか?」と勧められることも多い。そこで例によって身近なところでアンケートを取ってみたのが下のグラフ。

Q.あなたは記念切手を買ったことがありますか?※筆者の友人・知人18人(20代~40代)に聞きました。

 アンケート回答者18人中、なんと5人が「小学生の頃、集めてた」というからビックリ。しかも、そのうち1人は現在も継続中という。「父親がコレクター」という人も4人。コレクターでなくても、郵便局に行ったついでに買って、友人などへの手紙に使っているという人は多かった。

 そうこうしてるうちに、9時18分、例の袋の配布終了。途端に列がバラけて、皆さん三々五々帰り始める。が、なかにはその場で戦利品の整理を始める人もいて、局内はまだなんとなくお祭りムードが漂っている。

 そんななか、妙に大きな声が聞こえてきたので振り向くと、絵に描いたようなオタクデブの韓国人3人組が郵趣窓口(記念切手販売専門の窓口)前のショーケースに展示されている「科学技術&アニメーション」シリーズを大騒ぎしながら購入していた。そうかと思うと、20代の家事手伝い風の女性が、郵趣窓口でキティの切手を購入。その後、特設窓口で愛知万博記念切手も買っていたので、ちょっと話を聞いてみたら、別に集めてるわけではなく、友達とかに手紙を出すときに、どうせならカワイイ切手のほうがいいってことでときどき買いにくるそうだ。で、たまたま万博のも売ってたから買ってみたという。

 切手コレクションがメジャーな趣味として復活することは、たぶんもうないだろう。が、コレクターズアイテムのひとつとしての切手というのは今後も存在しうると思う。たとえば鉄道関連のレアな図案の切手なら、鉄道オタクの需要が見込めるだろうし、それこそ「阪神タイガース85年V戦士セット」とか出たら、買っちゃいそうな気がするし。さらにいえば、阪神の歴代選手の切手を背番号の額面で売り出してみちゃどうか。それだと、たとえば80円分貼ろうと思ったら、バース(44)+岡田(16)+伊藤宏光(20)みたいな組合せで楽しむこともできる。これなら、私を含めたアホな阪神ファンが、こぞって買うこと間違いなし! 郵便局さん、いかがですか?


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