日本刀を買う人々

(※2005年1月9日取材)

 日曜日の原宿。小洒落たファッションの若者でごった返す表通りを外れ、裏通りをちょっと奥に入ったところにその店はあった。石造りの壁に重そうな木製の扉。“一見さんお断り”の雰囲気を漂わせた店構えに少々ビビリつつ扉を開けると、十数人の客で店内は予想外の賑わいだ。

「おハガキお持ちですか?」

 受付のお姉さんに声をかけられ、「いや、新聞の広告を見て……」と答える私。そう、話は数日前に遡る。この取材の次のネタは何にしようか……と考えながら新聞をめくっていたら、「刀即売会」と記された小さな広告が目に飛び込んできたのだった。世の中に刀剣を趣味とする人がいるのは知っているが、銃刀法とかの規制もあるし、そんなに気軽に買えるものじゃないだろう。その即売会とは、果たしてどんなものか。そんな好奇心に導かれてやってきたのがココ、「霜剣堂」である。

 店内を見渡すと、中央の応接セットを取り囲むようにひな壇が設けられ、由緒ありげな刀が多数展示されている。壁面のショーウインドウにも刀、刀、刀……。値段の書いてあるものとそうでないものがあり、その値段も数十万円から数百万円までさまざまだ。

「これは昔のというか、当時のものがそのまま残ってるんですか?」

 近くにいた係員に尋ねてみる。

「刀はそうですね。これでだいたい江戸時代の初期になります。拵え(刀身以外の柄などの部分)はもっと新しいですけどね。江戸時代初期の拵えはあんまり残っていませんし、あったとしてももう少し古びてます」

 長い時を経たはずの刀身は、銀メッキでもしたかのようにピカピカで、私のような門外漢には逆にオモチャのように見えてしまう。で、つい「これって真剣なんですか?」と聞くと、「ウチは全部本物です」とのお答え。

 てことは、所有するには許可が必要なのでは……と思ったら、どうやらそうではないらしい。

「刀剣の場合は、銃と違って、教育委員会が発行してる登録証が付いてるんです。それが付いていれば売買するのは自由。特別な手続きはいりません」

 そうだったのかーと思いつつ、店内を見て回ると、常連らしきオジサン3人組が、一本の刀をためつすがめつしながら刀談義に花を咲かせている。

 あのー、刀の良し悪しってのは、どのへんをご覧になってるんですか?

「うん? そりゃ全体の姿、形とか」

「明るさとか刃文とか。刃の中にいろいろ文様が――『働き』っていうんですけどね、それを見てるんです」

 いきなり声をかけたにもかかわらず、皆さんとってもフレンドリーだ。不惑を迎えた私も、この場所では超若手。それもあってか、「ちょっとこっちで見てごらん」と椅子に座らされ、刀を手渡され、「こうやって光に当てるとわかるでしょう」と、刃文の見方などをいろいろ教えてくれる。

「これ、ちょっと短く詰めてあるから安くなってるけど、まともだったら大変だよ。とても手が出ない」

「自分の体格に合わせて詰めちゃったんじゃない? 上(刃のほう)に欠点があっちゃマズイけどさ、短くなってるだけだからね」

 種村季弘似(って喩えもわかりにくいが)のオジサンはこの道30年で10本弱の刀を所有。最初の1本は35~36歳のとき、90万円で購入したという。

「本見てるうちにどうしても欲しくなってさ。今見れば、何であんなの買ったのかなと思うけど(笑)」

 一方、大沢在昌似のオジサンは10年ほどのキャリアで2本所有。

「決して安くないですからね。最低でも30万、40万しますから。1年とか2年とかかけてお金貯めて、それで買える範囲の刀で楽しんでっていう」

「そうそう、最初は欠点あるけど安いのなんか買って。それから取り替え取り替え、だんだんいいのに上げてくと」と言うのは寺田農似のオジサン。

 聞けば、3人とも年3回開かれるこの即売会で会うだけだという。

「だから全然仕事も知らない、名前も知らない。ただ、ここ来るといつも会うから『ああ、どうも』なんて(笑)」

「こちらなんか30年もやってるから、いろいろ教わるわけですよ。『この刀のこういうとこがいいんだよ』とかね」

「そのアドバイスが非常にいい。こういう人たちと知り合えば、値段の割にいい刀ってのが見つかるわけです」

 そんな話をしながらも、実際に買うそぶりはないオジサンたち。そりゃ、そんなにポンポン買えるものではないだろうけど、せっかく即売会を開いても、同好の士の交流会になってるだけのような気が……。そもそも刀とはいったいどのくらい売れるものなのか?

「そうですね……月に10振り売れればいいほうじゃないですか。今の時代、そんなに高いものは動かないですから、20万円くらいのものから全部含めてそれぐらい。まあ、100万円ぐらいのものが一番動きますね」と言うのは霜剣堂二代目店主・黒川精吉さん。100万円でも十分高いと思うのだが、それでも一番高かった時代(バブルの頃ではなく日本列島改造論の時代)に比べると半分ぐらいの相場という。ちなみに、同店に今ある刀のなかで一番高いのは900年前の「安綱」で2000万円とか……。

「やっぱりこういうものですから、パッと来てパッと買うってわけにはいきませんけどね。やっぱり何回か来られて、自分の予算の範囲内で気に入ったものがあればっていう感じで。今買う方は、昔と違って投機で買う人はいない。ホントに刀が好きな方。だから、なかには3食を2食にして……なんていう方もいらっしゃいますよ(笑)」

 やっぱり銘柄によって人気の差があるのか? と思って、人気ベスト3を挙げてもらったのが下のランキング。

1位 長光

2位 一文字

3位 虎徹

 半ばムリヤリ挙げてもらったのはいいが、何がどう人気なのかさっぱりわかりません……。ただし、人気が高ければ当然値段も高くなるわけで、必ずしもこれが売れ筋というわけではないらしい。

「初心者は傷みのないしっかりしたものを好みがち。でも、だんだん目ができてくると、やっぱり古いもののほうがよくなってきますね」と黒川さん。昨年は映画『ラスト サムライ』の影響で、外国人の客も多かったとか。

「ただ、そういう方はもうホントに初めてですから、20~30万円のものが多いんですけどね。でも、外国の人のほうが熱心ですよね、こういうものに対して。教えてあげると一生懸命勉強します。それと、向こうの方は、鉄でできたものが何百年もこんなにきれいなままで残ってるのが信じられないって言うんですね。今作ったんじゃないかって(笑)。まあ、1~2年勉強すれば、外国の人でも、いつの時代の誰の作かわかるようになってきますよ。刀は時代によって形が違うし、地鉄や刃文に刀工の特徴が出ますから」

 素人目にはわからないが、ある程度勉強するとはっきりわかる形態的特徴がある。しかも、見た目も美しく歴史的背景もある。なるほど、もともと歴史好きな中高年男性にとって、これほどウンチクを語りやすいアイテムはほかにないかもしれない。

「何で原宿でやってるかというと、若い人にもこういうものに少しでも興味を持ってもらいたいなと思ってね」という黒川さん。それはちょっと難しそうな気がするけど、少なくともヴィンテージ・ジーンズに何十万円も出すくらいなら、日本刀に何十万出すほうがまだいいよな――と思うのは、私がもう若くないからであろうか。

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