人はなぜ年末ジャンボに並ぶのか?
いやはや予想はしてたけど、これほどとは……。“その場所”には、すでに250人ほどの行列ができていた。時間は午前6時50分。通勤ラッシュにもまだ早い銀座・数寄屋橋交差点の歩道沿いにズラリと並ぶ人の列は、見ている間にもどんどん延びていく。その先頭にあるのが、宝くじのメッカ「西銀座デパートチャンスセンター」。そう、今日は年末ジャンボ宝くじの発売開始日なのである。
なるほど、だからみんな並んでるんだ――って、ちょっと待て。確かに同売場はよく当たると言われている。実際、過去に何本も1等が出ているらしい。が、それは発売枚数が多いからであって、当たる確率はほかの売場と変わらないはずだ。百歩譲って、仮にこの売場の当選確率がよそより高かったとしても、先着順で当たるわけではない。理論上は、いつ、どこで買っても同じ。にもかかわらず、なぜ朝っぱらからこれだけの人が並ぶのか。
とりあえず、列の先頭付近にいた60代後半とおぼしきご婦人に声をかけてみた。
あの~、すみません、何時頃から並んでらっしゃるんですか?
「5時半ぐらいかしら」
一番乗りでいらっしゃいますか?
「いいえ~、私なんて全然。昨日から並んでる方もいらっしゃるから」
聞けば、このご婦人が並んでいるのは3番窓口で、長蛇の列ができているのは1番窓口だけなんだとか。
「やっぱりみなさん1番に並ぶのよ。私は今日は早く買って帰りたいから3番でいいの」
同売場には1番から7番まで5つの窓口がある。数が合わないのは、4と6が欠番だから。縁起の悪い4が欠番なのはわかるとして、なぜ6が抜けてるのかというと、人気の高い1番窓口を2カ所に増やした結果、どれかの数字を外さねばならず、ラッキーセブンの7は残したかったので、代わりに6が外れることとなったのだ。そして、2カ所になった1番窓口のうちでも、もともとある左側の窓口が人気とか。
で、その一番人気の窓口に一番乗りした人はいつから並んでいるのかというと、なんと2日前の朝10時半!
「ここ2年はずっと一番だよ」と笑うSさん(67)は、宝くじ歴17~18年。ニット帽にサングラス、細面で昔の内藤陳にちょっと似てる。最初は普通に買っていたが、10年くらい前から並ぶようになり、今では年5回のジャンボ宝くじすべてに並んでいるという。
「今日は300枚。いつもはもっと買うんだけどね、当たらないからやめた(笑)。100万くらいは当たったことあるよ。でも、高額は当たんない」
失礼ながら、その年齢で2日も並ぶのは体力的にキツイのでは?
「今回なんかは天気もいいし、まだいいほうだよ。3月(ドリームジャンボ)が寒くてしんどいね」
そこまでして並ばなくても、当たる確率は変わらないと思うんですけど……。
「一番乗りしないと気が済まないんだよ。もう趣味みたいなもんだからさ」
趣味って、こんな朝早くから(というか2日も前から)並ぶのが!? さすが戦中戦後の配給を体験した世代は忍耐力が違う。なんて思いつつ、改めて行列を眺めてみると、9割以上が余裕で年金もらってそうなお年寄りなのである。まあ、普通に働いてたら、平日の朝から並んではいられないはずだから、当然といえば当然だが。
そうこうしているうちに7時を過ぎ、行列が妙にざわついたと思ったら、宝くじを積んだトラックが到着。あちこちから「来た来た」と声が上がる。荷降ろしされた何十箱もの宝くじが売場に運び込まれるのを、熱い視線で見守る人々。あの中に1等の当たりくじ(正確に言えば、“当たりになる”くじ)は入っているのだろうか。
「おはようございます。ご苦労さまです」――行列の脇を通った関係者らしき人がSさんにあいさつをする。宝くじ界では、Sさんは有名人らしい。
「今日はあの人、来てないの?」
「来てないんだよ。死んだんじゃない? それか1等当たったか(笑)」
Sさんと別のオジサンがそんな会話をしてたりして、どうやら先頭付近に並ぶような人たちはお互い顔見知りの様子。前出のご婦人も「朝早く来るのが楽しみなの」と言っていたが、お年寄りたちにとっては、この行列が一種のサロンなのかもしれない。
では、若い人の場合はどうなのか。深夜の1時から並んでいるという男性2人組は、居酒屋の仕事仲間。
「年末ジャンボだけ、ここに並びます。お店のみんなでまとめて買おうということで代表で来ました。今回は100枚ぐらい。やっぱ、この1番窓口で買うのに意味があるんです。ここで買えた、やるだけのことはやったという充実感というか。並ぶのは苦じゃないですよ。みんなの分も預かってる以上、使命感もありますし」
一方、午前5時半から並んでいるという男女2人組は美容師で、こちらも職場を代表してのまとめ買いだ。
「宝くじはたまにジャンボとか買ってましたけど、並ぶのは今回が初めてです。なぜって、面白そうだったから。イベント感覚っていうか、“並んだ”という充実感もあるし。基本的に並ぶのは嫌いなんですけど、言いだしっぺだから責任で並んでます(笑)。当たるわけないと思ってますけど、どうせ買うなら確率高いところで、と」
いや、だから確率はどこで買っても変わらないんですけど……。
にしても、2組ともが「充実感」という言葉を口にしたのは興味深い。おそらくは当たらないであろう宝くじのために何時間も並ぶ。どう考えても徒労以外の何物でもないはずだが、そこに充実感を見出せるとしたら、当たり外れはどうでもいいと考えるしかあるまい。
もし3億円当たったら、並ぶのやめますか? そんな私の問いに対するSさんの答えは、「うーん、やっぱりやるだろうね」。そこには「当たっちゃったら、つまんないじゃん」というニュアンスが含まれているようにも感じられた。逆説的な言い方だが、長時間並んでいる人ほど、実は当たりに期待していないのではないか。
とはいえ、そもそも宝くじというものは、めったなことでは当たらないようにできている。期待するほうがバカと言っても過言ではない。それでも、日本宝くじ協会の調べによれば、過去に一度でも宝くじを購入したことのある人は68・4%。過去1年に1回以上の購入経験がある人は51・5%と、高い数値を示している。購入理由は、「賞金目当て」59・3%、「大きな夢があるから」50・6%、「当たっても当たらなくても楽しめるから」32・0%がベスト3。1位と2位は同じことなんじゃないかと思うが、とにかく基本はやはり“一攫千金”ということだ。
ちなみに、友人・知人40人にアンケートを取ってみたところ、購入経験は下のグラフの通り。
Q)ジャンボ宝くじを買ったことがありますか?
購入理由としては、「買わなきゃ当たらんので」「変化が欲しいから」「抽選日までドキドキワクワクできる」「もしも当たったらと妄想できる」など。逆に買わない理由は「買いに行くのが面倒くさい」「目先の金を求めてパチンコに行き、買う金がなくなる」「推理の要素がないからつまらない」「ギャンブル全般嫌いじゃないが、すぐに勝負が決まらないのでかったるい」「およそ勝負事で勝ったり当たったりしたことがなく運に見放されている私が宝くじを買ってもムダだから」「仕事でも何でも“一発当てたい”という野心がないから。最近、国債は購入した」など。なかでも「期待値が低すぎるから」という理学博士のお言葉には深くうなずくしかない。
が、「あなたの周囲に100万円以上の賞金が当たった人はいますか?」との質問には、40人中9人が「いる」と回答。意外と当たってる人がいるのである。ほとんどが100万~300万円だが、1000万円が2人、そしてなんと1億円が1人。「周囲というか近所のタバコ屋さんの娘が1億円当たった」というんだけど、こんな話を聞くと、やっぱり買っておこうかと思ってしまうのが情けない。
さて、場面は再び西銀座デパートチャンスセンターへ。8時頃には、行列はさらに長くなり、もはや数え切れないほどに(新聞報道によれば、発売開始の時点で1000人が並んでいたとのこと)。新聞、TVの取材陣も大勢集まり、ワイドショーのレポーターがリハーサルを行い、外国人観光客が不思議そうにカメラを向けるなど、周辺は一大イベントの様相を呈している。
そしていよいよ発売開始の8時半。
「宝くじファンのみなさま、おはようございます」というお偉いさん(?)のあいさつに続き、宝くじのキャンペーンガール“幸運の女神”がたどたどしくスピーチ。「それでは、ただいまより発売を開始いたします」の声とともに窓口が開き、買い終えて出てきた人にTVのレポーターが次々とマイクを向ける。何時間並んでも、買うのはあっという間だ。そんな状況がしばらく続いたが、9時を過ぎると、1番以外の窓口は行列もなくなりフリーパス。地方からたまたま旅行に来てたらしい両親と20代前半の娘という家族連れが、空いてる5番窓口で3万円分ほど購入し、「よかったね」といいながら帰っていった。意外とああいう家族に当たったりするんじゃないの? と思いつつ、私もついでに7番窓口でバラ10枚を購入。当たるわけない。でも、もしかしたら……。
※2004年11月22日取材/初出「DO YOU?」(月号不明/ソフトバンクパブリッシング)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?