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「未亡人」と「寡婦」

 かれこれ10年以上、朝日新聞でマンガ評を連載している(南信長名義)。アサ芸と違って老若男女幅広い読者が対象なので、紹介する作品も厳選するし、原稿もそれなりに気を使う。なるべく誰にでもわかりやすい平易な表現を心がけ、チンコマンコとかは最初から書かない。私にだって、そのぐらいの分別はあるのである。
 しかし、それでも思わぬ問題が出てくるから油断は禁物だ。

 タイ・カッブ、ニコラ・テスラなど歴史に名を残す異能の人を描いた『変人偏屈列伝』(荒木飛呂彦・鬼窪浩久)という作品を紹介したときのこと。どんな人物が出てくるかを説明する部分で〈史上最高にして最低の大リーガー、迷宮のような邸宅を増築し続けた未亡人、要塞のような家に生涯ひきこもった兄弟、“地球を真っ二つに割る機械”を発明した発明家……〉と書いたら、担当者から連絡があり、「『未亡人』という言葉は使わないでください」と言うのである。
 まあ、「未だ亡くならざる人」を意味する言葉があまり好ましくないのは、一般論としてわからなくはない。が、この「迷宮のような邸宅を増築し続けた未亡人」は、ライフル銃で財を成したウィリアム・ワート・ウィンチェスターの妻であり、19世紀末から20世紀初めにかけての話である。そこで「未亡人」という言葉を使うのが不適切とは思えないし、そもそも作品内で「未亡人」と称されているのだから特に問題ないのでは……と交渉するも、「いや、ダメです」の一点張り。結局、「寡婦」と言い換えられてしまったが、「迷宮のような邸宅を増築し続けた寡婦」って、逆に変じゃない?

 また、新聞の場合、“どこまで説明するか”という問題もある。『大阪ハムレット』(森下裕美)という作品についての原稿で、〈亀田興毅みたいなヤンキー中学生〉と書いたら、「亀田興毅を知らない人がいるので」との理由で〈ボクシングの亀田興毅みたいな〉と書き足すハメに。亀田がまさに売り出し中の頃で、当然、朝日新聞のスポーツ面にも登場している。「十分知名度あるでしょう」と主張したが通らなかった。
 ほかにも『ジジゴク』(沖田次雄)という老極道の世知辛い日常を描いた作品で、〈実はシスアド2級の主人公〉と書いたら、「シスアドという略語がわからない人がいるので、システムアドミニストレーターとするか別の表現に」とのお達しが。いや、私もシスアドってのがどういう技能かよく知らんけど、シスアドがわからない人はシステムアドミニストレーターもわからんだろう。文脈的に「なんかパソコンとかの事務処理系の資格?」ぐらいのイメージは伝わるはずだし、それで十分だと思うのだが、最終的に〈実はパソコンの資格を持つ主人公〉と修正した。

 まあ、シスアドに関しては結果的にわかりやすくなったかな、という気もする。が、亀田の場合はわざわざ「ボクシングの」と入れることで文章のリズムは崩れるし、何となく間が抜けた印象になってしまうのは免れない。ましてや「寡婦」はないよなあ……。
 当時の担当者はなぜそんなに「未亡人」を忌避したのか。もちろん担当者の性格や考え方にもよるし、人によって融通の利く利かないはあるのだが、その判断のベースには新聞社で使われている「用字用語集」の存在がある。
(つづく)

(※当記事は「季刊レポ」が発行していたメルマガ「メルレポ」2012年7~9月配信分を再構成して掲載しています)


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