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【感想】タイムトラベラー・ブレイクポイント2020

作者:チダーナン・ルアンピアンサムット
翻訳:福冨渉

ディストピア小説というジャンルを読んだ事がない。
それは単純に私が食わず嫌いなだけである。
きっとタイの作家さんでなければ読もうとも思わなかったと思う。もっと言えば福冨さんの翻訳がなければ手に取ってすらいない。

チダーナンさんはディストピア小説が得意だと作者紹介で書かれていた。少しばかり身構えてしまった。作者の構築する創作世界に入って行けるのだろうか。私の好みの作品は現実世界を舞台にした物語である。もっと言えばBLが好ましい。
そんな我儘な読者である私だったが、この一見小難しい設定にスッと入っていけたのは驚きだった。翻訳のすっきりとした文体も非常に読みやすかった。設定を踏まえてこの物語がどう展開していくのか、掴みがとても上手だった。

片方の記憶がなくなり、もう片方の記憶は継続していく。そんな設定の作品は昨今の流行りなのだろうか。つい先日娘にせがまれて見に行った映画も、舞台こそ現実社会ではあるがそのような設定だった。BLの商業誌にも記憶の継続が困難な登場人物を支えるお話を最近読んだ。
感情移入先は支えている人間に向かう。献身的に相手を想うその心に己を重ねる。例えば物語にほんの少しの綻びがあれば一気に感動の波は引いてしまう。けれどこの作品には綻びがなかった。設定の説明と物語の進行のバランスが良いのだろう。物語の余韻も深かった。完全なるハッピーエンドかと言われるとそうではない。彼を送って彼女が2020年に戻った最初の年に、彼と再会した時の彼女の感情は「嬉しい」ばかりでは決してないはずだ。彼女は初対面ぶらねばならぬ彼の前で一体どんな顔を作ったのだろう。小説の良いところはこう言うところだ。映像ではないから答えがない。読み手の想像した表情を思い描ける。そしてもしこの作品が映像化された場合、私が思い描く表情通りに演技をしてくれる役者さんは果たして居るのだろうか。
死ぬことを許されない番人である彼女は、二人の恋の終末と言う記憶を作ってしまった。その記憶を胸にこの宇宙が朽ち果てるまでの永劫を生きなければいけないのかと思うと、私は彼女の幸せだった時間すらも残酷に思えてしまう。ディストピア=半理想郷・暗黒世界。幸せなだけの終わり方ではないこのお話はある種救いがない。心揺さぶられる作品だった。

この作品は以下で購入可能です。
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