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映画「セバーグ(原題)」 SEBERG が描く黒人差別と闘った女優ジーン・セバーグの知られざる半生

ジーン・セバーグって知ってますか?

フランスのジャン・リュック・ゴダールが放ったヌーベルバーグの傑作中の傑作「勝手にしやがれ」À bout de souffle(59年)に出ていた女優さんというとわかってもらえるかも知れないですね。

その他にも「悲しみよこんにちは」(58年)や「大空港」(70年)にも出演していました。彼女の特徴は、ベリーショートの髪型で、“セシルカット“として50〜60年代に流行しました。

勝手にしやがれ」で世界的に有名になったので、フランス人と思うかもしれないですが、両親ともスエーデンからの移民で、アイオア州生まれのアメリカ人です。

これから紹介する映画「セバーグSEBERG(19年)は、そのジーン・セバーグの過酷な半生を描いたものです。

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(「勝手にしやがれ」のジーン・セバーグ・右 ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン誌を売っていた場面)

以下、ちとネタバレありです。

ストーリー

1968年5月、パリに住む女優ジーン・セバーグは、ハリウッドでの仕事のため、夫と息子に別れを告げ、パンナム機のファーストクラスへ座っていました。マネージャーとミュージカル映画「スィート・チャリティー」出演はちょっとね、とか話していると、そこへ一人の黒人男性が、客室乗務員に差別があったと、怒鳴り込んできます。その男性はハキーム・ジャマルという黒人活動家。彼女は、降り立ったLAの空港で、記者に囲まれるジャマルの横で、他の黒人活動家たちと共に抗議の「拳」を振り上げます。
そして、彼女は夜遅くLAの自宅を出て、ジャマルの活動するアジトを訪れます。ウィスキー一本抱えて。一緒に飲みながら、彼女は彼と一夜を共に過ごします。
ですが、その一部始終は、FBIに盗聴されていたのでした…

FBIは早くから、マルコムXのいとこであるジャマルをマークしていました。彼の家、活動の拠点、全ては盗聴され、その後彼と親密になったジーン・セバーグも、捜査の対象になってしまいます。

セバーグの家も、宿泊先のホテルも、全てが盗聴されます。どこへいっても監視され、彼女は精神的に不安定になり、やがて病んでいってしまうのでした。

Reference YouTube

歴史的解説

1968年5月は、フランスで五月革命がありました。この年は世界的に学生運動が盛り上がったのです。キューバのチェ・ゲバラや中国の毛沢東がアイコンとなり、ベトナム戦争反対、黒人差別反対などをスローガンとして、自由、平等、性の開放や世界平和を呼びかけていました。この年のカンヌ映画祭も中止になりました。
同じ頃、アメリカでは過激な反人種差別運動が盛り上がっていました。

ジーン・セバーグは、若い頃から、黒人開放政党ブラック・パンサーを支援していました。そして、ジャマルとも個人的に親密になったことで、当時のFBI長官エドガー・フーヴァーの指示もあり「コインテルプロ」と呼ばれた、非合法な盗聴を含む捜査対象とされてしまいます。

コインテルプロとは、1956年から1971年まで極秘で行われていたFBIの活動です。その目的は、アメリカ共産党、左翼、市民権運動、黒人開放運動、フェミニストなどのグループや政治団体を、盗聴や監視により、秘密を暴露し、彼らの活動を妨害することにありました。現在では違法となっています。

オットー・プレミンジャー監督に見出され、17歳で「聖女ジャンヌ・ダーク」(57年)に主演した彼女は、撮影中の演出で、火に近づきすぎたため、上半身に大きな火傷を負いました。劇中そのことも正直に話すセバーグは、人の痛みがわかる人間であることがわかります。

ヌーベルバーグの決定打「勝手にしやがれ」に主演したことで、世界的な女優となったあとでも、彼女は、人間らしく生きることに変わりはありませんでした。純粋に、黒人差別に抗議しただけで、なぜこんなひどい仕打ちを受けなければならなかったのでしょうか?

特に、黒人であるジャマルの子供を身篭ったと、FBIにデマを流されるくだりは、人種を超えて「人権」を踏みにじられるひどさ。心を潰される思いになります。

アメリカという自由主義国家の、1960年代にあったおぞましい事実。
BLACK LIVES MATTER”に揺れる現代に、このひどい歴史的事実も知っておくべきと思います。このムーヴメントは今に始まったことではないのです。

映画的解説

ジーン・セバーグを演じるクリステン・スチュアートは、若い方には「トワイライト」シリーズで有名でしょう。おじさんのぼくは、「パニック・ルーム」(02年)の子役から、実在のロックグループを描いた「ランナウェイズ」(10年)や、ウディ・アレンの「カフェ・ソサエティ」(16年)で見て知ってました。フランス映画「アクトレス〜女たちの舞台〜」(14年)でセザール賞も受賞していいます。とても美人な女優さんだな、と思っていますが、この映画ではヌードも辞さず、体当たりでこの勇気ある女優役を、鬼気迫る演技で見事に演じてます。

FBIの捜査官を演じるジャック・オコンネルは、映画冒頭、自分の古いマーベル・コミック誌を妻(マーガレット・クアリー ←「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」で足を裏をぐいぐい見せてたヒッピーの娘です・笑)に捨てられ文句をいう場面があります。「この号は、スティーブ・ロジャースがまだキャプテン・アメリカになる前に登場する大事な号なんだ」と。つまりここで、この捜査官は相当なコレクターだとわかる訳です。実際、彼のジーン・セバーグへの思い入れは、ストーカーに近いものになっていきます。

その他の出演者は、ジャマル役のアンソニー・マッキー(「アベンジャーズ」のファルコン)や、その妻ザジー・ビーツ(「ジョーカー」が好きになる同じアパートの"カノジョ")、FBI捜査官役ヴィンス・ヴォーンやフランス人の夫ロマン・ギャリー役イヴァン・アタルなどです

事実を基にした映画なので、仕方がないところもあるのですが、監督のベネディクト・アンドリューズの演出は、凡庸な部分もあることは否めません。ですが、それを上回るクリステン・スチュアートの力演は、この映画を見応えのあるものにしています。

見終わって、ゴダールの「勝手にしやがれ」のラスト・シーン、ジーン・セバーグの「”最低”って何? Qu'est-ce que c'est "dégueulasse”」のセリフが頭をよぎりました。

映画史を知る上で、映画ファンには興味深い映画に違いないでしょう。

てなことで。


最後までお読みいただきまして誠にありがとうございました!