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【小説】未来から来た女(4)

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「そういえば、あのおばあさん!背格好が私とそっくりで、スマートだったよ」キッチンで洗いものをしながら、おばあさんの話の続きをしていたら、リビングにいるはずの悠太は、さっさと自室で高鼾である。「肝心の話は、これからなのに・・・まあ~イイカッ!あしたは日曜だし、悠太のゴルフ熱も冷めたみたいだ。時間はたっぷりとある。楽しいおばあさんの話をしてやろう・・・」私は、悠太の部屋に、意地悪い微笑みを投げかけながら、ひとりごちた。
 悠太と別々の部屋で寝るようになって、もうどれくらいになるのだろう。あれは確か、鼾がうるさい!と言いだした私に、美穂にだけは言われたくない!と悠太が言うので、カチンときた私が寝具を抱えて、冷え冷えとしたこちらの部屋に移動した五年前。あの真冬の深夜以来のことだが、いまだに、自分自身が、あの悠太の鼾より大きな鼾をかくとは信じられないでいる。そんなことを想い出しながら、スマホを引っ張り出し、メールチェックして眠りに落ちたのは、午前1時を少し回っていた。
 
晴天の日曜の朝が明けた。

コーヒーメーカーが落ち終わるまでに、ドアに射しこまれた朝刊を抜き取り、布団をベランダに干し、洗濯機のスタートボタンを押し、ベーコンエッグの焼け具合を確かめていたら、トースターがチン!というのと同時に、悠太の部屋の扉が開いた。
 改めて悠太の下っ腹が突き出た、デカイ図体にため息が出そうになったが、かみ殺して事なきを得た。トイレから戻った悠太は、安物のソファーを軋ませて、パジャマのまま朝刊を開く。新婚当初は、その襟首を摘まみあげて、着替えさせていたのだが、それも今は昔。パジャマ姿のダンナは、朝の風景に溶け込んでしまって久しい。そして、いつからか、わが家の朝のシーンから「おはよう!」という、互いに交わすセリフがなくなっているのだ。
 悠太は、「おはよう」の代わりに、テレビのニュースを観ながら「地震があったんだって・・・」って言う。私は、昨夜のあれほどの揺れでも目覚めない悠太の鈍感さに,呆れて言葉も出なかった。
「せっかくオモシロイところだったのに・・・」「・・・」寝ぼけ眼の悠太は、何の話なのか?という顔をしたので、「おばあさんのことよ」私は、なるべく悠太の姿を見ないようにして言った。「あ~そういえば、そんな話しをしてたっけ!美穂の未来の姿だなんて・・・そのばあさん!」私は、焦がしそうになりかけているベーコンエッグの火を消しに、急いでキッチンへ戻った。
「ひと晩寝て思ったんだけど、やっぱり私の未来の姿じゃないカモ・・・」「なに言ってんだ!当たり前だろうが・・・」悠太はコーヒーカップを、顔のあたりまで持ち上げ、私の方へそれを差し出すような恰好をした。まるで、勝ち誇ったようにも見えた。私は、昨夜の怯えて、鉄仮面になっていた悠太を思い出し、背を向けて笑っていた。
「おばあさんたら、『ワタクシって、男運が悪うございましたの』と言うんですもの・・・」私は悠太の顔を、しげしげと観ながら言う。無言の悠太に「ねッ!私って、決して男運は悪くないモン!」意地わるそうに言う私と、絶対に目を合わせないようにしている悠太が、とても可愛く思えた。「でもね・・・新婚旅行で大喧嘩して、成田離婚一歩手前だったって、・・・そうでしょ!私たちも・・・」言いかける私の言葉に「そんなこと、日常茶飯事ジャン!」という悠太の言葉が被さる。「でも、トレビの泉でコインの投げ方がダサい!って言ったのが、喧嘩の原因だというから・・・あのおばあさん!私の未来の姿かも?」「それこそ!よくアル!アル!話しジャン!」今度の悠太の応酬は、こころなしか弱々しく聞こえた。「でもね!買ってきたお土産も同じだったよ!」「・・・」今度は、悠太の応酬がなかった。私は悠太のカップにコーヒーをつぎ足しながら、彼の表情の変化を愉しんでいた。

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