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【小説】未来から来た女(2)

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「お昼を買いに、駅前のスーパーへ行こうと、交差点で信号待ちしてたのよ」唐突に話し始めた私の顔を、悠太は箸を止め、舐めるように観る。珍しい小動物を初めて見たときのような、訝る眼差しを一瞬したが、空腹には勝てないのだろう、悠太の箸は軽快に動き出した。最近、二人の間で、会話らしい会話がなかったから、それはしかたのないことだった。
「ほら、あなたも知ってるでしょ!マンホールの蓋が少し浮いていて、躓きそうになるところよ!」
 私は悠太を前にして、自然と腕組みしていることに、独りで苦笑しかけたが、それを噛み殺した。でも、黙々と食事に夢中の悠太には気づかれずにすんだ。悠太は肉じゃがに箸を進めながら、小さく頷く。それを合図に、私の話は本題に入った。
「突然、おばあちゃんが後から、私を抱き抱えて来たの!」目だけが膨張した私の表情に、悠太は、それで?って言うような表情で応える。私は、まずまずの悠太のクイツキ具合を観て、話に熱が入いるのを自覚した。
「あのマンホールの蓋に躓いたようなの。その人って、広島で一人暮らししている母に似てて、最近不義理している負い目が頭をかすめたの・・・しきりに謝るおばあさんが愛おしくなってね・・・」
 いいんです!平気ですからって、よろけた体勢を立て直している私の腕を掴んで、ご迷惑をかけた罪滅ぼしに、お茶でもという、その老婆の誘いを断りきれず、何かのご縁だしお茶より、丁度お昼だから、お食事でもということになって、十六号のロイヤルホストに行くことになったと話したところで、私の鼻先に悠太の空のお茶碗が伸びてきた。
「そういえば、広島のお母さん、元気なのか?」お代わりのお茶碗を持って、キッチンに向かう私の背後に、被さる悠太の言葉。複雑な気持ちで受け止める私。「まあね」生半可な返事とは裏腹に、時折見せるこんな悠太の優しさにクラッとくる私である。「脚の腫れは随分引いたって言ってたけど」と言いつつ、私は、先週、電話で話した母の広島訛りの声を、心の中で反芻していた。
「でね!そのおばあさんは、若い頃この辺に住んでいたんだって言うから、どこって聞いてみたのよ。すると、どうもこのマンションだったみたいなの・・・」「このマンションだって?そんなわけないだろうが、七年前に新築を買ったんじやないか!」「そういったんだけど・・・・、マンションの名称まで一緒なのよ!」「ボケてんだよ!そのばあさん!」悠太は受け付けようとしなかった。「母と同い年ぐらいだったから・・・そうかも」

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