批判と異論反論の区別さえつかないのか
議論を試みると「傷ついた!」とやられると非常に困る。
なぜなら事実と感情をわける、などわかるようでわからない理屈の蔓延を許すからだ。
というか、自分が納得できないから反論をぶつけてみる。
その延長の「コップに水が半分あるかないか」理論も頭ではわかるけど納得するのは難しい。
しかしそれが他人を傷つける行為だという解釈には驚いた。
どうしても過去からの積み重ねによって私たちは物事を認識する。
防衛意識が強いと反論が攻撃に聞こえてしまう。
さらに人はバイアスがある。自分と他人が違う人間であるということがハッキリしていない若いうちはよく自分の動機を投影して相手を決めつけてしまう。
「おまえはそう言うことで自分をスゴい人だと思わせたいんだろう!」など思い込みが返ってくるので
話が通じない
しかしなぜ優秀な人2割理論を持ち出して人を動かそうとするくせに、議論ではその優秀な人とやらに難癖をつけてやまないのはナゼかね?
ただ便利な時だけ都合のいい解釈をしてるにすぎない。
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