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三国志13 蜀志劉備伝 #6

対張角戦

184年7月

 劉備、関羽、張飛の三義兄弟の心は一つになっていた。目前の敵首魁『張角』を打ち破り、天下を大いに乱している『黄巾の乱』を一刻も早く終わらせると。数でも劣勢、敵黄巾軍の主力が待ち受けていたとしても、劉備勢の将兵に漲る士気はその程度のこと軽く吹き飛ばしてしまうだろう。

 「狙うは、敵首魁張角の首ただ一つ」

 劉備の号令に、全軍が哮り立ち一匹の猛獣のように動きだす。

 7月4日、劉備勢一万九千は『河間』の地で黄巾党の主力3万と対峙することになる。

 「関雲長推参っ、全軍進撃を開始せよっ」

 開戦の口火を切ったのは関羽だった。

 物見の報告によると、黄巾勢は大きく二つの塊となって川を挟んで屯していた。劉備は寄せ手一万四千と搦め手五千の二隊に分けて塊の一つを挟撃する作戦を立てる。搦め手は前回功の少なかった呉巨に騎馬隊五千を率いさせた。

 7月5日、進軍中の劉備に潜入させていた密偵から密書が届く、「張角撤退」この四文字に撤退の慌ただしさが滲み出ている。

 「くっ、張角め怖じ気づきやがった」

 「何ぞ危急の事態が起こったのやもしれん」

 『張角』を取り逃がしたのは口惜しいが、劉備にとって兵数で劉備勢が黄巾軍を上回ったことは朗報といえた。

 「敵は寡兵である、全軍で圧倒せよっ」

 7月6日、劉備勢寄せ手一万四千は敵将程遠志の騎馬部隊三千と交戦を開始、三方から包囲して程遠志を追い詰める。

 ところが、妖しい秘術でも掛けられているのか黄巾党の軍勢の強さは尋常ではなく、皆一様に呪文を唱えており負傷にも痛みを感じていない。それでも劉備勢は苦戦の末に妖兵の部隊三千を5日の攻防で壊滅させた。

 「くっ、またあいつらか、ここは逃げるぞ」

 程遠志は口穢く罵りながら、部下を見捨てて逃げ去った。

 7月11日、搦め手の呉巨は功を焦っていた。張角の撤退を知り、当初の予定であった挟撃をやめ、敵本陣を落とそうとしていたのだ。迎撃に突出した敵将『波才』の妖兵部隊八千を、騎馬隊の機動力で迂回し敵本陣に迫る。

 一方、劉備勢の寄せ手一万四千は敵将鄧茂の騎馬隊三千を包囲していた。

 「俺を止めたきゃ、猛者一万連れてこいや」

 張飛が振るう『蛇矛』が煌めく度に、黄巾を巻いた頭が数個飛び散った。

 「あの虎髭には敵わん、ひえぇっ」

 前回張飛に悪夢を見せられた鄧茂は再び恐慌に陥って、われ先に逃げ出し、鄧茂の部隊は三日で潰走した。

 7月15日、劉備勢の寄せ手一万四千は呉巨隊五千の救援に向かった。搦め手の呉巨は挟撃の命に背いて、敵本陣に到達して攻めたてていたが、本陣の危機を知った『波才』の妖兵八千に後背を衝かれていたのだ。更に『南皮』より敵将程遠志の援軍三千も到着し、呉巨隊の命運は尽きたかと思われた。

 しかし、敵援軍の程遠志隊は劉備、関羽、張飛を恐れたのか、会戦を避けて劉備勢の本陣攻略に向かった。この愚策は窮地の呉巨にとって僥倖といえた。

 7月19日、劉備勢の寄せ手一万四千は呉巨の救援に間に合う。今度は逆に敵将『波才』が挟撃される形となり、『波才』は慌てふためく。

 「俺が地獄の門番に話をつけてやるぞ」

 関羽の『青龍偃月刀』の斬撃を受けた者は、神罰に思えただろう。戦の神に刃向かったことを悔やんだに違いない。

 神懸かる関羽隊三千の猛攻に、兵数で二倍以上の波才隊であったが後退を余儀なくされる。そこにほぼ無傷の張飛隊四千が加勢した。

 「賊軍の悪逆非道を思い出せ、我らの矛で天罰を下してやるのだ」

 駄目押しに劉備の大義の采配が全軍を奮い立たせる。

 「口惜しや、次はこうはいかんぞ」

 7月25日、遂に敵将『波才』は戦線維持が出来ないと判断、夜陰に紛れ逃亡した。同時に黄巾の妖兵部隊八千も雲散霧消してしまう。

 残るは程遠志だけだが、先に敵本陣を落としてしまえば兵糧の補給を断たれ、士気の維持もできなくなる。

 7月27日、劉備は余勢を駆って敵本陣を猛攻し、あっという間に制圧してしまった。

 「敵本陣陥落せり、我らの大勝である」

 関羽の勝ち鬨が『河間』一帯に高らかに響き渡る。残存兵力は一万四千、負傷者三千七百名、戦死・行方不明者千四百名であった。

 次を見据える劉備、関羽、張飛の眼前には『冀州』の要衝『南皮』の高い城壁が聳え立っていた。

用語説明


『張角』・・・ 黄巾党の首魁で太平道の創始者。天公将軍と自称し漢朝の転覆を画策、太平道の信徒数十万人を扇動して黄巾の乱を起こさせる。類い希な統率力と公正無私の振る舞いが多くの信奉者を惹きつけ、その忠誠心を狂信の域まで高める。戦闘は苦手だが戦場では太平要術を用いて敵を惑わし 、その攻防と機動力を下げ、士気を極限まで挫き、火をつけて追い払うという。文官として才能が高く、特に弁舌の能力は多くの人を従える力がある。弟の張宝、張梁を将軍にして華北一帯に勢力を広げている。

『黄巾の乱』・・・ 漢帝国末期(184年)に太平道の教祖である張角が主導した大規模反乱。反乱軍は目印として頭に黄色の頭巾を被ったため黄巾賊と呼称される。漢帝国が滅亡することになる遠因の一つ。

『河間』・・・ 薊と南皮と中山への三つの道が交差する要衝の集落。都城に従属させれば二万の民が増加することになる。

『波才』・・・ 黄巾党の頭目の一人。地方豪族出身なのか、優秀な武人で槍兵の扱いに長ける。戦場では槍兵の行軍速度を大きく上げることができる。政治には興味がない。性格は豪胆。

『蛇矛』・・・ 張飛が愛用する穂先が蛇のようにうねった鋼の矛。長さは一丈八尺(約413センチ)という長柄の武器。所有者の武勇を大きく高め、その威風に多くの兵が付き従う。

『南皮』・・・ 冀州の都城のーつ。北平の南西、薊の南東、中山の東、鉅鹿の東北東、甘陵の北東、晋陽の東、平原の北。後漢から三国時代の華北における重要な都市。

『冀州』・・・ 漢代中国の十四に分かたれた行政区分のうちの黄河北方の州。河北と称される地域をいう。冀州の都城は南皮、中山、鉅鹿、甘陵、鄴、平原。州都は鄴。

『青龍偃月刀』・・・ 関羽が愛用する鋼の大薙刀。重さは八十二斤(約18キロ)という長柄の武器。所有者の武勇を大きく高め、その威風に多くの兵が付き従う。

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