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三国志13 蜀志劉備伝 #11

孫堅の武

184年12月

 下邳での宴席を契機に、孫堅陣営の諸将にも劉備に親しみを表す者が出始める。劉焉軍からの物資援助に懐疑的だった一部の幕僚も考えを改めざるを得ない流れになってきた。黄河の南に蔓延る黄巾の残党を一掃する為に劉焉軍は河南での協力者が必要で、孤立する孫堅軍は金銀兵糧などの物資が不足していた。孫劉は連合すべし、その流れを劉備は作り出していった。

 「玄徳殿、今度は兵糧に困っておるのだ」

 ばつが悪い様子で孫堅は物資援助の話を切り出してきた。

 「すぐに用意させましょう、幽州へ早馬を出します」

 劉備は孫堅の要望を竹簡に認めると、幽州刺史の劉焉に急ぎ届くように手配した。

 「いゃぁ、まことにかたじけない。幽州には足を向けて眠れんのう」

 孫堅は少しづつ劉焉に対して恩義を感じるようになっていると劉備は思った。

 12月19日、劉備は商人から酒の名品『保寧圧酒』と『黄酒』の二点を仕入れて孫堅の政庁を訪ねた。

 「玄徳殿、ようこそ参られた」

 「我らの友誼の証として黄酒を孫徐州に贈らせて頂きたい」

 「かの名酒、黄酒を頂戴できるとは。感謝しますぞ玄徳殿」

 孫堅は余程気に入ったのか、上機嫌で劉備に謝意を伝えた。

 「孫徐州のご心労は如何ばかりかと、たまには酒で息抜きするのも良いことですぞ」

 「玄徳殿には見抜かれておったか、上にも下にも常勝の将軍を演じ続けるのも過酷なことよ」

 実は、孫堅は官軍総大将の何進から黄巾残党の討伐に動かないことを厳しく咎められていた。常勝の将軍というから徐州を任せたのに、いつまでも動かぬなら他の者と交代させようかと。

 そもそも官軍が敵中に残された我らを見捨てたのだ、支援物資も約定の通り届いた試しがない。それでも孤軍奮闘、どうにか徐州を死守しているのだ。動かぬのではない動けぬのだ。それを肉屋の何進め、兵法も知らず無理難題を押し付けおって。既に孫堅の鬱憤は爆発寸前であった。

 そして孫堅は部下にも問題を抱えていた。その筆頭が陳珪である。孫堅と幕僚の大半は揚州の出身で、黄巾党討伐を名目に朝廷の鶴の一声で徐州の主となったばかり。一方で陳珪などの徐州出身の豪族達は孫堅に完全には服従せず、戦の負担を厭がっている。どうやら軍中の物資不足を兵卒に漏らして士気を下げ、出兵を渋らせているのは陳珪らしかった。

 確証はないが奴の他に誰がいるというのだ。ただし徐州ー番の名士である陳珪を証拠もなく裁くことは徐州の統治に相当の混乱を来すのは間違いない。あの古狐め、いずれただではすまさんぞ。狡猾に足をひっぱる陳珪を如何することもできない歯痒さが孫堅を更に苦しめていた。

 劉備は目敏く、上下からの板挟みになって身動きがとれない孫堅の苦境を察知した。そしてひとつの助け船を出す。

 「孫徐州、政務ばかりでは気も晴れますまい、ーつ私に稽古を付けて頂けませんか」

 「そうだな、玄徳殿もかなりの使い手とか、ひとつ武技でも競ってみるか」

 孫堅は自信を持つ武技を披露できることに少し明るさを取り戻した様子だった。

 孫堅と劉備は下邳郊外で二十日の間、政務を忘れ共に鍛錬し武技を高め合った。

 「よい鍛錬であった、一騎討ちで儂に勝てたら孫子の奥義、獅子奮迅を伝授しよう」

 「孫子の末裔に我が武、認めていただこう」

 激突する両者の火花が青白く飛び散った。孫堅優勢で一騎討ちが始まる。

 一合目、武技では孫堅の方がー枚上手と認める劉備には、孫堅の攻撃を凌いで闘気を蓄え、必殺の一撃を繰り出す機会を待つしか術がなかった。孫堅の強打をどうにか防ぐも、古錠刀は劉備の急所近くを掠める。

 孫堅は巧みな馬術で寄せ掛かってきた。二合目も劉備は防御に徹して孫堅の古錠刀をすんでのところで受け止めた。掠り傷を受けた所が熱くなり、劉備の闘気がまた高まっていく。

 孫堅の咆哮が荒野に響き渡る。三度目の猛撃を劉備は防ぎ受け切った。重なる痛手は大きいものとなっているが逆に闘気は十分漲っている。劉備は次に仕掛けると決意した。

 四合目、孫堅は一向に守ろうとせず攻めの姿勢を崩さない。三度受けて見つけた孫堅の攻撃の僅かな隙、劉備はそこに雌雄の双剣で左右から繰り出す必殺の一撃を打ち込んだ。孫堅の肩口から鮮血が迸る、しかし致命傷ではない。孫堅は劉備の一撃を敢えて受け、それを紙一重で躱してみせたのだった。

 最後の打ち合いを前に、お互い同程度の痛手、同程度の闘気が漲っている。双方が必殺の一撃を繰り出すことができるようだ。そうなると、武技で劣る劉備の方が孫堅の古錠刀をまともに受けて命を落とすことになるだろう。劉備はもうどうやっても孫堅に勝てる気がしなかった。

 孫堅の古錠刀が青白い火花を飛び散らせた。劉備は最後の打ち合いを双剣での防御に徹し、孫堅は結局一度も必殺の一撃を繰り出さずに劉備をその武威で圧倒した。

 「玄徳殿、儂の勝ちのようじゃな」

 やや余裕を見せた勝利宣言を孫堅が劉備に告げる。

 「なかなか見所があるようだな、しかし孫子の奥義、伝授するにはまだまだ早いな」

 「孫徐州の武、お見事でございました、手合わせ頂き感謝の至り」

 「なんの、勝ってすっきりしたのは此方の方、感謝するのは儂の方じゃ」

 日頃の鬱憤を発散し、孫堅は晴れやかな表情をしていた。そして劉備のお陰で物資不足の解消にも宛てができた。孫堅は劉備に心から感謝し、深い信頼を寄せるようになっていた。

登場人物

劉備 ・・・ 主人公。字は玄徳。劉軍師とも呼ばれる。幽洲涿郡涿楼桑村の出身。漢の皇帝の末裔であったが、父が早く亡くなり家は没落、筵を売って生計を立てていた。身の丈七尺五寸(約173センチ)、大きな耳をしている。武器は家宝の双剣『雌雄一対の剣』。現在は劉焉軍の軍師として孫堅軍との協力関係を築こうと奔走している。

孫堅 ・・・ 字は文台。孫徐州とも呼ばれる。揚州呉郡の人。孫子の末裔を自称し、十代での賊討伐を切っ掛けに頭角を表す。若くして出世し、現在は徐州刺史。統率力、武勇に優れ、知勇兼備の英傑である。性格は豪胆。多くの兵士を従える威風を全身から発している。戦においては獅子奮迅の働き振りで自部隊の攻撃や士気を極限まで高め、周囲の部隊に兵撃を与える戦術を使う。武器は名品古錠刀。孫策、孫権の父。

劉焉 ・・・ 字は君郎。劉幽州とも呼ばれる。漢室の末裔で幽州を統べる刺史(行政長官)。文官としての才能には秀でるが軍事には疎い。その為、黄巾の乱鎮圧を前に優秀な武官を必要としていた。性格は冷静沈着だが強欲。子に劉璋がいる。現在は本拠地を冀州の南皮に移し、私財を増やす為部下に南皮での収奪を密命した。黄巾の乱平定後の未来を強欲に画策し始めている。

何進 ・・・ 字は遂高。元は肉屋(屠殺業)だったが、宦官の推挙で妹が後宮に入り霊帝の寵愛を受けると、その威光を背景に出世した。妹が皇后に取り立てられると外戚として朝延の要職につく。黄巾の乱が勃発してからは大将軍に就任、官軍の総大将になった。何れも宦官による朝廷の私物化の副産物であり、何進自身が宦官に裏で操られていることを知らない。無能を絵に描いたような命令を乱発し、漢の内憂となっている。小心で強欲な男。

陳珪 ・・・ 字は漢瑜。徐州一番の名士で交渉、弁舌、知略に優れる。徐州出身の豪族で、黄巾討伐を名目に徐州の主となった孫堅には完全には服従していないようだ。裏で出兵を邪魔するような画策をしていると孫堅は疑っている。

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