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三国志13 蜀志劉備伝 #10

下邳宴席

184年11月

 親善の交渉は続いている。いずれ来る黄巾残党討伐の際に、黄河を渡河し南進する劉焉軍には孫堅軍の協力が不可欠なのだ。劉備は孫堅と何度も協議を重ね、友好関係を深めていった。劉備が観るに、孫堅の徐州軍は強力だが官軍主力との連携を断たれて孤立しており、特に物資の面で窮乏が深刻のようだ。孫堅と友好を深める契機はこの点にあると劉備は考えた。

 そして11月中旬にもなると、親善の交渉も大詰めを迎えた。

 「孫徐州のご歓待に感謝します。劉幽州へ良い交渉結果を伝えられそうです」

 「玄徳殿のお陰でこちらも展望が開けたというものよ。劉幽州によしなにお伝え下され」

 「さて最後に、孫徐州との親交を更に深めるべく、物資の面でお力になれることがあればご用意させて頂きたく」

 「何とそれは願ってもない、実は資金が若干不足しておっての、都合してくれれば助かるのだが」

 「わかりました。一刻も早くお届けできるように致しましょう」

 劉備は交渉の結果を伝令に託して早馬に乗せ、信頼の置ける者を選抜して資金を確実に届けさせるよう手配した。

 「親善交渉の結果を劉幽州は大変喜んでおられます」

 戻ってきた伝令は幽州刺史劉焉の満足した様子を伝え、また別途恩賞の使者が派遣されたことを報告した。

 「劉幽州は劉玄徳殿の功績を讃え、六品官へ昇進させるとの仰せです」

 下邳城外に到着した劉焉の待中は劉備が六品官へ昇進したことを伝えた。この昇進によって劉備の指揮兵数の上限と俸禄も加増された。

 待中は、更にこう付け加えた。

 「劉軍師には昇進に加え、特権もお与えになると劉幽州は仰せです。」

 「劉玄徳、謹んでお受けしますとお伝え下され」

 【特権】とは、一度限り身分と職権を越えて使える権利で、前回の黄巾党討伐戦の際も劉備はこの【特権】を使い出陣した。
 現在、劉備は軍師の職にあり、特権を使わずとも政策全般を立案できるのだが、異動となった場合に備えて【特権】は確保しておこうと考えた。
 
 

 一旦、孫堅との親善交渉は一段落ついたのだが、劉備は更に踏み込んだ提案をしようと考えた。孫堅軍は連戦連勝とは言え官軍主力から切り離されて物資の供給が滞っており、出陣することが出来ない。一方の劉焉軍は、冀州の黄巾党から多くの物資を奪い返してかなり余裕がある。ここで更に物資を融通すれば孫堅との共同作戦に相乗効果を得られると劉備は判断した。

 孫堅との親善交渉を継続する。この提案は幽州刺史の劉焉も大いに共感したらしく、「物資を幾ら使っても構わん」との伝言と共に劉備の提案を許可する旨の伝令が届く。

 「劉備か、あの者に任せておけば、黄巾の賊どもは容易く駆逐できそうだな。あとは・・・」

 劉焉は現在南皮に拠点を移していた。劉備が死を賭して黄巾党から奪還した冀州の都城。劉備は奪還後の略奪行為を固く禁じ、城中の財貨一切に封をして次の戦地へ赴いた。その為、劉焉にとって南皮は旨味が多すぎる都城であった。南皮城中の財貨の収奪を密かに部下に命じると、劉焉は笑いが止まらなくなった。
 使える男、劉備への信頼を強めると同時に、黄巾党討伐後の未来を劉焉は強欲に想い描き始めた。

 11月13日、劉備は徐州の大富豪、糜竺を訪ねた。糜竺は徐州東海郡の人で字は子仲という。先祖代々所有する広大な農地に万を超す小作人を抱えているが、小作人達からとても慕われているそうだ。性格は義を重んじ、冷静沈着、温厚篤実、若くして秀才の誉れ高く、孫堅の陣営に招かれ主に農政改革に従事していた。劉備は下邳に滞在中に徐州の民が褒め称えるこの人物に会ってみたくなったのだった。

 「噂に名高い、糜子仲殿にお会いできて光栄です」

 「劉軍師がお越し下さるとは、いつもならどなたかのご紹介がなければ面会しませんが、貴殿なら話は別、実はお会いできるのを楽しみにしておりました」

 初対面の劉備と糜竺は探りを入れつつ挨拶を交わすと、互いに古くからの親友同士のような不思議な感覚を体験した。

 「実は糜子仲どのに、孫徐州との親睦を深めるのに何かよい方法はないものかとお知恵を拝借しに参った次第」

 「そうですか、では劉軍師主催で宴席を設けてみては如何でしょう、孫徐州をはじめ諸将は酒に目がない。付け加えるならば、名高い酒を用意することです。名品を振る舞えば更に親しみが増すことでしょう」

 「糜子仲殿のお知恵に劉玄徳感服致した。この礼はいずれ必ず。貴殿も是非宴にご参加下され」

 劉備はー礼して糜竺の館を後にした。

 11月14日、私財を投じ下邳の商人から酒の名品、社康洒、人参洒、造清を劉備は買い集めた。

 「さぁ、下邳の宴はどうなるか、手抜かりのないよう準備万端調えるかな」

 劉備は造清という酒の名品を振る舞うと決め、吉日を選んで五日後に宴席を手配し、主賓として孫堅を招いた。

 11月19日、かくして下邳で劉備主催の宴席が設けられた。

 「玄徳殿、かくも盛大な宴席に招いて頂き痛み入る。儂は酒には目がなくてのう、今日は楽しみにしておるぞ」

 孫堅は裏表がない、本当に宴席が好きなようで、美酒に酔い、もう配下に絡みはじめている。

 「殿、おやめくだされぇぇぇ」

 どうやら孫堅殿に絡まれているのは曹豹という武官らしい。絡まれ易そうな雰囲気の人物だ。

 「劉軍師、お招き頂き感謝します」

 糜竺殿とは、別の機会にじっくり農政改革について語りたいものだと劉備は思った。

 「がはは、楽しい酒じゃ」

 呉景殿は孫堅軍の宿将の一人。孫堅殿の義理の弟になる。孫堅殿に姉の呉夫人と妹の呉国太を嫁がせている。

 「劉軍師に目通りが叶い恐悦至極」

 朱治殿は孫堅軍内政の要、義理堅い有能な政治家といえる人物だ。酒は程々に嗜む程度か。

 「一度、劉軍師と漢の再興について話してみたかったのです」

 程普殿は孫堅軍の軍師、知勇併せ持つ名将の風格を持っている。戦場では鉄壁の采配で名を馳せている。そして漢の行く末を案じる義士である。

 「がははっ、劉軍師、ほれもっと飲みなされ」

 黄蓋殿は孫堅軍の特攻隊長、愛用の鉄鞭と武勇を自慢してくる。酒は強そうである。

 「まぁ、貴方が劉軍師ですのね、夫から良くご勇名を聞かされますわ」

 呉国太は孫堅殿の第二夫人。知性溢れ、とても美しい夫人だ。呉景は兄で、姉の呉夫人は男子を三人生んでいる。みかけによらず酒に強い。

 「当世の英雄、劉軍師に乾杯じゃ」

 陳珪殿は徐州の名士で弁舌優れた人物。交渉に長けているらしい。

 「劉軍師、実は私は酒は苦手でしてな」

 孫静殿は孫堅殿の実弟で武の兄を支える文の弟だ。商業、農業、文化の振興を得意としている。

 「皆様、心ゆくまで存分にこの宴お楽しみ下さいますよう」

 宴席は大変好評で、参加者全員と劉備の親密度は急速に高まった。劉備は翌日下邳の政庁に赴き、孫堅との親善交渉を再開した。政庁の雰囲気は和やかだった。

登場人物

劉備 ・・・ 主人公。字は玄徳。劉軍師とも呼ばれる。幽洲涿郡涿楼桑村の出身。漢の皇帝の末裔であったが、父が早く亡くなり家は没落、筵を売って生計を立てていた。身の丈七尺五寸(約173センチ)、大きな耳をしている。武器は家宝の双剣『雌雄一対の剣』。現在は劉焉軍の軍師として孫堅軍との協力関係を築こうと奔走している。

孫堅 ・・・ 字は文台。孫徐州とも呼ばれる。揚州呉郡の人。孫子の末裔を自称し、十代での賊討伐を切っ掛けに頭角を表す。若くして出世し、現在は徐州刺史。統率力、武勇に優れ、知勇兼備の英傑である。性格は豪胆。多くの兵士を従える威風を全身から発している。戦においては獅子奮迅の働き振りで自部隊の攻撃や士気を極限まで高め、周囲の部隊に兵撃を与える戦術を使う。武器は名品古錠刀。孫策、孫権の父。

劉焉 ・・・ 字は君郎。劉幽州とも呼ばれる。漢室の末裔で幽州を統べる刺史(行政長官)。文官としての才能には秀でるが軍事には疎い。その為、黄巾の乱鎮圧を前に優秀な武官を必要としていた。性格は冷静沈着だが強欲。子に劉璋がいる。現在は本拠地を冀州の南皮に移し、私財を増やす為部下に南皮での収奪を密命した。黄巾の乱平定後の未来を強欲に画策し始めている。

糜竺 ・・・ 字は子仲。徐州東海郡の人。広大な土地を有する大富豪で、万を超す小作人に慕われている。義を重んじ、温厚篤実、秀才の誉れ高く、農政に明るい。現在は孫堅の陣営に招かれ農政改革に取り組んでいる。

曹豹 ・・・ 徐州の豪族で現在は孫堅の武官。絡まれ易そうな雰囲気の人物。酒は飲めない。

呉景 ・・・ 孫堅の武将で義理の弟。姉の呉夫人と妹の呉国太が孫堅に嫁いでいる。

朱治 ・・・ 字は君理。孫堅の武将だが、義理堅い有能な政治家でもある。孫堅軍の内政担当の重臣。

程普 ・・・ 字は徳謀。孫堅の軍師を務める。鉄壁の采配で名を馳せる知勇兼備の名将。名品鉄脊蛇矛を所有する。

黄蓋 ・・・ 字は公覆。孫堅の武将。武勇自慢の豪胆な特攻隊長。孫堅軍の軍事担当の重臣。名品鉄鞭を所有する。

呉国太 ・・・ 孫堅の第二夫人。知性溢れる美人。姉の呉夫人も孫堅に嫁いでおり男子を三人生んでいる。呉景は兄。

陳珪 ・・・ 字は漢瑜。徐州の名士で交渉、弁舌に優れる。

孫静 ・・・ 字は幼台。孫堅の弟で文官。政治全般を得意としている。

用語説明

黄巾残党 ・・・ 太平道の教祖である張角が主導した大規模反乱の勢力。目印に黄色の頭巾を被った。主導者の張角は既に処刑され、現在は弟の張宝が跡を引き継いでいる。残党と言われるも依然勢力は強大。

徐州 ・・・ 漢代中国の十四に分かたれた行政区分のうちの東方の州。徐州の都城は下邳、琅琊、広陵。

下邳 ・・・ 徐州の都城の一つで徐州の州都。現在は孫堅の拠点となっている。

幽州 ・・・ 漢代中国の十四に分かたれた行政区分のうちの東北の州。幽州の都城は薊、北平、襄平。

冀州 ・・・ 漢代中国の十四に分かたれた行政区分のうちの黄河北方の州。河北と称される地域をいう。冀州の都城は南皮、中山、鉅鹿、甘陵、鄴、平原。州都は鄴。

南皮 ・・・ 冀州の都城のーつ。後漢から三国時代の華北における重要な都市。黄巾党から劉備が奪還した。

六品官 ・・・ 九品官人法をもとに設定された官職の位。七品官から軍師、軍事、内政における重臣として任命されることが可能。また五品官からは都市を任される太守として就任できるようになる。

軍師 ・・・ 軍事・政治的に主君を支え様々な献策を立案する参謀のこと。

侍中 ・・・ 主の側に侍して、主の様々な命令を代行する執事のような家臣または役職。

社康洒 ・・・ 酒造りの名手社康の名を冠した白酒の名品。

人参洒 ・・・ 朝鮮人参を浸した薬酒の名品。

造清 ・・・ 漢代によく呑まれていた酒の名品。

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