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ある特別な日の翌朝


《パン…パン…》

2月中旬。
乾燥した空気に響くはずの拍手の音が、
今日は やけに大人しい。

それもそのはず、薄い灰色の空からは、
雨粒がやさしく降り注いでいる。
木々に囲まれ、都会のビル群にひっそりと佇む
この場所から、さらに音を奪ってゆく。


目の前では、結婚式と思われる儀式が、執り行われている。夫婦和合の神を祀るこの神社ではよくあることで、たしか前に訪れたときもやっていたっけな。

初詣にしては遅すぎる気はするが、一人暮らしを始めてから正月に初詣に行く習慣がなかった私にとっては、ここ数年、2月末にこの場所に来てやるのが恒例となっていた。今年は1週間早いけど。

毎年わざわざここに来て祈るほどの恋愛の話があるわけではない。なんならこの場所でお祈りすることは、自分のことでもない。


「「あなたの未来が幸せで溢れますように」」


あれ。私って、いつから他の人を想って願う人になれたんだっけ……


* * *


昨日、大好きだったアイドルの卒業セレモニーがあった。

薄紫の生地にたくさんの小花の刺繍が施されたドレスと、大きなリボンを身に付けた彼女はすごく綺麗で可愛かった。

可愛いのが大好きな彼女なら白やピンクを選びそうだけど、「この色がいい」と彼女のからの希望があったらしい。


そんな彼女が最後の挨拶で話した、特技の話が強く印象に残っている。

「特別な特技とかそういうものがなくても、"一人でも応援してくれる人がいる"ってすごい特技だなと思って…」


その特技を誇らしげに語る彼女の姿は輝いていた。

確かに彼女は楽器ができるわけでもないし、特別何かに詳しかったりするタイプでもない。

でも、特技と言われることがないわけではなくて、この日のOP映像でも「可愛いの天才」と呼ばれるくらい、天性の可愛さの持ち主であったように思う。ラジオ番組では怒る企画を、可愛さで上書きしてしまうくらい。

また、別の人は「優しさの天才」とも呼ぶ。今回のセレモニーでも、多くのメンバーからその優しさに救われたというエピソードがでてきていた。初めて聞いたようなエピソードも、きっと氷山の一角で、見えない優しさは多くのメンバーの心の中に綴じられている。


でも、彼女が最後に見つけた特技は、
「1人でも応援してくれる人がいること」
だった。

何かが"できること"じゃなくて、
何かを"してもらえている"こと。

彼女の優しさに感謝を伝えるメンバーに、
「みんなが好きだから、それだけで頑張れた」
と返す彼女にとって、
人のことを想う優しさは特技でなくて、
特技の先にある当然の結果だったのかもしれない。 



私は彼女を応援するのが大好きだった。
彼女はもちろんだけど、彼女を愛する人も大好きだった。みんなが大袈裟なくらい彼女を褒めて、愛を伝える時間が大好きだった。

「彼女を応援してくれる人が好き」という推す理由を、ずっと不思議に思っていたけど、この日はじめて、彼女の特技に惚れていたのだと気づいた。


彼女の特技が私の気持ちを変えてくれた。


* * *


目を開けばあなたのいない世界になってしまう。
あなたともっと同じ世界にいたかった。
そんなわがままに任せ、少しだけ長い礼拝をした。


願いを込めた目を開き、振り返ると、
歩いてきた石畳が少し遠く感じた。

いつもはそのまま鳥居をくぐるのだが、
何か形に残したくなった私は、
絵馬にその願いを記し、奉納した。


鳥居をくぐる前に一礼。

胸の奥で唱えた"ありがとうございました"は
どこか寂しさと明るさが入り混じった表情だった。

新たなスタートを迎えるかのように。


実は参拝前、ばったり同志に出会っていた。
多くは語らなかった彼の顔は、
どこか清々しく前向きに見えた。

今ならその理由が分かる。



来年はここに来ているのだろうか。
何を想っているのだろうか。

今は全く想像できないけど、
どこかであなたの幸せを願っています。


「「あなたの未来が幸せで溢れますように」」

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