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最速箒伝説 Black Bamboo

 始まりは弾圧からの逃走技術だと言われている。やがて弾圧もそれを行っていた者どもも消え去り、その技術だけが遺された。
 日本。AM12:00。晴れ。湾岸を流していた魔女のサリはすぐ前に箒乗りがいることに気がついた。サリのカスタムした樫の箒とは違う、ただの真っ黒な竹箒だ。だが丁寧に作られた箒であることは走りでわかる。
(へえ、乗り手もオールドスタイルってワケ)
 三角形の帽子に黒のケープを着た顔の見えない相手にサリは短く口笛を吹く。相手が口笛を返せば勝負を受けたことになる。暗闇の中、ピィッと口笛が鳴った。自動車が放置された湾岸道路を月明かりに照らされた二つの影が走っていく。イン、アウトとそれぞれ立ち回りながらその差はほとんどない。長い直線コースに入ったところでサリが仕掛けた。(この先は最もエグいカーブ、この直線でどれだけ速度が出せるかで勝負が決まる。そしてこれがカーブを曲がれるギリギリのライン。もらったね)
 そのとき、背後で何かが鳴った。キッ……キキッ……。息苦しさ、寒気、予感。キッ…キキキッ。(笑い声?違う、これは!?)竹箒が追いついてきている。その速度に竹箒が軋んでいる。(化け物みてーな加速)並走する(だがそれでは!)異常な加速のまま、サリを抜き去った竹箒がカーブに突っ込んでいく。(ぶつかる!)瞬間、前を走る竹箒と乗り手の姿が歪んだ、ように見えた。大きくしなった柄に引っ張られるように箒がガードレールを舐める。かき混ぜられた風が小さく渦を巻き立ち上がった。サリはブレーキペダルを踏んだ。大きく半円を描くように箒を停める。追いつけない。自分の負けだ。「ドえれーやつ」
 悔しい。しかしそれを塗り替えるように晴れやかな気持ちが広がっていくのを彼女は確かに感じていた。ふと、あの竹箒が抉るように走り抜けたカーブが目に入った。掃き清められたその場所は美しく「グッド、スイープ」サリは少女の顔で笑った。
【続く】

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