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光の扉

ずっとね。待っていたんだよ。僕は。ひどく寒くて暗い何も見えない場所で。ずっとむせび泣いているんだ。そして待っていたんだ。誰かが来るのを。ずっと。すごく静かな空間で。どこからか水の滴る音が聞こえてきそうな空間で。自分の甲高い耳鳴りが聞こえるほどのすごく静かな空間で。でも、自分が泣いている音は聞こえない。いつも音だけどこかに吸い取られてしまう。鼻水をすする音も聞こえやしない。僕は待っていたんだ。誰かが扉を開けてくれるのを。その扉は真っ白な、絵に描いたような扉だった。どこか無機質で、馴染みのある扉だった。突如どこからともなく現れている3段の階段の先にその扉は立てられていた。僕は暗がりの中に光を求めていた。暗闇の中で空けてもいないのに扉の向こうから光が漏れていた。まるで暗澹たる分厚い雲の隙間から太陽の光が差し込んでいるような。そんな光が漏れていた。僕は目にかかっている前髪の隙間からその扉を見る。僕はその扉を開けてほしかった。誰かに。自分ではその扉を開けることはできないんだ。それは決まっているんだ。それで、結局ね、その扉を開けてくれる人は自分だった。未来の自分だ。その時が来るまで誰も助けてくれなかった。だから僕はずっと未来の自分が扉を開けてくれるまで苦しみ続けた。でも、分かってたんだ。その時から。多分この扉をあけるのは自分なんだろうって。でもね。苦しみは消えないんだ。あの日からの連続的な苦しみは。あの誰も助けてくれなかったという苦しみは消えない。辛いと言う言葉だけでは表しきれないほどの嫌な苦痛を味わうんだ。ほら、歯茎が細菌感染して腫れ上がってしまったときのあの苦痛みたいに。どうしようもない苦痛なんだ。それでね。この話にはまだ続きがあるんだ。僕は未来の自分に扉を開けてもらった。未来の自分は向こうの空間にいて、片手でドアノブを握りながら「こっちにおいでよ」とでも言いたげな表情をして僕の事を見ているんだ。でもね。僕は行かないんだ。だって扉の先にある未来の自分のいる空間もまたこの空間と何ひとつ変わらない真っ暗な空間であることを知っているから。僕からは未来のいる自分の空間はひどく輝いて見える。扉を開けて見える景色は眩くてとても直視できない。目を背けてしまいたくなるほどに。でもそれは見せかけなんだ。自分を欺くための嘘なんだ。もう知ってるんだ。そう。知ってるんだ。それでも僕は扉を開けなくちゃいけない。笑って扉を開けなくちゃいけない。理由は無い。でもやらなくちゃいけない。理由がないことがやらなくていい理由にはならない。ごめん。君には幸せになってほしい。けど、ごめん。そうしてあげられない。そうして僕は扉を開けるんだ。僕はこの無限の暗闇の空間からでることは決してできない。笑って覗いてやることしか僕にはできないんだ。


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