「私にとって生理はOS」川上未映子さんが抱く愛おしさ #NoBagForMe
作家の川上未映子さんは、デビュー小説『わたくし率 イン 歯ー、または世界』から最新作『夏物語』に至るまで、妊娠・出産・生理といった女性の身体にまつわることをテーマに作品を書き続けています。それと同時に、2013年には自身も出産を経験。そのときの出来事はエッセイ『きみは赤ちゃん』に綴られています。思春期で初経を経験し、妊娠・出産を経て一児の母となった川上さんにとって、生理への考え方はどのように変化したのでしょうか。
ライフステージによって変わる生理の価値観
ー『きみは赤ちゃん』を読ませていただいたのですが、妊活中における生理の描写を通じて考え方がすごく広がりました。当たり前のことではあるのですが、妊娠するためには排卵日を調べなくてはいけないし、そうすると生理が毎月くるものという以外の意味を持つことになるんだなと。
生理に対する価値観って人によって異なりますよね。使われなかった卵が廃棄されていると感じる人もいるだろうし、単なる出血だと考える人もいるだろうし、もしかしたら排泄に近い感覚の人もいるかもしれない。
あと、年齢や状況によっても変わりますよね。それこそ、子どもがほしいと考えている人にとっては、生理がくることで自分が妊娠していないことを知るわけですから。
多くの女性にとって生理は、ままならなさがベースにあって、身体そのものに近い身体性を帯びているんじゃないかなと思います。
ー川上さん自身の生理の捉え方はライフステージによってどのように変化してきましたか?
初めて生理になったとき、本当に大変でした。というのも、育った家庭に生理にかんするインフラがまったくなかったんです。とくに生理用品も置かれていなかったし、話題に出ることもなくて、ほのかなタブー感がありました。なので、誰にも話せないまま生理と向き合うことになりました。
それからはサバイバルでしたね。数年間は生理周期も定まらないので、突然に来てうろたえたり。ナプキンを入手するだけで一苦労で、しばらくは友だちにもらって凌いでいました。それでいつの間にか、生理になったことがなんとなく母とか姉とのあいだで共有されて、変わっていったのかな。そうなると意外と気楽なもので、特に努力したわけでもないんですけど、生理についても普通に話すようになりました。
その後の大きな変化でいうと、妊娠と出産がありましたよね。当然ながら、妊娠中は生理がきません。でも、それと同時に人はすぐに慣れてしまうんだなとも思ったんです。なんだか煩わしかったものがこなくなって、最初こそ解放された気持ちになるんですけど、次第にそれも当たり前になって、「毎月生理があるのって、どういう感じだったっけ?」みたいに忘れちゃうんですよね。
つわりとか腰痛とか頻尿とか、そのほかの大変な変化が大きすぎるというのもあるんですが。それで生理が再び始まると「ああ、こんな感じだったな」って、なんだかすごく不思議な感覚がしました。最近、ミレーナの話を友人とする機会があったんです。
ミレーナ...黄体ホルモンを子宮の中に持続的に放出する子宮内システム(IUS: Intrauterine System)です。低用量経口避妊薬(OC)の避妊効果と、子宮内避妊用具(IUD)の長期の避妊が可能であるという特徴を持っています。(参照:https://whc.bayer.jp/mirena/mirena/index.html)
もう子どもを産むつもりがないんだったら、使ってみたらどうかと。私も最初はいいなと思ったんです。聞くところによるとPMSのしんどさから解放されるし、気を遣う場面も減るというので。でも、なぜか「よい、やろう!」いう気持ちになれないんです。もう必要ないってわかっているし、自然信仰もないんですけど、生理にかんしては、いつ終わるのか見届けたいなという気持ちがどうもあるみたいなんですよね。
ーあんなに煩わしいと思っていたのに。
そうそう。私自身も意外でした。生理にかんしてだけは、なんというか最後まで付き合いたい、みたいな気持ちがあるんです。ちゃんと看取りたいというか(笑)。そうなると、もはやひとつの人格ですよね。結局のところ、私の人生にとって生理はOSなんだと思います。アプリじゃない。思い入れが強くて根幹にあって、付き合いが長い。だから、ミレーナを入れることができないんです。
生理・性教育は早い段階から取り組む必要がある
ー#NoBagForMeでは生理・性教育の在り方も変えていきたいと考えているのですが、川上さんは性教育の現状についてどのようなことを思っていますか?
学校の性教育にはあまり期待できないですよね。その場かぎりのものが多い気がします。私は公立の小学校に通っていたんですけど、性教育に関する授業はそのときだけで完結していたので、実際に生理がきたときにどうすればいいのか結局わからないままだったんです。家庭でどれだけ早い時期から教えられるかが左右すると思います。
ーそうしたら、川上さんはオープンに話しているんですか?
そうですね。性的なことをどう扱って伝えたらいいのか戸惑う家庭もあると思うんですけど、生活の一部について話す感じで、当たり前に堂々とするとあんがいすっといけますよ。だから、うちではファンタジー要素はないんですよね。コウノドリが運んでくれるとか言わない。
ふだんの会話の中で、当たり前のように性について話す環境を作ることが大事だと思います。でないと、初めて触れるものがアダルトコンテンツになってしまう。世の中には生理と射精をイコールに考えて、自分の意思でコントロールできると思っている男性もいるわけですよね。
それに被災地でナプキンが贅沢品として扱われるみたいな信じられない問題も起こるわけじゃないですか。本来ならトイレットペーパーのストックがある場所には一緒に置いておくべきくらいのものだと思うんですよ。生理現象なんだから。
ー聞くところによると、生理は月1回あると言われているから、月に1日で終わると思っている男性もいるらしいです。
そういう誤った認識を変えていかないといけないですよね。それと同時に、女性が男性の身体について知る機会をもっと持つべきだと思うんです。もちろん女性も男性の身体について知る機会も必要です。だから、まずは親の意識改革が大事なんじゃないかと。思春期手前になっていきなり「射精というものがあって」とか「月に一度、受精する機会があって」みたいな話をしても、気まずくなるだけですよね。ふだんからの信頼関係が本当に大事だと思います。
ー川上さんはお子さんに対してどのような性教育を行っているんですか?
水着で隠すところは家族だろうと友だちだろうとタッチしてはいけない、とまず教えました。もし、いつか触るような機会があったとしても、きちんと許可を取ってねって。
あと、息子が3歳くらいのときに、お父さんと自分にはちんちんがあるのに、お母さんにはないんだって顔をしたことがあって。どうも「ない」ってことを欠如だと受け取っているような雰囲気だった。自分たちにあるものがないんだって。だから、言ったんです。「わたしにはちんちんないけど、まんまんがある。形が違うだけ」って。
そのときはウワッーという顔していたんですけど、その後も息子が「ちんちん」と言う数だけ「まんまん」と返すようにしました。というのも、男性は小さな頃から「ちんちん」って言えるんです。まわりも笑って受け入れるでしょう。でも女性ってそれがないじゃないですか。自分の性器をどう呼んでいいのか、それも隠されてきたわけです。それっておかしいですよね。女性器を絶対にタブーにしない。
ー生理についても説明しているんですか?
物心がついた頃から教えています。「股から血が出る」とか言ったらショックに思わないかなと思うかもしれませんが、そこは段階的に。血にはいろんな血があることを説明して、怪我して血が出ているわけではないことや、どうして女性が生理になるのかをきちんと説明しました。
その甲斐あって、息子は現在7歳ですが、ちゃんと理解しているように思います。妊娠というものに関係していることもわかっていて、今年はどうやって赤ん坊ができるのかを具体的に話そうと思っています。当たり前にすることが大事ですよね。私が生理で体調悪そうにしていると「生理でつらいんだね。今日は休んでて!」と気遣ってくれる。そういうことの積み重ねなんだと思います、性教育で築ける信頼関係って。
ーすごいですね。
でも、簡単というか、親の気持ちひとつですよ。もう家庭内の「当たり前」にしちゃう。生理が謎の現象じゃないことは早い段階から知るべきで、内臓を知るのと変わらない。人間の身体図鑑を買ってみても、生理のことは書いてないんですよね。
あとは、とにかく言い続けること。ジェンダーや性を取り巻く問題について誰かが常に語っている状況をつくることが大事。何のために言葉や思想があるのかというと、変えていくためじゃないですか。
最近はPMSに関する情報が周知されてきましたよね。それってすごく大きなことだと思うんです。保育園の問題もそう、フェミニズムの問題もそう。味噌汁について語るくらいのレベルにしないといけないですよね。
(取材・文:村上広大)
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