ワインバーグと一般システム思考(と私) (T1:Pt1:Ch00)
(この文は、「ワインバーグの著作(日本語翻訳版)について書いていく」のに先立って書き記しておこうと思った「心のつぶやき」です)
(「心のつぶやき」なので、くだけた書き方をしています)
理由
ワインバーグ(の文章、著作)について書こうと思ったら、どうしても“一般システム思考”に触れないわけにはいかない。
(自分が知る限りほぼ)全著作に共通する“モチーフ”なので、著書どれかの紹介記事で取り上げて済まそうとするのは無理。
ワインバーグに対する自分のスタンスとかも、著書どれかの紹介記事で済まそうとするのは無理。
そもそもワインバーグってどんな人
ここで何千字も費やすより、ウィキペディア日本語版・ワインバーグの項をご覧ください。
僕にとってのワインバーグ(仮)
ワインバーグとの出逢い
G.M.ワインバーグは、僕にとって、「(ソフトウェアに取り組むなら)こういう視点、ものの見方が大事だよ」「(ソフトウェアに取り組むには)こういう態度を身につけるといいよ」ということを教え続けてくれた人でした。
出逢いはたぶん偶然で、朧になった記憶を一生懸命掘り返すと、当時の同僚(仲良くしてもらっていた先輩)に、「この本(またはこの著述家)、面白いよ」と勧められたのがきっかけだったんじゃないかと思います。(「ライト、ついてますか」(T1:Pt1:Ch01)参照)
読んでみたら、当時読み漁っていた他の本とは明らかに異質な「内容と語り口」に揺さぶられた。質・量ともに並外れた刺激を受けた気がします。
「この人は、ソフトウェア(の開発)の話をしながら、いや話しているように見えながら、いやいや、話しているように見せながら、ぜんぜん別のことを語っている」というような印象は、最初に接した時からあったものか、後から振り返ってのものか……
それでいて、取り扱うテーマをないがしろにするわけではなく、むしろ真正面から論じている。論じていながら、“まったく別の視点、態度”で語っている。それはなんだか強烈に感じた。気がします。
テーマを通して“世界”を見ている(仮)
冒頭で「(ソフトウェアに取り組むには)(ソフトウェアに取り組むなら)」と、ソフトウェアを丸括弧でくるみましたが、
ワインバーグが言っていることは、ソフトウェアの開発活動(要件定義、分析、設計、テスト……)にのみ通用する/限定されることではなくて、ソフトウェアの開発という窓を通して、世界全体の見方考え方・世界との接し方の提示につながっています。
ワインバーグが提示するそれは、
「なるほど」だったり、
「そうだよね~」だったり、
「えっ!? そんなことある?」だったり、
「おぉ……言われてみればそうか」だったり、
読み手の脳内にさまざまな波紋を起こしながら、何かに凝り固まっている読み手の視点やものの見方考え方や世界との向き合い方を解きほぐしたりずらしたりひっくり返したりして新しい見え方ができるようにしてくれる。(個人差はあります。あると思います)
プログラミングやデザイン(設計)に熱中していたプログラマー/SEにとって、それは刺激的でした。
一般システム思考
ワインバーグの「世界全体の見方考え方・世界との接し方」が(あるいはその根底にあるのが)「一般システム思考(General Systems Thinking)」です。
若過ぎてなんだかわからなかった(´;ω;`)
刺激的ではあったものの、正直なところ、各著作を読んだ当時には「?」と感じることも、何を言っているのかピンと来ないことも多かったように思います。当時の僕は(まだ)一般システム思考のものの見方、態度を咀嚼するには未熟だったのでしょう。正直、今でも自分の身についたと言える自信はありません。
“システム”と一般システム理論
システムとは、「相互に関連した要素から成り、ひとまとまりの実態を構成する集合体」([2] p.11)であり、さまざまな領域で見て取れるそのような“ものごと”に共通する性質を考えたり、扱い方を検討しようというのが一般システム理論。という感じになるでしょうか。よく判りませんね。あとで補足します。
システム論とか、システムズ・アプローチと呼ばれることも多いようです。
「一般システム(General Systems)」って何? と思う人もいるでしょうが、「システムと呼ばれるもの全般」を指す、と捉えると用語への戸惑いは減るのでは。
創始者は生物学者のベルタランフィとされます。ほか、人類学者・社会科学者その他多くの肩書を持ち、ダブルバインド理論やメタコミュニケーションで有名なグレゴリー・ベイトソン、ワインバーグの著作に何度も登場する家族療法のヴァージニア・サティアなどこの分野の発展に貢献した研究者実践家多数(ベイトソンの『精神の生態学』は読了できていないけど超ワクワクする面白さですよ)。
ざっと、こんなものの見方をする
『一般システム思考入門』によれば:
そもそも人間には、複雑なものを複雑なまま取り扱うことはできないよ。なんらかの方法で「理解し扱い得る単純な形」に落とし込む必要があるよ。
Ⅰ「組織的で単純」な“小数”の領域があるよ。典型的なのは天体の運動だよ。
⇒この領域では、着目する対象の“単純化”と“分割”による解析的アプローチが有効だよ([1] pp.19-25)Ⅱ「非組織的で複雑」な“大数”の領域があるよ。典型的なのは気体の分子の運動や、感染症の広がり方だよ。
⇒この領域では、その挙動のランダムさゆえに統計学的アプローチが有効だよ([1] pp.28-30)ⅠとⅡの間に、Ⅲ「組織的で複雑」な“中数”の領域があるよ。この領域は、解析には複雑すぎ、統計で扱うにはあまりに組織的な領域だよ。([1] p.32)
このⅢ「組織的で複雑」な“中数”の領域が、システムの領域であり、多くのものごとがこの領域に含まれます。
ソフトウェアやコンピュータシステムも、自動車や飛行機も、人間の集団や組織もシステムです。
そういうものの見方から、こういう考え方が出てくる
この“システム”の領域では、「大きな変動、不規則性、あらゆる理論との不一致が、かなり規則的に起き」ます([1] p.33)。文献[1]ではこれを“中数の法則”と呼んでいます。
“システム”と向き合う際には、この“中数の法則”に注意を払う必要があります。そこで、「一般システム運動は一般法則を見出すことで、中数システムを考える際の道具となることをめざしている」。([1] p.42, 太字は引用者)
ワインバーグの著作中に「一般システム法則」と銘打った法則群や、それらを基にした/あるいはアレンジした“教訓”や“金言”“ヒント”などが現れるのはそういう背景からでした。まさに、(各著書でテーマとなっている)“システム”を理解する/考える/向き合うための道具を提示してくれているわけです。
“システム”と向き合うためのその他の道具
観察/観測と結果の解釈(モデル化)は、他の領域におけるのと同様、“システム”を理解し向き合うために重要な道具です。(人間のシステムの場合には)インタビューや質問、なども有用かつ必要になります。
なので、いずれもワインバーグの著作ではたびたび取り上げられます。
著作全般への感想(仮)
多彩なテーマ(仮)
ワインバーグは多くの書籍を著していますが、「1テーマ1冊」といった感じで、同じテーマで何冊も書くことはしていません。
問題の発見と解決、要求の獲得・仕様化、ソフトウェア/システムの分析・設計、プログラミング、ソフトウェア技術レビュー、テスト、「他者からの要請を請けて他者にアドバイスをする」コンサルティング、……多岐に亙るテーマを取り上げています。
ソフトウェア/システムの「品質」を取り上げている次の著作は(も)貪るように読みました。(“一般システム思考”に心を打たれ、ワインバーグに“はまった”のはこれらの著作を読んでからかも知ません)
『要求仕様の探検学』
題名通りソフトウェア/システムづくりの最初の出発点である「要求」を品質の視点から考える一冊。副題"Quality Before Design"(日本語訳書名「設計に先立つ品質の作り込み」)がしびれる。『ソフトウェア文化を創る』4部作
「高品質ソフトウェアを創ることがなぜ(こんなにも)難しいのか?」をテーマに、ソフトウェア組織/ソフトウェアプロセス全体を正面切って論じたシリーズ。
ソフトウェア品質について勉強したりWebを検索したりした人は一度は目にしたであろう、「品質とは、誰かにとっての価値である」と喝破しているのは第1巻『ワインバーグのシステム思考法』。
著者の姿勢と著作の特徴(仮)
多彩なテーマを取り上げていますが、先に触れたように、ワインバーグの問題意識は「“一般システム思考”を通した当該テーマの見方」「当該テーマについて“一般システム思考”をどう使うとよいか」にあるのではないかと感じます。
どの著作においても、「このテーマをうまく取り扱うならこういう考え方をするのがよい」とか「こういうやり方をするべきだ」といった“断定”や“具体的な方法の提示”、“特定の手法や技法の紹介、推奨、伝授”をしないのは、そういう態度/姿勢ゆえのことなんだろうなと今は理解しています。
(そういうことしているのを目にした記憶がありません……『システムづくりの人間学』で“WIGGLE図”を提案?してみたり、『ソフトウェア文化を創る・3 ワインバーグのシステム行動法』でプロジェクト管理のためのチャートを提示したりはしていますが、「これを使えば間違いなし! 使いなさい!」みたいなことは言っていません)
(『システムづくり』では「特定のダイアグラムの書き方作り方が学べるなどと約束しない」ときっぱり明言しちゃってるもんな)
そこに“不満”を感じることもないわけではないけれども
でも、読み手が(第一に)望むのはそういうものなんですよね。“答”が欲しいわけです。あと「明日からこれをやればよくなります」的な“実践的な”アドバイス。
だから、「そういうもの」を求めてくる人は、失望することもあるんじゃないかと思います。
(だから受けが悪いんじゃないかと思ったり)
著作から受け取るものはずっと大きい
でも、そういうものよりもっと大事なことを、ワインバーグは教えてくれていると思います。(何がもっと大事かは、見方による。個人の感想ですし個人差はあると思います)。
それは、“ものの見方・考え方”や“態度”です。“答”ではなく、“答を考えるための方法や態度”。それも“よい答”を得るための方法や態度。
(結局のところ)問題や課題は読み手の置かれた個別の環境や事情に依存している。
だから、少なくとも(単なる“答”ではなく)“よい答”が欲しいなら、読み手が自分で考えるしかない。他人から“答”だけを得ることはできないわけです。ただしそれを考えるための手がかりやヒントを与えることはできる……
(……ひと通り書いた後で次の紹介候補の『スーパーエンジニアへの道』をぱらぱらめくったら、この節で言っているのと同じようなことを推薦文の執筆者が書いていました……)
それらしいことことを書いて締めくくり(仮)
本サイトのテーマT1:Pt1では、
「ワインバーグが本を著した頃のソフトウェア開発の環境(ハードウェア/ソフトウェア/ピープルウェア的な)がまだ実際に身の回りに残っていた時代に(従ってワインバーグのいうことが身に沁みて判った時代に)、
現場のプログラマー/ソフトウェアエンジニアとして、現場の業務やソフトウェア開発活動を通じてワインバーグの著書から受け止めたこと、大事にした(つもりの)こと、している(つもりの)こと」を 少しでも書き残せたらいいなと思っています。
参考文献、参考情報
[1] G.M.ワインバーグ (松田武彦・訳) 『一般システム思考入門』 (日本語訳1979) 紀伊國屋書店
[2] G.M.ワインバーグ (木村泉・訳) 『システムづくりの人間学 計算機システムの分析と設計を再考する』 (原著1982, 日本語訳1986) 共立出版
[3] ルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィ / 長野敬ほか・訳 『一般システム理論 その基礎・発展・応用』(1973) みすず書房
(2024-01-22 R001)
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