なぜ小さいスピーカーで重低音が出せるのか (3)
低音の秘密を探る対談の3回目。ソニー株式会社の音響デバイス技術開発部 関 英木さん、ULTの商品企画を担当した滝本 菜月さんにお話を伺っていく。
低音を十分に出すには、要するに押す空気の量を増やせばよい、ということはわかった。それには小さいスピーカーでも強力な駆動力を使って振動幅を大きく取ればいいということだが、そうなると今度は、振動面が曲がる、エッジが破れるといったように、物理的に壊れやすくなる。
そこには、理想と現実の物理現象との折り合いが必要になる。
小寺:口径が小さくなればストローク幅で稼げばいいとはいっても、可動幅には限界はありますよね。いくらでも小さくできるわけではないように思いますが。
関:例えば10センチのユニットがあって、10ミリぐらいのストロークがあって、ある空気の量を押せるとする。これを12センチ径にしてやると、10ミリまで振らなくてもいい、という言い方もできるわけですよね。面積が大きいので、同じ空気の量を押すのにストロークは10ミリまでいらないということなんですよ。
小さくすればそのぶんストロークは強くしなければいけないけど、そう簡単にできないよという。ユニットがオーバーシュートして沈んでしまうですとか、あとは磁気回路も限界を考えて設計しないと無駄が起きてしまって、うまく力として働いてくれないというところも出てきちゃった。
小寺:うん。昔はそういう特殊なドライバーを作るには、開発中に何度もぶっ壊しちゃったりと、いろんな試行錯誤でめちゃくちゃ時間かかったと思うんですけど。やっぱりシミュレーターが出ることで、限界ギリギリを見極める時間というか、安定した飽和点を見つけていく時間というのが短縮できるようになったというのも結構大きいんですかね。
関:大きいですね。もちろん実際作ってみると、最終的には物理現象ってシミュレーションではわからないことってあるんですけど。ただ最初から作ってみなきゃわからないよりは、精度をある程度上げて、絞った形で試作ができるようになるんですよね。
そういう意味でいくと、やっぱり開発時間の短縮にもなりますし、それはコストセーブにもなります。結果的には価格に対する性能比が、もともと初期の目標としていた部分に近づけやすくなってきたんじゃないかなというふうに思います。
小寺:例えばドライバーを構成する素材、エッジの素材とか、あるいはコーン紙の素材とか。御社はサブウーファでは発泡マイカとか使ってらっしゃいましたけど。素材をいろいろ変えてみてどうなるか、みたいなのも全部シミュレーションでできるようになったってことですか。
関:そうですね。シミュレーションしますと、分割振動とか分割共振と呼ぶんですけど、ねじれてしまうようなことだとか、そういうことはシミュレーションできますから。それによって最適化をする。厚みをどうするかとかですね、エッジの部分、弱いところを厚くするとか、そういうのもシミュレーションで追い込めますね。
小寺:なるほどね。以前関さんとお話した時は、SRS-X9の頃だから2014年ぐらいだったと思うんですけど、あの当時からやっぱりシミュレーターってあったわけですか。
関:あの頃もシミュレーションはしました。たとえばX9で言いますと、パッシブラジエーターに平板なものを使ったんですけれども。あの時って、パッシブラジエーターがどうやったら効率よく、ねじれずに動かせるか。
パッシブラジエータの後ろは平板ではあるんですけど、回路に干渉しないように壁がついてるんですね。フレームみたいなもの。そのフレームの開孔、穴を開けるパターンとか、どうしたらそのねじれが起きにくいかとか、そういうのはシミュレーションで結構できる。そこは使ったりしました。
小寺:X9のパッシブラジエーターのエッジのとこですけど、ちょっと斜めに筋が入ってますよね。いろんなところにかかる力を打ち消しながら平行に動かしてやるみたいなエッジの構造とかって、やっぱりシミュレーションのおかげですかね。
関:あの頃は正直申しまして、このエッジのギャザードのシミュレーションはできてないんですよ。
小寺:(笑)。あれは力づくですか。
関:はい。力づくというかですね、それまでのヘッドホンのドライバーユニットの、タンジェンシャルと呼んでいるエッジのひだひだですね。その辺の技術とか知見を生かして。四角くなっている角の曲がり方がきつくて、幅方向に振幅した時にねじれが起きやすいところに対して有効だろうということでちょっとそこのひだひだをつけた形ですね。
どちらかというと、あの当時は経験則から持ってきた部分は多いです。今だったらもうシミュレーションできます。
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