現在という時代の国民的と、消えたサブカルチャーについて

 新海誠が語られるときの一般的な紹介のされ方というのは、アニメーションを個人の制作で行ったこと、という部分が取り上げられる。それは確かに合っていて、それ以後のアニメには個人制作の流れが出来始める。
 しかし新海誠の後の世界にあって、現在ではごく自然なことになっているがために、あまり言及されることが無くなった部分を書きたい。
 それは映画の始まりが、主人公の独白から始まるというところである。これはビジュアルノベルゲーム(つまりは美少女ゲームである)特有の始まりかたであり、それまでの通常のアニメにあっては無かったものである。もちろん原作に準拠して、美少女ゲームのアニメでは多くがこの始まり方である。
 それ故に個人制作であることが、より強調される。それは美少女ゲームにあったものであり、その部分が一つの時代を作り上げた所でもある。それは商業に憧れた自主製作といった画面の感触ではなく、自主制作にどうしても付き纏う自主という部分を見せないことに成功した、個人制作という作品の様相を呈していた。
 現在では個人制作という部分は、商業アニメとは一線を引いたその画面の空気ごと音楽のMVに。独白の語りから物語が始まるという部分はアニメ映画や現代の小説の方に、意識しないほどの自然さでもって流れが繋がっているように思う。
 これは発明ではなく、発想によって成されたということだ。ここにあった新しさというものは、その他を含めたあらゆるカルチャーと同様に、引き継ぐものを一つの系譜から地続きになった所を越えたところから持ってきて引き継いだという点にある。この部分がカルチャーというものの醍醐味の一つである。アニメと漫画という一見近しいように感じる所へ引き継がれなかったのは、この独白の語りが本質的に美少女ゲーム由来による文章的であるために、現代小説の方へと引き継がれたのである。
 今では国民的アニメ監督とまで冠されている監督の作品が、今では廃れてしまったアキバのオタクカルチャーの由来によって形作られているというのは、非常に現代的である。サブカルチャーというものが本道へと流入し、それが自然なメインとして時代の土壌にあるというのが、この時代である。故に、サブカルチャーという道は無くなった。しかし今多くの人が立っているこの道の下には、その道があるのだ。
 サブカルチャーを知らない人が外側からイメージするサブカルチャーというのは、一本の道があってその道の途中に、一つの流行りそしてまた次の流行り、といったようにパーツで繋がっていることを想像するが、サブカルチャーの内部を体験として知っている者であればわかっているはずだ。いくつもの流行りが同じ場所で同時に拮抗し合っている、という物量の状態がサブカルチャーであったということを。そのため、現在のアニメのように世間に取り上げられることが一つ一つに順番でやってくる一本の道は、サブカルチャーでは無いのである。
 他の国には無くて一つの時代のアキバという場所に、なぜそのようなものが生まれたのか。それはいくつもの流行りが、同時に同じ場所にあったためである。たとえばアメリカの音楽でいえば、過去の歴史には同時代の中でいくつかの流行りが存在していた例はある。しかし、それは違う州でのことであって、一つの場所には一つの流行りであった。
 思うに、一時代のアキバを熱狂させていたサブカルチャーというものは、その概念を満たす定義があるわけではなく、目まぐるしく昨日と今日が違っていくという「場所そのもの」の内側のことであった。だから人は、今日もアキバに行かなければいけない。だって、昨日と違うのだから。
 今ではアキバはいつ行っても、アキバという外側の概念であるばかりだ。昨日行けば、今日は行かなくてもいい場所なのである。
 サブカルチャーとはメインに対するサブという意味ではなく、サブカルチャー自身のそれまでさえをも逸脱していく、という意味でのサブなのだ。一本のレールであることを拒んだ、至る方向へと伸びる可能性であるような道。それが、サブカルチャーがサブと言われる所以ではなかっただろうか。そこにあるのはメインに引けを取るような意味としてのサブではなく、メインとはまた別の方向へと駆け出してしまうような伸び代を秘め続けるサブなのである。

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