プロレスっていうなよ

しばしば「プロレス」という言葉を、シナリオの決まっていることをそうは見せないようにパフォーマンスすることや、八百長の代替として使われる。

不服だ

プロレスはそんな小さな小さな価値観で語れるほどやわなものではない。

あんなに投げ飛ばされ、殴られ、蹴られとされても立てるなんて八百長でしょ?
というプロレス批判は、もう何十年も何百回も聞かれてきた。
しかもそれを言う人は大体が半笑いだ。

むかつくね

投げ飛ばされ、殴られ、蹴られても立てる
この言葉を言った人は自分の言っていることに気づいているのだろうか?

そう

プロレスラーは、どうであれとにかく投げ飛ばされたことはリアルだし
殴られたこともリアル
蹴られたこともリアルだ

本当に痛い思いをしていることに嘘偽りはないのだ

それでも、そうした技(八百長論者からすれば暴力ですか?)を受けても立ち上がる、時に立ち上がれなくて場外へ逃げ出し、息を整えてリングへ戻ったりもする。

そんなリアルが目の前で行われている

すごいことではないか?

プロレスって言うな

プロレスって言葉を簡単に使うな

一番すげぇのはプロレスなんだよ

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