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現代架空戦記みたいな動画用シナリオ書いてみた!『鏡の盾(イージス)』(※前編)

《この作に関して》  
 今井雅之さんの『THE WINDS OF GOD』に対するアンサー戯曲(!?)として2016年頃に書いたものを映像シナリオに書き換えたものです。
 元々は演者二人の台本だったのですが、映像版ではキャストをふやしました。

 なお、平成11年に起きた『能登半島不審船事件』を参考にしましたが、内容はすべての作者の想像の産物です。
       
《全編の概要》
 イチローは若い水兵。イージス艦『やまと』に練習員同期のサンジらと乗艦している。
 ある日のこと、『やまと』は緊急出航を命ぜられた。任務は不審船舶の捜索だという。
 翌日、ついに『やまと』は作戦目標である『不審船舶』と遭遇、これの追尾を開始するのだが……

《人物》           
イチロー イージス艦『やまと』の乗員。衛生員。
サンジ 同、給養員
クルス 同、衛生員。イチローの上官

《以下本編(前編)》

○ 冬、荒波の日本海(曇天・黎明)
 T「英雄ペルセウスは、無数の蛇の頭髪を持つ魔物メデューサの討伐に赴くにあたり、女神アテーナから青銅鏡のように磨かれた、鏡の盾を貸し与えられた」

T「ペルセウスはこの盾で、相手を石化させるというメデューサの魔力を防ぎ、その首を刎ねたという」

T「アテーナは、ペルセウスが持ち帰ったメデューサの首を、主神ゼウスから送られた〈イージスの盾〉に嵌め込み、最強の防具にしたとも伝えられている」

T「なお……」

T「〈イージスの盾〉の形状は手に持つ楯とされているが「胸当て」とする説もある』

○ フラッシュ・イメージ・インサート
   わずかな月の明かりに照らされ洋上を駆ける、こんごう型護衛艦のシ
   ルエット。

T『冬の終わりころ……』

○ 「やまと」科員食堂
   どんよりとした赤色の照明で照らされた科員食堂。
   高速航行のエンジン音。
   その振動で、テーブルの上の調味料の瓶がカチャカチャと触れ合う。
T『某日午前2時22分(02:22)』
   20数名の隊員たち、そのほとんどが身体に週刊漫画雑誌をガムテー
   プで巻き付けている。
   既に興奮や恐怖は遠き、今は諦めに似た表情を浮かべている。
   イチロー(23)、椅子に座りボンヤリと宙を見て
   いる。
   虚無を見つめている。
   暗転。
    × × ×
   大型艦船の高速航行音に、もう一つの高速航行音が重なる。
   ふたつのエンジン音、獣の咆哮の様にも聞こえて。

   メインT『(メイン・タイトル)』

○ 幹線道路を走行するタクシー
T『35時間前』
   曇天の冬空。
   軍港横の国道。
   道の端には、溶けかかった残雪。

○ タクシー(内)
T『14:10』   
   イチロー、携帯電話で通話中。
イチロー「(通話)……だからさぁ、マジ謝ってるでしょ……わかっているってエリちゃん! だから本当に上陸……じゃないや、休み取り消しになっちゃッたんだって……ゴメンよォ……だっからァ緊急呼集なんだって!あ〜ッだからね、オレのフネ、出航! ……帰ッて来んの? わかんないょ……フェリーや貨物船じゃないんだからさぁ……戦争? ナぁ〜ワケ無いでしょ……エッ無理だって、フネ、乗ったら、携帯使えないし……」
   フェンスの向こう、桟橋に繋留しているイージス艦『やまと』が見え
   てくる。
   甲板の上では乗員が慌ただしく動く。
   マストにはカラフルな信号旗がはためく。 

○「やまと」の舷門
   イチロー、自分のネームプレートを受け取り、舷梯を駆け登る。
   舷梯には『DDG YAMATO』の文字。

○「やまと」艦内、居室
   イチローが居室で慌ただしく作業服に着替えている。
   そこに同室の相棒にして練習員同期のサンジ(25)が入って来る。
サンジ「オッ、イチロー選手、御早いお戻り、ご苦労さん!」
イチロー「ウッセーヨ」
サンジ「『撃ち方始め』だったんじゃね〜の」
イチロー「『撃ち方用意』にもイッてね〜よ」
サンジ「ナンだよ、主砲不発で砲中弾アリかよ? ご愁傷サマ」
イチロー「あんがとさんョ」
イチロー「『今夜、電話して~』だってさ」
サンジ「(苦笑)だからよ、いちいち面倒なシロウトに手ぇ出さないで……」
イチロー「(遮って)それよりさあ、ナンか情報ねぇの?」
サンジ「何っ言ってンだよ、最近じぁネットの方がよっぽど情報が早いぜ」
イチロー「行き先も聞こえてこねぇの?」
サンジ「全然。でもまたアイツらじゃねェ?」
イチロー「テポチンかよ?」
サンジ「そうヨ。ヤツらまたウチのシマに腐れポコチン打ち込もうてんじゃね〜の?」
イチロー「……今回は違うんじゃねぇか? それならアメちゃんサイドなどからとっくのトンマに情報が入ってるだろうよ」
サンジ「まあ〜な……とっくのトンマにウチら、日本海にデバッてるよな」
イチロー「だろ?」
サンジ「だな……マァ、イイって事よ! テポでもチンでも撃って来いっんダ! まとめて最強イージス様がブッ叩いてやるッ〜の」
   サンジ、右手で自分の左の掌にパンチを入れる。
クルスの声「オッ、張り切ってんなオマエら」
   同じ分隊の分隊先任、下士官のクルス(50)が居室に入ってくる。
サンジ「(緊張して)……アッ、ハイッ!」
イチロー「ただ今、戻りました」
クルス「(ニヤッとして)オウっ、せっかくだったなァ」
イチロー「(凄みに圧されて)……イエッ!」
サンジ「(恐る恐る)アッ……クルス先任ッ! ナンか情報ありますか?」  
クルス「(凄みのある笑い)オマエの方がよっぽどの情報通だろ、サンジ?」
   居室の艦内放送スピーカーがガチャガチャと音を立てる。   
艦内放送『本艦は準備出来次第、出港する。航海当番、配置につけ!』
イチロー「随分と急ぎの用件らしいスね……」
クルス「()……らしいな」

○「やまと」艦長室内
   艦長(51)、デスクに座りノートパソコンの画面を眺めている。
   ドアがノックされる。
副長の声「副長、入ります」
艦長「オウッ」
   ドアが開き、副長(50)が入って来る。
副長「(敬礼の後)専任伍長より連絡、間もなく出航可能人員、揃います」
艦長「(頷いて)ウン」
副長「……艦長」
艦長「なんだ?」
副長「航海長が行く先を気にしておりますが」
艦長「航路が引けねぇってか?」
副長「そうです」
艦長「航海長には“もやい”解いたら言うョ」
   副長、言葉を探している。
艦長「……どうしたよ、副長」
副長「今回の……任務を、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
艦長「(ニタッと笑って)……」
   艦長、副長に“近くに寄れ”とハンドサイン。
副長「……(身を寄せる)」
艦長「(小声で)アノな副長。任務は……」
副長「ハッ」
艦長「……調査及び研究、だ」
副長「……ハアっ?」
   艦長、ふたたび“口にチャックした”のハンドサイン。
   副長、顔が強張る。  

○イージス艦「やまと」外観
   身悶えする様に振動し始める桟橋の「やまと」
  『出撃ラッパ』が鳴り響く。  
  『やまと』、ゆっくりと桟橋から離れてゆく。
   その舷側には一列に並んだ黒制服の隊員達。
    × × ×
   国道脇のフェンスの向こう、歩道に立つ数人の見物人、『ヤマト』に
   向かって手を振っている。
   舷側に並んだ隊員達、それに応える様に手を振り返す。
   T『同日 15:35』
    × × ×
  「やまと」、外洋に向かって進んでいく。

○ 同・医務室
 医薬品の点検をするイチローとクルス。
   炊事係員姿のサンジが部屋に飛び込んで来る。
サンジ「行く先、分かりましたョ! 富山湾! 富山湾スョ!」
   クルスとイチロー視線を交わす。
クルス「……」
サンジ「今、食堂で2分隊のヤツらが話してました! 確かなネタすョ」
イチロー「……富山湾かぁ……(サンジに)ウチのシマのど真ん中じゃないすかぁ」
クルス「(考えている)……」
サンジ「少しァ、エグい任務スヵねェ? 期待しちゃってイイスヵねェ?」
クルス「(サンジを睨み)サボってネェで、烹炊所に戻れっ!」
   サンジ、慌てて出てゆく。

○「やまと」艦橋内
 十名近い隊員、皆緊張の面持ちで操艦作業にあたっている。
航海長「艦長。岬、かわりました」
   艦長、黙って頷く。
副長「(マイクに)水道、出た。保安用具納め!」
航海長「両舷全進強速!」
   艦橋内に復唱等の声が響く。
   皆、どこかひと段落した感じ。
   艦長、艦橋右サイドの赤色のカバーが掛けられた肘掛け椅子に腰を下
   ろす。
艦長「(誰とも無し、艦橋の皆に聞こえる様に)今回の任務を伝える……」    
   副長以下の隊員達、再び緊張する。

○ 洋上を駆ける「やまと」
   日本海に沈む夕陽を背にした『やまと』。
副長の声(艦内放送)『総員に達する。本日未明、関係諸機関は、我が国近海の数地点に於いて発信された不審電波の位置特定に成功した。よって本艦はただ今より能登半島の富山湾に向かい、この不審電波を発信したと思われる船舶の捜索を行う。現場海域への到着予定時間はみょうひ、ヒトヨン、マルマル、インディア。繰り返す……』

○ 「やまと」医務室(時間経過)
   イチロー、薬品棚を整理している。
   クルス、医療用具の点検をしている。
艦内放送『達する。総員、合戦準備にかかれ』
イチロー「……ずいぶんと早いすねッ?」
クルス「……だな」
   エンジン音と振動が上昇する。
クルス「第一戦速に入ったな」

○ 「やまと」外観
   軍艦旗がメインマストに昇る。

○ 日本海(夜)
   荒波を蹴って進む『やまと』
   僅かな月光に照らされた夜空を背に、マストの軍艦旗が激しく翻って
   いる。

○ 漆黒の画面
 薄らと人影が現れる。
 アニメーションのゾンビだ。
 音声は無い。
 両手を突き出して向かって来る。
 画面の手前、ナイフを構えた手が現れてゾンビを切り裂く。
 血が飛び散る。
 二度、三度と繰り返しゾンビは倒れる。
   × × ×
 暗い居室の中、小さなテレビに繋いだゲーム機を操作するイチロー。
   ベッドの上からサンジが身を乗り出し、
サンジ「……こんな時に、よくそんなモン、やれるよなぁ……」
   イチロー、イヤホーンを外して、
イチロー「なんだ、寝れないのか?」
サンジ「……何で、ナイフ使ってんだよ?」
イチロー「大きなお世話だ」
サンジ「チャカ、使えよ。バンバンバ〜ンってさっさとやっちまえョ」
イチロー「そういやぁ、サンジは陸軍サンからの再入隊だったんだよな?」
サンジ「……まあな」
イチロー「陸サンじゃ、兵隊もみんな拳銃の射撃訓練すんのか?」
サンジ「しないな。オレは無反動のモス持ってたから拳銃の射撃訓練もしたけどな」
イチロー「へぇ〜、じゃマイ拳銃とか持ってたの?」
サンジ「(笑って)ああ、持ってたよマイチャカな。プラスチック製のな」
イチロー「プラ?」
サンジ「オウョ。モデルガンな」
イチロー「なんだよソレ」
サンジ「短機関銃と拳銃、かき集めたって人数分なんてとてもじゃ無いけど中隊の武器庫に揃ってなんかないからな。ヒラの兵隊は、街のおもちゃ屋でプラモとかモデルガンの拳銃買ってヨ、ホルスターに入れて、気分出してんのよ」
イチロー「マジかい!サイコーだな、それッ」
サンジ「演習でさ、ソレ構えてな。『バンバン』って大声で叫んでナ」
イチロー「戦争、ナメてねぇか?」
サンジ「ああ、ベロン、ベロン舐めまくりョ」
イチロー「陸サンの演習って楽しそうだな」
サンジ「……」
イチロー「……どうしたよ」
サンジ「……ナメてた」
イチロー「?」
サンジ「オレ、練習員終わって最初に輸送艦に乗っただろう? ある時な、日本海を流してた時な、露助のヒコーキが低空飛行で威圧してきたのよ」 
イチロー「よく聞くよな。そのテのハナシ。オレは経験ないけどな」
サンジ「オレは実際に見たワケじゃなくてナ。艦内放送で知っただけだけどナ。正直言ってさ、なんつーか、胃の辺りがゾワゾワしちまってナ」
イチロー「……ふ〜ん」
サンジ「後で聞いたら、『ベア』っていうデッカい爆撃機だったらしいよ」
イチロー「なんつーかさぁ、陸軍サンに居たときはロシアの爆撃機が、オレの頭の上を飛んでくなんて想像も出来なかったしな……」
イチロー「……」
サンジ「そしたらさ、対空砲の配置についた連中ナ、照準もしなかったんだとよ。戦闘姿勢取ってると思われたマズいって判断だったそうだよ。公海だったからな」
イチロー「モデルガン持って無かったのか?」
サンジ「あん?」
イチロー「モデルガン、構えて『バンバン』ってやってやりゃ良かっただろう?」
サンジ「だな。今度はそうするぜ」
   イチロー、テレビに向き直る。
イチロー「バン、バン、バン……ね」
    × × ×
   テレビの電源が落ちる。
   フェード・アウト気味に、画面のゾンビも消えてゆく。
   
○ 乳白色の画面
   ホワイト・フェード・イン。
   早朝の日本海。
   ベタ凪の海面に浮かぶ一隻の漁船。     
 船体には『第八武蔵丸』の文字。
   T『能登半島 飯田湾』 
    × × ×
   船の上を一機のP3哨戒機が低空飛行で通過する。
   T『翌日 06:42』
   テレタイプの発信音に続いて、
   T『シードッグ・ゼロツゥーより、ヘ
   ッド・クゥオーター。不審な漁船一隻を発見。ポジション……』

○ 波を切る「やまと」の艦首(正午過ぎ)

○「やまと」士官室の縦長のテーブル
   テーブルを挟み艦長以外の10数名の幹部隊員が向かい合って着座。
   数名が低い声で短い言葉を交わす。
   副長、押し黙っている。
   各人の前には既に料理が盛られた重箱型の食器が並ぶ。
   ドアが開き、艦長が入って来る。
   各員、姿勢を正す。
   艦長、頷きながら上座に座る。
艦長「ホイホイ、今日のお昼は……肉じゃがですか」
   艦長、手を合わせて、   
艦長「じゃ、いただきましょうか」
   士官係、艦長専用のおひつから、飯茶碗によそい艦長の前に置く。
   艦長、箸を取る。
   他の幹部隊員、一斉に箸を取る。
   
○「やまと」CPO室
   専任伍長以下の上級下士官達が着座している。
   テーブルの上、士官室と同じ重箱型の食器が並んでいる。
   皆、40代後半から50代前半の古参
上級下士官A「……で、すーさんよ、今度の砲術指揮官殿はどうだい? 使えそう?」
上級下士官B「(飯、頬張って)……まあまあ……かね」
上級下士官C「前のフネじゃ、ボーリングで鳴らしたらしいぞ」
上級下士官D「オレが聞いたハナシだとビリヤードって事だったがね」
上級下士官C「どこで仕入れたハナシだよ?」
上級下士官D「潜訓の同期からだよ」
上級下士官A「なんだ、おまえ潜水艦乗りだったの?」
上級下士官C「なんでドルフィン・マーク着けてないんだ?」
上級下士官D「水上艦乗りに敬意を表してだろ?」
上級下士官B「(飯、頬張って)……オウッ」
上級下士官A「オレだって潜水艦乗りだったんだぞ」
上級下士官C「ヤメろよ、もう20年も前のハナシだろ」
上級下士官D「どうせ、潜水艦手当が目当てで志願したクチだろ?」
上級下士官A「しょうがねぇだろ、こちとら結婚してガキがスグ出来て、あの頃の手取り十数万だぞ」
上級下士官D「愚痴るな、愚痴るな。皆んなそうだったんだぞ。それにだ、オレたちも後、数年で除隊だ。オカに上がって再就職してみろ、手取り十数万なんて良い方だぞ」
上級下士官B「(飯、頬張って)……オウッ」

○「やまと」科員食堂
   ステンレスのプレート皿にドサッと“肉じゃが”が盛られる   
   配膳カウンターに並んだ隊員達がステンレス製のフードプレートに
   次々とおかずと飯をのせている。
   配膳カウンター横にいたサンジ、列の中にイチローを見つけ小声で話
   掛ける。
サンジ「まあ、最後のご奉公かもしれないからな。せいぜい、こき使われてやるサ」
イチロー「(迷っている)……まあな」
サンジ「聞いたか?アイツは継続するみたいだぞ」
   サンジ、向かいのテーブルに座る二人とは練習員同期の隊員を、顎で
   しゃくって指す。
   その隊員、食が進んでいない。
    × × ×
   イチロー、同期隊員の対面の席に座る。
イチロー「ようッ、船酔いか?」
同期の隊員「(目は笑っている)ざけんなョ、イッチャンマン」
イチロー「オッ、懐かしいねぇそのアダ名。横須賀を思い出すよ」
同期の隊員「もう、あれから三年近く経ったのかぁ」
イチロー「……ところでオマエ、任期継続するんだって?」
同期の隊員「ああ。するつもりだ。オマエは?」
イチロー「(飯を頬張りながら)……もう少し考える」
同期の隊員「継続すりゃ良いじゃねえの。衛生員なら。オカに上がっても地区病院とかで、ナ〜スのネエちゃんとさァ……あーマジ羨ましいぜ」
イチロー「ナース?官ピンのか?」
同期の隊員「文句いうな、十分だろ官ピンで」
イチロー「洗って返却する事。ってか?」
同期の隊員「そうだ。洗って返却」
   二人、軽い笑い声を上げる。
イチロー「でもよォ、オマエの砲術はナンダカンだ言ってもサイコーだよ。シャバじゃ絶ッテー出来ねェ事だもんな」
同期の隊員「冗談キツいゼ。大砲やミサイルぶっ放すのなんて数える程だぞ。たいてーいっつも甲板走り回って、錨の上げ下げがとかやってんのがオレたちだぞ。オマケにこのフネじゃヘリの離発着支援までウチらの仕事だ」
イチロー「涙無くして聞けねぇハナシだな」
同期の隊員「言ってろ、バカ」
イチロー「ところで……オマエ、今は主砲の砲術員だよな?」
同期の隊員「いちおーな」
イチロー「そうかァ、まあ、気張れよ」
同期の隊員「(苦笑い)何を気張んだよ」
イチロー「……今回はチョッとヤバい感じがしねぇか?」
同期の隊員「(真顔になって)オマエ、何か聞いてんのか?」
イチロー「いや、そうじゃないけどな」
同期の隊員「(何処かホッとして)なんだョ。期待させるなよ。だいたい、このフネがだぜ、その不審船舶とかに向かって主砲をブッ放す事なんてあると思うか?」   
イチロー「無いよなァ(苦笑い)」
同期の隊員「(壁の時計を見て)ヤベッ、もう行くぜ」
   同期の隊員、味噌汁をグイッと呑込む。
   席を立ちながら、
同期の隊員「……あるわけねーよ」
イチロー「……だよな。あるわけないよな」   

○ 「やまと」士官室
   館長以下の士官室たち、食後のコーヒーを飲んでいる。
   スピーカーからの信号音。
館内放送『各部、CIC。船務長より艦長へ』
   士官室係、受話器を取って、
士官室係「艦長、士官室にいらっしゃいます。送れ」
CIC『不審船舶情報さらに一件。飯田湾上空警戒監視中のピー・スリー・チャーリーから。発見時刻、マルキュウ、フタゴォ。ポジション……』
   幹部隊員達、耳を傾ける。
CIC『……本艦のサー・サー・ウエスト35マイル。なお、ピー・スリーが不審な船舶とした理由は漁具が甲板に無い為との事。以上』
艦長「……(頷く)」 
士官室係「(受話器に向かい)艦長、了解」
   艦長、幹部隊員を見回して、
艦長「サテ、皆の衆。どう思うね?」
航海長「……不審とした理由がいささか弱い様にも思えますが」
補給長「艦長。自分は漁師の息子ですが、天候が芳しく無ければ、漁師は大事な漁具を上甲板に置いたままにはしないと思います」
   艦長、考えている。
機関長「本当に漁船なんでしょうかね?ヒコーキ乗りなんザァ、漁船と釣り船の区別もつかん連中ばかりですよ」
   数人が短い笑い声を上げる。
   艦長、無言のままコーヒーを啜る。
艦長「(副長に視線)……」
副長「……艦長。今から向かえば日没前に該船を目視で確認する事ができます。他にこれといって信頼出来る目標情報も無い現在の状況からして、当該船舶に一番近い本艦が此れに向かう事は、十分に妥当な行動と考えますが」
   艦長、コーヒーカップを置く。
艦長「航海長ッ」
航海長「(姿勢を正し)ハッ」
艦長「そやつのお姿をチョッと拝んでみようャ」  
   航海長、席を立ち、
航海長「艦橋に行って、ポジションをチャートに入れてきます」
   航海長、部屋を出てゆく。
艦長「(頷いて)諸君。P3には10人も乗っているのだよ。だったら、漁船と釣り船の違いが分かるヤツが一人くらいはいるかもしれんじゃないか。なァ、機関長」
機関長「まあ、そうですね。一人くらいは漁師の小せがれがいるかもしれんですね」
   幹部隊員達、短く笑う。
補給長「それにしても、P3、発見してから3時間以上も経ってるじゃないですか。連中、もっとチャッチャと知らせてくれなきゃ、逃げられちまうてもんじゃないですか」
副長「……」   
   副長、艦長の顔を短く覗く。
   艦長、押し黙ってカップの中のコーヒーを見つめている。
   
※インサート・イメージ
   コーヒーの表面に浮かび上がる漁船のシルエット。 
   暗転。
   短く、獣の雄叫びの様な機関音が二つ重なる。
  
○ やまと右手向こうに能登半島を見ながら航行する『やまと』
   T『16:15』

〇 同・艦橋(内)
    副長、双眼鏡で前方を観察している。

〇 副長の双眼鏡の視界
   その中に漁船らしき船の船尾。
   『第八武蔵丸』の船名が見える。

〇(戻って)同・艦橋
   副長、双眼鏡を下ろす。
副長「……?」
   副長、脇に立つ航海長に、
副長「漁船にしちゃあアンテナが多いと思わんか?航海長」
   航海長、双眼鏡で前方を見ている。
航海長「船名の書き方が妙に安っぽいですね」
   航海長、双眼鏡で『第八武蔵丸』を観察。
航海長「……(緊張した声で)副長ッ!」
副長「ん?」
航海長「このフネ、船尾に観音開きのハッチがありますッ」 
副長「(双眼鏡で前方を見て)!……」
    × × ×
   『第八武蔵丸』の船尾に薄らと見える観音開きのハッチ。
    × × ×
副長「あれだッ」
   副長、受話器を取り、ボタンを押し、
副長「艦長。不審船舶、本艦の前方700メートルに捉えました……はいッ、作戦目標です」  

〇 同・艦長室
   艦長、叩き付ける様に受話器を置く。

〇 (戻って)艦橋
   航海長、脇に立つ若い幹部隊員に、
航海長「操艦もらう!」
副長「航海長、目標を真艦首に置いて、この距離を維持ッ」
航海長「進路、フタ・ゴォ・マル。ヨーソローッ」
操舵長「フタ・ゴォ・マル。ヨーソローッ。おも〜か〜じ」
操舵員「おも〜か〜じ、15度ッ!」
   怒号の様に舵の修正、速度の修正、方位の報告、風向きの報告などが
   艦橋に飛び交う。
   艦長、早い足取りで艦橋に飛び込んで来る。副長の横に立つ。   
副長「(艦長に)あれが不審船舶だとすれば、突然、30ノットを超える高速航行に移る可能性が有ります。従って、本艦は目標を真艦首方向に置いて追尾。また、目標は武装している可能性が高いので、相応の距離を維持するのが適当と思われます」
   艦長、深く頷く。
   艦橋内の一連の号令が止んでやや静寂。  
艦長「副長、CICの船務長に連絡。野郎の情報を海保にくれてやれッ」
   艦長、海を睨む。

〇 不審船舶と、それを追う『やまと』(夕)
   T『17:30』
  「やまと」艦橋のスピーカーから信号音が流れる
艦内放送『各部へ、CIC。船務長より艦長』
   副長、受話器を取って、
副長「ハイ、送れ」
艦内放送『保安庁より返信有り。「第八武蔵丸」名で登録の船舶は現在、仙台沖にて操業中。よって本艦が現在追跡中の船舶は不審船舶であると思われます。なお、海保の船舶と航空機、既にこちらに向かっているとの事。以上』
   艦長、頷く。
副長「艦長、了解。(艦長に)海保が現着するまで敵を追尾せよという事ですな」
艦長「……(振り返って)海保のフネ、レーダーコンタクト有んのか?」
担当下士官「有りませんッ!」
艦長「(副長に)今日の日没はヒトハチ、サンマル(18時30分)だな?」
副長「はい」
艦長「……海保サン、どこまでヤルつもりか知らんが、陽が沈む前に来れるのか?」
副長「今はベタ凪ぎです。追いつければ、日没後でも海保ご自慢の特殊部隊を敵船に乗り込ませる事は可能でしょう」
艦長「……どの道、オレたちは否応否無しに、高見の見物をさせられるワケだな」
副長「(顔をしかめ)……なんとも歯痒いですな」
   艦長、押し黙る。

〇 海保の巡視船三隻が高速航行で海を駆ける(夕)
   巡視船の進む先に「やまと」と不審船 舶が見える。
   陽が海面に落ちようとしている。  
   T『18:22』

〇 「やまと」医務室
 艦内スピーカーが鳴る。
艦内放送『達する。現在、本艦が追尾中の不審船舶に対し、保安庁職員が乗り込み、臨検を行う模様である』
   イチローとクルス、スピーカーを見つめている。
クルス「忙しくなるぞ」
イチロー「(声が強張る)ドンパチですか?」
クルス「(頷く)……そうだな」
イチロー「……ウチらもやるんですか?」
クルス「(苦笑)……コイツは、おまわりサンの仕事だ」
イチロー「……おまわりさん、ですが……」
クルス「そしてオレたちは此所では、只の一般市民だ」
イチロー「……市民」
クルス「オレたちの仕事は『アイツが犯人です!』っておまわりサンに教える事だよ」
イチロー「それでオシマイなんですか?」
クルス「……確かにオレ達は、おまわりより凄い鉄砲を持ってる」
イチロー「はい」
クルス「でもな、おまわりが犯人だの容疑者だのに向かって撃つ鉄砲とオレたちが持ってる鉄砲は別の世界のモンなのさ。大きさだけの問題じゃ無い」
イチロー「……(呑込めない)」
クルス「猟師はドロボーと出くわしたって、猟銃でソイツを撃ったりしないだろ?」
   艦内スピーカーからの信号音。
艦内放送『海保船舶、本艦の右舷を通過し、不審船舶への接近を行う模様』
クルス「おまわりサン、やるつもりだな」
艦内放送『海保巡視船を見送る。右、帽ふれ』
クルス「……まるで特攻隊の見送りだな」

〇 「やまと」艦橋
   副長、双眼鏡を巡視船に向ける。

〇 巡視船甲板
   濃紺の作業服、防弾チョッキにヘルメット。自動小銃を手にした海保
   の特殊部隊員十数名が待機中。
〇 洋上を高速航行で駆ける不審船(俯瞰)
   突然、不審船舶の煙突から大量の真っ黒い煙が吐き出される。
   不審船、速度が上がる。
   後を追う巡視船と「やまと」との距離が距離がひらく。  

〇 (戻って)「やまと」艦橋
航海長「目標、加速しました!」
艦長「逃がすなッ!」   
航海長「艦長、第一戦速に入れます!」
   艦橋内を号令、復唱が飛び交う。

〇 「やまと」医務室
   “ガタンッ”という振動と共に船内が揺れ出す。
   クルス、足を踏ん張る。
クルス「……そう来たか!」
イチロー「えっ?」
クルス「野郎、逃げやがるつもりだ」
艦内放送『達する。不審船舶は急加速を行い、巡視船からの逃走を試みている。本艦は逃走中の不審船舶を追尾する。ただ今から高速航行に移る。上甲板への立入りを禁ずる』

〇 (戻って)「やまと」艦橋
艦長「航海長、ヤツの前に出るぞッ」
航海長「艦長!最大戦速とります!」
   艦長、大きく頷く。

〇 洋上を高速航行する不審船・「やまと」・三隻の巡視船(俯瞰)
   「やまと」不審船舶の前へと回り込もうと試みる。
   不審船舶、細かく進路を変更、それに合わせ「やまと」と三隻の巡視
   船も進路変更を繰り返す。
     × × ×
   大小五隻のフネ、絡み合う様に洋上を駆けてゆく。
     × × ×
   「やまと」、艦橋のサーチライトで不審船舶を照らしながら並走。   
   巡視船の一隻、不審船舶と並走しながら機関砲を撃ち始める。
    × × ×
   夜空に曳光弾が発する鮮やかなオレンジ色の曲線が描かれる。
    × × ×
   不審船舶、更に加速する。
   巡視船の一隻が遅れ始める。
   発砲したフネと特殊部隊を乗せた巡視船も減速。   
   不審船舶、大きく舵を切る。
   「やまと」再び不審船舶の後を追う形になる。
    × × ×
   大きく後退する三隻の巡視船。
   
〇「やまと」艦橋
   操艦関係の号令が激しく飛び交う。
艦長「巡視船は! 遅れたままか!」
見張り員「三隻、いずれも更に減速ッ!」
航海長「何だよッ畜生ッ!」
艦内放送『艦橋へCIC。船務長より艦長』
艦長「送れっ」
艦内放送『巡視船「りくぜん」より入電。「本船、残余燃料に不安が有るため、これより帰還する」との事です……』
   艦橋内の喧騒、一気に鎮まる。
艦長「(苛立ちを抑えて)……」
艦内放送『なお、協力を感謝するとの事でした』
艦長「……(黙って頷く)」
副長「(インカムに)艦長、了解」
見張り員「保安庁の三隻、反転、離脱します」
   艦橋の数人の隊員、窓から艦の後方に視線を送る。
    × × ×
   「やまと」の後方、三隻の尾灯が暗闇に吸い込まれてゆく。
   夜の海に吸い込まれる様に薄れてゆき……消える。
    × × ×   
   副長、艦長の脇に立つ。
副長「まだまだウチの庭の中です。敵船との現在の位置関係を保ちつつ、今暫く追尾するべきと考えますが」
   艦長、大きく頷く。
艦長「(吐き捨てる様に)このまま帰れるか!」
副長「ハッ」
   艦長、ふぃと窓の外、夜空を見上げる。
   低い位置に三日月。   
艦長「晴れ、だな」
   艦長、前方に広がる海を見つめる。
    × × ×
   艦橋の窓から、三日月が照らす僅かな光りに照らされて、不審船舶の
   ボンヤリとした船影と、波間に残される白い航跡が浮かび上がって見
   える。
    × × ×
副長「(インカムで通話中)……艦橋了解……」
副長「艦長ッ」
   艦長、振り向く。
副長「シーホークがお客さんを連れて来るようです」
艦長「?……(怪訝な表情)」

※後編に続く

《参考資料》
『正論2012年4月~6月号掲載「手記・あとは頼みます」』伊藤祐靖:著
『決定版!わかりやすい艦船の基礎知識』イカロス出版
『護衛艦パーフェクトガイド』学研
『海自レシピ・お艦の味』小学館
『再軍備の軌跡』読売新聞社
『北朝鮮工作船がわかる本』海上治安研究会
『日本のインテリジェンス機関』大森義夫:著/文芸春秋社』
『日本の情報機関』黒井文太郎:著/講談社α新書
『情報と国家』江畑謙介:著/講談社現代新書』
『地下鉄サリン事件・自衛隊戦記・出動部隊指揮官の戦闘記録』福山隆:著/光人社
『自衛隊指揮官』瀧野隆浩:著/講談社
『海猿(単行本第5巻)/小学館
『亡国のイージス』(映画)/2005年 日本ヘラルド=松竹。 
他、
および数名へのインタビュー。
          

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