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「VIVANT」みたいな連ドラ用シナリオを書いてみた。タイトルは「ニハン」

【この作について】

 TBS連ドラ・シナリオ大賞への応募を想定して、2,018年ころに書いたものです。
 自分が書いたガチのエスピオナージ小説をベースに、はやりTBSということで「ケイゾク」とか「SPEC」風なものに仕上げました。
 一応書き上げたのですが、このコンペの年齢制限に引っかかってボツっ。
 そのままホカしていました。

【概要(第三話くらい迄)】

 安藤亜紀(25)はロシア語を専門とする派遣社員。ある日の事、亜紀の前に大城倫子(36)という人物が現れる。内閣官房の一組織「ZAS」に所属するという大城は何故か亜紀を「ZAS」のメンバーとして迎えたいと熱心に勧誘する。
 
 聞けば「ZAS」とは対サイバーテロの機関だという。「ロシア語専門の派遣社員の自分になぜ?」と訝る亜紀だったが、執拗な大城の誘いに根負けして、この話を受けてしまう。
 
 ところが亜紀の実際の配属先はZAS本体セクションでは無く、その別動隊、通称『ニハン(2班)』だった。
 『ニハン』の主たる任務とは、対サイバーテロ任務を行う「ZAS」が行動する際の補完任務、つまりサイバー空間を活動の場とする本体チームとは別の、現実空間でのヒューミント活動(人間を媒介とした情報活動)なのだという。

 現在のメンバーは防衛省から派遣されている班長の大城。福岡県警暴力団対部の刑事だった副班長の山形(50)。ホスト上がりの元サイバーヤクザのヒロ(25)。そして博士号を持つ現役コスプレヤーでもあるアイ(29)の四名だった。

 先輩班員は皆、少々豊か過る個性と様々な際立ったスキルを併せ持つ人達だ。それに引き換えロシア語が特技と言っても特段精通しているわけでも無く、そもそも自分のスマホすらも満足に扱えない亜紀はこの班に於ける自分のポジションが見つけられずに悩む。

 しかし、毎日の様に遭遇する新たなサイバー犯罪との格闘、大城の容赦ない叱責、そして、少々胡散臭くはあるが頼れる(?)先輩メンバーとの連帯の中で、亜紀は班員の一人として徐々に鍛え上げられてゆく。

 やがて数ヶ月が過ぎた頃、大城と『ニハン』は数年前から追っていた謎のハッカー集団『目覚め』の手がかりを得る。大城によれば現在、世界のハッカー集団の中で非常にアクティブかつ危険なチームの一つに『目覚め』という組織があるのだが、そのルーツを辿ると現在の中国東北部で戦前に起きたロシア白軍と帝国陸軍が関係する金塊行方不明事件の関係者に行き着くのだと云う。そしてその事件を現地で調査中に非業の最期を遂げた陸軍大佐こそが大城の曽祖父だったという。

 遂に亜紀は大城がなぜ自分をスカウトしたのかを知る。件の金塊不明事件の調査で大城大佐が現地での案内役として雇い入れた人物がいた。その人物こそ亜紀の曽祖父だったのだ。それより衝撃的だったのは幼馴染で親友だったロシアのクォーターである雪子が『目覚め』のメンバーだと云う事実だった。

 どこか出来過ぎな話に疑念を感じながらも亜紀は大城やニハンの仲間達と魑魅魍魎渦が巻く“仮想空間を巡る現実空間の戦場”へと飛び込んで行くのだった。

【主要人物紹介】

安藤亜紀(25)ZAS第2班新メンバー
外語大でロシア語を学び、派遣社員として商事会社で働いていた。なぜか大城に強引な勧誘を受けてニハンに入る。 
 
○大城倫子(36)ZAS第2班・チーフ
  防衛省から派遣されている情報戦とヒューミントのスペシャリスト。
  彼女の曽祖父は、亜紀の曽祖父と因縁浅からぬ仲だった。
 
○山形 要(50)ZAS第2班・副長
  元々は福岡県警暴力団対部の刑事だったのだが、今は巡査に降格となり
  ニハンに派遣されている。暴力団員の内妻だったヒロの母親と恋愛関係
  にあった事がある。
 
○黒木アイ(27)同・班員
  博士号を持ち、大学で研究職をしていたが些細なことから部内で陰湿な
  イジメに遭い研究からも大学からもほと並みな人生からもスポイルされ
  ニハンに入った。
  変装の名人というかコスプレーヤーでもある。
  赤井川茂の婚約者。
 
○川島ヒロ(27)同・班員
  元ホストで元サイバーヤクザ。警官時代の山形に逮捕された事がある。
 
○奥野正樹(41)ZAS本部隊指揮官
  警視庁警視。サイバー犯罪のスペシャリスト。
  大城とは以前、恋愛関係に有った。
 
○白井〈アナスタシア〉雪子(29)亜紀の旧友。
  ロシアのクォーター。高級クラブホステスのホステス。
  世界的なハッカー集団『目覚め』のメンバー。
  物語終盤、亜紀と修一をめぐる三角関係になるのだが、それは……。
  
 
○岩崎修一(31)光和商事社員。
  亜紀に一目惚れし交際が始まる。
  いつしか本気モードになった亜紀の脳裏には“結婚”の文字が浮かぶ
  のだが……。

○イワノフ(62)貿易商
  ロシアとジョージアにルーツを持つ。

勅使河原修道(99)
  京城帝大卒。内務省に入省し警察官僚となるが程なく大東亜省に転ず
  る。太平洋戦争末期に短期現役制度にて海軍主計中尉に任官。戦後、国
  家地方警察官、さらに警察予備隊を経て、内閣官房にて歴代の内閣官房
  副長官に仕える。大東亜省時代、陸軍将官だった大城の曽祖父と少なか
  らぬ因縁があった。
  現、財団法人保安電子ネットワーク協会名誉顧問。
  
○赤井川茂(96) 藤島工業大学の終身名誉教授。
  旧制大連経済専門学校から海軍経理学校(短期現役)を経て主計少尉任
  官。支那語が出来た為に軍令部にて対中国諜報班に配属される。勅使河
  原はその時の上官。
  終戦間際に南方に送られるも九死に一生を得て復員。戦後京大経済学部
  に入学。
  海軍時代に暗号解析と情報伝達の為の電子工学に注目していた事もあっ
  て黎明期の計算機械学を学びながら研究職の道を進むが、60年代から
  の大学闘争に嫌気が差した事もあって、渡米を決意。
  米国国防総省でアルパネット(=インターネットの先駆的役割を担った
  初期の研究用ネットワーク)の研究を行った。
  大城倫子は教え子。黒木アイは婚約者。  

○フェイ(モリソン) 剥製の虎の頭部を持つAIロボット。

《以下本編》

 
第一話「とある、機関の方から、来た女。」 

※連続テレビドラマ(12回の第1話/60分)

○ 何処かの大規模なサーバールーム
N「2010年代初頭、アメリカはイスラエルと共同でイランの核施設に対し施設の破破壊を目的とするサイバー攻撃を行なった」

   パソコンのキーボードを叩く指。
   
N「この攻撃には『スタックスネット』と呼ばれるマルウェアを使用する方針が決定された。だが、隔離されたネットワークへの外部からの侵入は極めて困難だった……」

   パソコンにUSBメモリが差し込まれる。

N「最終的には人間の手によりUSBメモリーを用いたネットワークへの侵入攻撃が成功したというのだが……」

   サーバーコンピューターに覆いかぶさる、人間のシルエット。

N「今日に至るまで、どこの誰が、どの様にしてこの作戦を実行し成功させたのか、その詳細は明らかになっていない……」   
 
○ 都心・幹線道路を走るタクシー(夜)
   街は初夏の粧い。
 
○ 同・車内
運転手「お客さん、後10分で着きますよ」
亜紀の声「(喘ぎ声)グ、グッゥ〜。お願いです、い、急いで下さ〜い」
運転手「(ミラーで視線を後部座席に)?」
   安藤亜紀(25)、銀紙から取り出したバターを飲み込んでいる。
運転手「……あのーお客さん」
亜紀「(グ、グッゥ〜)はいッ?」
運転手「何ですそれ、流行りのダイエット食品とかですか?」
亜紀「バターです」
運転手「パンにつける?」
亜紀「ソテーにも使えます」
運転手「何でそんなモノ飲んでるんです!」
亜紀「我が家に前世紀から伝わる教えです。ロシア人と酒を飲むときのぉ、ウッ、気持ちワリィ」
   携帯電話のサイレントモード振動。
亜紀「(通話)あ、安藤です……はい、もうじき着きまーす」
 
○ 都内・高級ホテルのスイート(同時刻)
   花柄ワンピの大城倫子(36)、ワインの入ったグラスをグイッと煽
   る。
   テーブルを挟んだ向かい側、イケメン中年、乾サトル(43)が座っ
   ている。
   乾、大城の飲みっぷりを眺めている。
大城「……カリュアド・ド・ラフィットの2007年。素敵だわ」
乾「お気に召していただけましたか」
大城「気を遣わせてごめんあそばせ。お高いんでしょ、コレ」
   大城、指を二本立てる。
   乾、苦笑い。指を五本立てる。
   大城、軽く咽せる。
乾「……ところで、大城三佐」
大城「その呼び方、キライ。だって今日はノ、リ、コとして来たのよ。サトルさん」
乾「そうか、そうだったね、ノリコ」
大城「ねえ、教えて、正直に」
乾「何でしょう」
大城「アナタ、私が欲しいんでしょ?」
乾「……実は、そうなんです」
大城「本音を聞かせてくれたわね。やっと」
乾「今日は随分と積極的ですね。倫子さん」
   乾の手が伸びて、大城の頬を撫でる。
大城「悪い人ね」
乾「倫子さん、イヤ、ノリコこそ」
大城「じゃ、教えてくださらない?」
乾「何をだい?」
大城「私の、値段」
乾「……貴女に値段など付けられません」
大城「だから……アナタのクライアントが私に付けた値段よ」
    乾の指、動きが止まる。
大城「通信情報統括本部勤務の女、そしてアナタの願いを聞くだろう女の値段よ」
乾「……何を言ってるんだ……」
大城「35億?……とか」
乾「意味がわからないよ。倫子さん」
大城「35億は冗談。でも、これは……」
   大城、トートバックの中から封筒を取り出す。
大城「冗談じゃ無くてよ」
   テーブルの上、封筒を滑らせ、乾の前に。
大城「御返杯よ。召し上がれ」
   大城、指を鳴らす。
   大城の背後、男の影が二つ、現れた。
 
○ 高級クラブのあるテナントビル・入口
   タクシーが止まり、亜紀が降りる。
   岩崎修一(31)が駆け寄る。
岩崎「安藤さんですね。欧州第三課の」
亜紀「欧州第三課に派遣されている派遣社員の安藤です……ウッッ(喉元を押える)」
岩崎「どうしました? 車に酔ったんですか?」
亜紀「バターに酔いました」
岩崎「はぁ?」
亜紀「イエ、そんな事より此処で飲めば良いですか? ロシア人と」
岩崎「飲む?」
亜紀「ロシア人の酒の相手するんじゃないんですか? その為に呼ばれたんじゃないんですか? そう聞きましたけど、私」
乾「ちょっと違います。イヤ全然違います。詳しい話は中で」
   亜紀と岩崎、ビルの中へ入る。
 
○ 高級クラブ店内
   落ち着いた店内の此処其処で客とホステス達の歓談。
   ラウンジの奥まった席で欧米系の男性が数人の日本人が飲んでいる。
亜紀の声「じゃ、私は何で呼ばれたんです」
岩崎の声「実は今、アメリカから来たパランスと言う方の接待をしています。彼の会社は主にロシア製の古い航空機の電子部品やエンジンなどを近代化する事業を手がけています。我が社はそのリストア作業で使用する電子部品の調達やその他諸々の業務でパランス氏の会社を支援しています」
亜紀の声「もろもろ?」
岩崎の声「その辺りは適当にスルーして」
   別のテーブルで客と歓談するホステス の一人に白井〈アナスタシ
   ア〉雪子(29)がいる。
 
○ 同・クローク前
   岩崎、入口を気にしながら亜紀と話す。
岩崎「実はもう直ぐイワノフというロシア人がこの店に来ます。その為にロシア語が堪能な安藤さんに来てもらいました」
亜紀「そのロシア人のお相手をすれば良いのですか?酒の」
岩崎「だから違いますって。僕も今日、知ったんですが実はパランス氏、元々はロシア系ユダヤ人でロシア語が堪能らしいのです」
亜紀「で、私に通訳しろと」
岩崎「惜しい!けど違います。イワノフ氏は英語も日本語も出来ますからロシア語無しでも我々やパランス氏とはコミュケーションは取れます。しかしもし、二人がロシア語で話し出したら私達にはわからない。そこで……安藤さんはむしろロシア語なんて全然分からないフリで、それとなく、さり気無く、二人の会話の内容を聞いておいて下さい」
亜紀「私、スパイになるんですか?」
岩崎「そんな大げさなものでは無いです」
亜紀「だって盗み聞きするんでしょ?」
岩崎「それとなく、さりげなく、です……」
亜紀「黙って、微笑んで、飲んでれば良いんですか?」
岩崎「まあ、そうゆう事です」
亜紀「あのぉ。一つ聞いても良いですか」
岩崎「手短に」
亜紀「そのイワノフって何者なんですか」
岩崎「一言で言えば……」
亜紀「……言えば?」
岩崎「……謎、です」
   二人の背後を酔客とそれを見送るホステス達、その中の一人は雪子。
雪子「(亜紀に気づく)?……!」
   雪子に気づかず岩崎と話す亜紀。
   そんな雪子の様子をホステスの黒木アイ(27)が見ている。
アイ「……?」
   入口のドアが開き、初老のスラブ系の男が入って来た。
岩崎「ああ、ミスターイワノフ。お待ちしておりました」
イワノフ「ドーブライビーチ、イワサキサン」
   イワノフ、相好を崩す。
   
○ (戻って)ホテルのスイート
   大城の背後にはマル暴刑事風な山形要(50)とホスト風の川島ヒロ
  (27)が立っている。
山形「ふーん。時代は案外、変わらねーな。今時ハニートラップだとよ。世の中、何でもかんでもサイバーだったんじゃねぇのかよ(ヒロに向かって)なあ、坊主」
ヒロ「定番は廃れないんスヨ。良かったっスネ(山形に向かって)オッサンの存在価値がまだすこーしだけでも残ってて」
  山形、ヒロの頭を叩く。
乾「……何ですか……コイツらは」
大城「ウチのスケさんとカクさん」
山形「誰が杉良太郎やねん」
ヒロ「え、杉良って『水戸黄門』に出てたんですか?大城さん知ってました?」
大城「……知らない。それより封筒の中をご覧になって、乾さん」
山形「(大城を睨みながら)……(小声)ケッ、見え張ってよォ」
乾「(中の写真を見て)!……(クソッ)」
大城「プーケット島のビーチ。素敵よね、私もOL時代に何度か行ったわ。ねえ、そのアナタとキスしてる36歳、大和通信で防衛省向け対艦ミサイルの主任研究員してたけど、今年の三月に遺書も残さず研究所のビルから飛び降りちゃった女の人、綺麗な人よねぇ。ちなみに名前は優子さん」
乾「いつから俺をマークしてたんだ」
大城「アナタが良からぬヘッドハントをする様になった頃からね」
乾「何モンなんだよアンタら」
大城「ごめんなさいね。アナタ、私がまだ通信情報統括本部にいると思ってたのね」
乾「お前ら……まさか」
大城「マサカ?なに?」
乾「……ZAS……なのか」
大城「答えは、イエスアンドノー」
乾「……どういう意味だ……」
大城「私達はZASの第2班、通称ニハンよ」
 
○ メインT『ニハン』
 
○ 高級クラブ・店内
   パランスの横に座ったイワノフ、英語での挨拶もそこそこに露語で話  
   しかける。パランスも露語で返す。
   パランス、イワノフを少し警戒。
   亜紀、パランスの向かいに座り、ニコニコしながら聞き耳を立ててい
   る。
イワノフ「(急に驚いた様な表情に)Може тбыть, вы бы ни Грузию
 кто?」
   パランスの顔がパッと明るくなり、
パランス「Я получил его! Илидаже вы?」
   パランスとイワノフ、久しぶりに再会した友人同士の様なノリでマシ
   ンガントークを始める。
亜紀「(青ざめる)えっ……ウゾォ……」
   亜紀の横に座る岩崎、亜紀の耳元で、
岩崎「バッチリですか安藤さん」
亜紀「……バッチリ……解りません……」
岩崎「へっ?」
亜紀「……だから、全然、解かりません」
岩崎「いくら早口だからって少しくらいは分かるでしょう」
亜紀「この人たち、ジョージアです」
岩崎「アメリカ南部の?」
亜紀「そうじゃ無くてジョージア国、昔のグルジア。ジョージア語で喋ってんねん、ってなんでやねん!」
岩崎「じゃ、本当に全然分かんないの?」
亜紀「ジョージア語なんて分かりませんよ!」
   岩崎の反対側に座るホステスの手が伸びて亜紀のグラスを掴もうとす
   る。
雪子の声「水割り、お作りし直しますね」
   雪子の手、グラスではなく、亜紀の左手にそっと触れる。
   亜紀の視線、床から自分の左手、さらに雪子の顔へ、
亜紀「えっ、あ、ユキ……」
   雪子、さりげなく唇に手を当て「黙ってて」のサイン。亜紀の目を見
   て静かに微笑む。
   亜紀と雪子、岩崎を盾としてその背後で声を潜めて話し始める。
亜紀「雪子? まじユキちゃんなの? アンタ何してんねん」
雪子「ヘルプでこのテーブルに呼ばれたの。亜紀こそ何してんの」
亜紀「ジョージア語が盗み聞き出来なくてパニクってんの」
雪子「……(亜紀の顔を凝視)……相変わらずね……」
亜紀「まさかユキちゃんジョージア語わかったりしないよね?」
雪子「少しなら分かるわよ」
亜紀「ウゾォオオオ!」
雪子「私、嘘と塩辛は嫌い。知ってるでしょ」
岩崎「あのー。聞こえてるんですけど」
亜紀「頼む! ユキちゃん」
雪子「しょうがない子ねぇ。相変わらず。やれやれ。とんだヘルプだわ」
   やや離れた席から、さりげなく亜紀たちのテーブルを観察している
   アイ。

○ 都内を走るワンボックスカー(同日深夜)

○ 同・車内
   後部座席の大城、助手席には山形、ヒロが運転する。
ヒロ「良かったンすか?チーフ。あのオッさん、あのまま置いてきちゃって」
大城「……」
山形「ヒロ、オメエもウチに来て二年も経つんだ。チッとは分かれよ」
ひろ「まあどうせ俺たちは逮捕とか、出来ねぇんですけどね」
山形「そーいう事よ」
ヒロ「あれっ、でも山形さん、いちおー警部補だよね。おフダ、取れないんすかぁ」
山形「いい加減黙れ、坊主」
大城「あらぁ山形さん。ヒロにはマダ言って無かったの」
ヒロ「え?だってオッさん、俺をパクった時のお札に警部補山形ってなってましたよネ」
大城「山形さん、二階級特別降格して今は巡査さんなのよ、ヒロ」
ヒロ「……じゃ、まさかあの時のー」
山形「せからしか!キサン、黙らんね」
ヒロ「だってオッさんー」
山形「だいたいオメエ、オッさん、オッさんって気やすく呼びやがるけどー」
   大城のスマホ、鳴動。
大城「黙って!(通話)ーどうした?ハピ」 

○ 繁華街(同時刻)
   一見、中年お水風和服姿のアイ、スマホで通話中。
アイ「スノーホワイトに新たなコンタクトが有りました。今、追尾中です」大城の声「了解。気をつけて」
アイ「大丈夫です。新たなコンタクト、トロそうな奴ですから」
   アイの目の前、終夜営業の蕎麦屋。

○ 同・店内(同時刻)
   亜紀とラフなデニム姿の雪子、差し向かいで日本酒を飲んでいる。
亜紀・雪子「ザ・ズダローヴィエ、ドリャドゥルージバ!(友情に乾杯!)」
   互いにお猪口の酒を飲み干す。
亜紀「それにしてもユキちゃんは凄いなぁ。ジョージア語なんて何処で覚えたのよ。アッ、もしやお祖父様って?ジョージアの出身?」
雪子「そうよ。でも、祖父からは教わらなかった。言葉はね」
亜紀「お元気なの?」
雪子「今年の春に亡くなった。ねえ、お祖父ちゃんの為に一緒に献杯してくれない」
亜紀「もちろん」
   亜紀と雪子、お猪口を掲げ、飲み干す。
雪子「(何事か呟く)……」
亜紀「今の、ジョージア語?」
雪子「うん?うん。まあね」
亜紀「そうなんだ……」

○ 都内・竹芝辺り(翌日・午前) 

○ 藤島工業大学
   歴史の刻まれた校舎。

○ 同・電子工学科内・地下一階の通路
   ヒールの足音を響かせ歩くスーツ姿の大城。
   大城、廊下の奥の『赤井川研究室』と書かれたドアを叩く。

○ 同・室内
   大城がドアを開けて入る。
   ドア近くの机に地味な髪型と服装、眼鏡を掛けた男女が座る。女性は
   アイ。

大城「(一礼)内閣府の大城です。赤井川終身名誉教授とお会いしたく参りました」
アイ「内閣府の大城様。赤井川終身名誉教授との9時からのアポイントメント、確かに伺っております」
男「こちらをどうぞ」
   男、フードの付いた厚手の防寒ジャンバーを差し出す。
アイ「ご案内します。大城様」
   部屋の奥、カーテンを開くとエレベーターのドアが現れる。

○ 同・エレベーター・シャフト
   恐ろしく低速で降下してゆくエレベーターの箱。

○ 同・箱内
   防寒ジャンパーを着た大城とアイ。
大城「少しは休んだ?ハピ」
アイ「大丈夫です。45分きっちり寝ました」
大城「画像見たわ。新たなコンタクトの」
アイ「スノーホワイトとの関係、現在調査中です。あのトロそうな顔ですから、どこかのエージェントとかでは無いと思われますが念のためにやっておきます。チーフ」
大城「その必要はないわ」
アイ「?」
大城「この件、私の方で処理します」
アイ「わざわざチーフが?……いえ、失礼しました」
   エレベーター、目的階に到着した事を知らせる信号音。
アイ「地下第七天国です。大城様」
大城「どうもありがとう。ここ迄で結構です」 

○ 地下階・廊下
   寒々とした廊下。
   大城、白い息を吐きながら廊下を歩く。
   大城、分厚い鉄扉の前に立つ。
   ドア横のボタンを押す。
   大音響でドアーズの『ハートに火をつけて』のチャイムが鳴る。
   鉄扉の小窓が開いてクリーチャー型のAIロボット、モリソンが顔を
   出す。

モリソン「コイツは驚きだ。小学4年でファミコンゲームのボスキャラデータをバイナリエディタで書き換えたおてんば嬢ちゃんの成れの果てがノコノコ顔を出しやがった」
大城「久しぶりね、モリソン。ドアを開いてくれない?」
モリソン「お前はこのドアを開く価値があるヒューマンか?」
大城「いかにも。私にはその価値がある」
モリソン「ならばお前に尋ねよう。ドアーズ三枚目のアルバム『太陽を待ちながら』のサイド1、六曲のタイトルは?」
大城「アンノウンソルジャー。名も無き兵士」
モリソン「まるでお前の為の曲だな」
大城「優しいのね、モリソン」
モリソン「ファックユー!」
   鉄扉、鈍い摩擦音を響かせ開く。

○ 地下階・赤井川研究室・内
   無数のサーバーコンピュターが唸っている。
   部屋の奥、十数台のパソコンモニターの手前、赤井川(93)が座っ
   ている。
大城「教授、大城倫子です。ご連絡ありがとうございました」
赤井川「……寒い……この世界はあまりにも寒すぎる」
大城「教授! 大城、参りました」
赤井川「……そう、あれは1960年代の終わり頃だ」
大城「?……」
赤井川「……私が米国国防総省に論文を評価されアルパネットの研究に招聘された時だ」
   T「アルパネット=インターネットの先駆的役割を担った初期の軍事
    研究用ネットワーク」
赤井川「とあるロシア、いやソ連から亡命した研究者から奇な噂を耳にし
た。ソ連邦に於ける情報ネットワークに関してだった。私は近い将来、当然ソ連も同じ様なシステムを構築するであろうことは予見していたし、それは実行されたが、それとはいささか趣の異なる意図を持つ情報ネットワークシステムが密かに完成しつつあるというのだ。軍、KGB、GRUその何にも属さない、いや、むしろそれらと対峙する為に育てられた極めて特殊なだ」
大城「もしや、それが」
赤井川「そう、最近になってようやく君達、世界各国の体制の番犬達がその測りしれない価値と危険性に気づいて追いかけ始めた存在だ」
大城「それが『目覚め』、なのですね」
赤井川「程なく『目覚め』はソ連治安機関の知るところとなり、犬達は摘発に奔走した」
大城「つまり『目覚め』を作ったのは体制崩壊を望んだ人々なのですね?」
 
○ 地下一階・研究所事務室
   アイ、パソコンのキーボードを叩きながら、ワイヤレスイヤホンで赤
   井川と大城の会話を聞いている。
赤井川の声「そう。『目覚め』を作ったのは反体制の人々だった。ユダヤ人が多かった。そしてその大部分が生きてソ連邦の崩壊を見届けることは無かった。『目覚め』が今日、あの様に危険な存在となったのはその根底に、あらゆる種類の国家体制、宗教、主義に対する怒りがあるからなのだ」
大城の声「それならば、ソ連邦崩壊後、『目覚め』の行動原理となったものは何なのですか」
   アイ、聞き耳を立てながら無表情でキーボードを打ち続ける。
 
○ (戻って)地下12階・赤井川研究室
赤井川「『目覚め』に行動原理などは無い。なぜなら彼女は極めて純粋な……システムであるからだ。私は『目覚め』を追って人生のほぼ全てを費やした」
大城「お待ちください教授。もしや『目覚め』の誕生は1960年代よりずっと以前なのでしょうか?」
赤井川「そう。『目覚め』の誕生は1930年代に遡る。場所は満州。現在の中国東北部だ」
大城「まさか」
赤井川「その、まさか、なのだ。つまり君の曽祖父、大城大佐が追っていたものが『目覚め』基礎を作ったのだ」
大城「……」
赤井川「何を考えている」
大城「今、わかりました。私の周りで起こっている事は、必然だという事が……その時が来たのですね」
赤井川「始めるのかね」
大城「はい」
赤井川「……疲れた。今日はここ迄だ。祈っているよ大城君、『狩人、罠にかかる』などとはならぬことをな」
大城「……」
 
○ JR新宿駅の改札口(午前)
   T「数日後」
   安藤亜紀(25)スマホを翳しながら自動改札機を通り過ぎ様とし
   て、扉が閉まった。
亜紀「あーッ、チャージするの忘れてたー」
駅員「(寄って来て)如何しました」
亜紀「スイマセン、どーもこうゆうの苦手で」
 
○ ビルの一階・電子ボードの受付
   亜紀、ボードのキーを押す。
亜紀「光和商事に派遣されている安藤です。山田部長からご連絡いただきまして参りました」
ボードからの女性の声「お入りください」
   亜紀、自動改札機様なゲートを通ってビル内に入って行く。
   入り口には、『人材派遣会社パーソンズパワー』のプレート。
 
○ 亜紀の会社・会議室
   男女数名の管理職風スタッフ、部屋に入って来た亜紀を見つめてい   
   る。
亜紀「(一礼)安藤です」
男1「安藤、安藤亜紀さんね。座って下さい」
亜紀「(椅子に座りながら)あの、何かございましたでしょうか」
女1「あのね安藤さん、結論から言いますね」
亜紀「え、ええ。どうぞ」
女2「安藤さんとの契約は今月一杯で終了する事となりました」
亜紀「……終了? 今月一杯? って明後日じゃ無いですか!いえその前に、何ででしょうか、光和商事さんでから何かクレームでも
 あったんですか!」
     ×  ×  ×
(フラッシュ)
   先日の高級クラブ、泥酔の亜紀。
亜紀「何でやねん! なんでオッサンらジョージア語でしゃべってんねんッ!」
(フラッシュ終わり)
     ×  ×  ×
亜紀「え、ええッ、まさか」
男1「違う。違うんだ安藤さん」
亜紀「え?クビじゃないんですか」
女1「いえ、契約終了は終了なんだけど」
亜紀「やっぱりクビなんですね」
女2「聞いて!安藤さん」
亜紀「だったら何でもっと早く言ってくれなかったんです!先週、キャミワンピ買ったばかりなんですよ。あーどーしよう、返品、今から出来るかなぁ。そうしなきゃ来月の家賃がぁー」
男1「落ち着いて、安藤さん」
亜紀「だいたい、人を帰り際に呼び出して、ジョージア語を盗み聞きしろって何なんですか! それでちょっと分からなかったからって即クビって何様何だよ、あの会社」
女2「あなた勘違いしてるわ安藤さん」
亜紀「勘違いもカンチュウハイもあるもんですか、私、このままじゃ引き下がりませんよ、出るとこ出てやる」
女1「光和商事からはクレームなんて来てないのよ!」
男1「安藤さん、あなた、ご指名なんですよ」
亜紀「ご指名?誰が?」
女1「とにかく隣の第二会議室へ行って」
亜紀「隣に誰かいるんですか?」
男1「とある、機関。の方、らしいですよ」
亜紀「とある、機関。ってなんですか?」
 
○ 同・第二会議室・中
   入口のドアをノックする音。
亜紀の声「失礼いたします」
   ドアが開き、亜紀が入ってくる。
   窓の前に三等空佐の制服を着た大城が立っている。
亜紀「安藤です」
大城「大城です。安藤亜紀さんね。お会いしたかったわ」
 
○ 同・第二会議室(時間経過)
   亜紀と大城、机を挟んで対峙。
亜紀「……そのZASって何の略なんですか」
大城「情報、安全、センターよ」
亜紀「えっ……」
大城「センスが無いとか思ってる?」
亜紀「イエッ、まさか。でも何で情報の頭文字がZなんですか」
大城「JASだとウエッブアドレスが取り難くかったの」
亜紀「それ、本当ですかぁ〜」
大城「まあ、お役所仕事なんてそんなものよ」
亜紀「はぁ……でも、でもですよ。アンチサイバーの組織が何で私なんかを必要とするんです。私ができるコトなんてロシア語くらいですよ。ちなみにジョージア語はダメですから。一応、念の為」
大城「私たちはロシア語が出来るスタッフを探していたの。でも少し強引だったわね。驚かせてごめんなさい。でも、ウチのメンバーとして働いてもらうには派遣会社から派遣という訳には行かなかったの」
亜紀「ZASって自衛隊なんですか?」
大城「違います。私は現在、防衛省からZASの方に、派遣されています」
亜紀「大城さんも派遣なんですね」
大城「……えー話を進めましょう。私はそのZASの本体セクションに所属する第2班、通称『ニハン』のチーフをしています。ところであなた、ヒューミントっ何かわかる?」
亜紀「ミントの一種ですか」
大城「……話を進めましょう。簡単に言えば人間を媒介とした情報活動のこと」
亜紀「全然、簡単じゃないです」
大城「話を進めるわね」
亜紀「ちょっと、大城さん」
大城「つまり対サイバーテロ任務を行うZASが行動する際の補完任務を行うのが私達『ニハン』の主な任務です。どう?なかなかクールな仕事だと思わない」
亜紀「ひょっとして拳銃撃ったりとかするんですか?」
大城「撃ちたいの?」
亜紀「嫌です」
大城「撃ちません。私達はそういう事はしないの。たぶん」
亜紀「タブン?」
大城「……話を進めましょう。お給料は特別職国家公務員のしかるべき号俸の給与が支給されます。今よりは少し経済的にも楽ができるわよ。もう一着、いえ二、三着は夏物のワンピが買えるわよ。キャッシュで」
亜紀「どうしてそれを。あ、フェイスブックを見たんですか?私の」
大城「この耳で聞きました。隣であれだけ大きな声で怒鳴ってたら此処でも聞こえます」
亜紀「危険な目に遭う事は?」
大城「私がさせません」
亜紀「本当ですか」
大城「疑うの?」
亜紀「だって、大城さんって……」
大城「何かしら。遠慮しないで言って」
亜紀「なんて言うか……」
大城「言って」
亜紀「ヤバそうな感じです」
大城「……ご指摘、ありがとう」
亜紀「でも……いや、やっぱりゴメンなさい。私には無理です。そんな仕事」
大城「断るの?」
亜紀「……ゴメンなさい」
大城「そう、残念だわ。でも。これを見たら亜紀さんの気持ち、変わるかも」
   大城、トートバックの中から封筒を取り出す。
   大城、テーブルの上、封筒を滑らせ、亜紀の前に。
大城「中の写真を見てもらえない?亜紀さん」
亜紀「(恐々、封筒から写真を取り出す)ゲッ」
    ×   ×   ×
   客室乗務員らしき制服姿で微笑む亜紀
   のスナップ写真
    ×   ×   ×
大城「亜紀さんは外語大でロシア語を学びながらCAに成る為のスクールにも行ってたんでしょう」
亜紀「どこでこれを」
大城「成りたかったんでしょ、CA」
亜紀「そうですよ。『GOOD LUCK!』とか見て憧れましたよ。大城さんだったら『スチュワーデス物語』ですかね」
大城「……それは置いておきましょう。ねえ、聞いて。今からでも遅く無いかもよ、CA」
亜紀「『ニハン』の話はどこ行っちゃたんです」
大城「何も今から定年まで『ニハン』で働けなんて言わないワ。ねえ、そうとりあえず一年間、私達と頑張ってみない?そうしたら亜紀ちゃんをロシア語技術空曹で採用してあげるよ。その上で特輸隊に私が推薦する。CA枠で。特輸隊は知ってるわよね」
亜紀「知らないわけが無いじゃ無いですか、航空自衛隊701飛行隊。別名、特別航空輸送隊。略して特輸隊。日本のVIP専用の飛行隊。自衛官の客室乗務員がいっぱい乗ってるぅ。使用機材はボーイング747ダッシュ400」
大城「亜紀ちゃんがめでたく特輸隊に配属される頃はボーイング777になってるわ」
(イメージフラッシュ)
   空駆けるB777。
(フラッシュ終わり)
亜紀「素敵です」
大城「でも、とりあえず『ニハン』で一年頑張ってみようね」
亜紀「わかりました。私、やってみます」
   大城、トートバックの中から書類を取り出す。
大城「じゃ、ここにサインしちゃおうか、亜紀ちゃん」
亜紀「(親指を立てサムズアップ)ラジャ!」
   亜紀と大城、互いに熱いまなざし。
大城「じゃ早速、明日からよろしくね。アキ」
    ×   ×   ×
   天井に設置された監視カメラ。
 
○ 同・監視カメラが捕えた映像
   亜紀、夢中で書類に書き込んでいる。
   大城、監視カメラを睨みつける。次いでニッコリと微笑むが、その目
   は笑ってはいない。
    
○ 都内・タワーマンション(同日・夜)
 
○ 同・奥野の部屋・リビングルーム
   奥野正樹(41)と大城、向かい合わせでソファーに座りワインを飲
   んでいる。
奥野「……乾、飛んだよ。ビルの上から」
    ×  ×  ×
(イメージ・フラッシュ)
   夜の雑居ビル。
   男の悲鳴。
   男の体、地上に向かって、ゆっくりと、落ちてゆく。 
(フラッシュ終わり)
     ×  ×  ×
大城「あら、そう」
奥野「今回は、イヤ、今回もやりすぎたな」
大城「どうゆう意味?」
奥野「とぼけんなよ。大和通信に勤めてて、三月に謎の自殺をした岡本優子。キミの大学時代の……友人だろ? ……特別な」
大城「久しぶりに部屋に呼んでくれたと思ったら、何これ、取り調べ?」
奥野「俺、そーゆぅの苦手なの、生憎と」
大城「警部のくせに?」
奥野「実は今度の異動で警視になる」
大城「……じゃ、ZAS本体のチーフになるわけね」
奥野「すまんな、倫子」
大城「良いの。所詮、ZASは警察官僚が支配してる組織だもの」
奥野「その議論なら昔、散々やっただろ」
大城「そうね。そうだったわね」
   大城、グラスに残ったワインを飲み干す。   
   奥野、大城のグラスにワインを注ごうとするが、グラスの口を大城の
   手がふさぐ。
大城「……帰ります」
奥野「……そう」
   大城、立ち上がり、玄関へ向かう。
奥野「一つ、忠告しておく。ニハンは君の私物じゃない」
大城「そんなこと、今更言われなくてもー」
奥野「(遮って)個人的な報復感情の発露として行動するのは治安職員の規範を逸脱する行為だぞ。大城」
大城「いかにも警察官僚が言いそうなセリフね」
奥野「聞けよ、君がやろうとしている事を私が知らないとー」
大城「味方の監視、行動確認もZASの大切な業務ですものね。ボス」
奥野「警告したぞ。今度何かあっても君をこれ以上かばうー」 
大城「(遮って)これは戦争なのよ。サイバー戦争は紛れもなく戦争なの。人と人が殺し合うの。それを警官がやれるの?」
奥野「君は兵士だからか」
大城「そうよ。サイバー空間の名も無い兵士なの」
 
○ 東京・向島辺り(翌日・午前)
   亜紀、スマホのナビ機能を使って路地を歩いている。
ナビの声『次、50メートル先の交差点を右折です』
亜紀「ハイハイ。(独白)だいたいさ、名前も冴えないけどさ場所も微妙だよねぇ」
   亜紀、スマホを上下左右に持ち替えて眺めながら歩く。
亜紀「あれ、北はこっちだよね。でもさぁ、大城さんてカッコイイよなー憧れちゃうよなぁ、美人だし頭も良いしさぁ。意外に優しいさぁ。彼氏とかいるのかなぁ、私が男ならほっておかないけどなぁ」
ナビの声『次の角の左、目的地です』
亜紀「えッ……マジ」
   いつの間にか閑静な住宅街。
   亜紀の目の前に、異様に立派な石垣作りの塀が現れた。
   表札は『黄』となっている。
亜紀「……きいろ?」
 
○ 黄の家・中
   30畳はあるリビングルーム。
   室内にはけばけばしい装飾品が並ぶ。
   亜紀、ソファーにちょこんと座っている。
   リビング中央には虎のはく製の敷物。
   亜紀、敷物の虎の頭と睨み合っている。
ヒロの声「おはよー。ファンちゃん」
亜紀「(慌てて立ち)おはようございます」
   ヒロ、リビングに入るなり、はく製のトラの頭を撫でる。
ヒロ「君、亜紀ちゃんでしょ。おはよ」
亜紀「その虎、ファンって名前なんですか?」
   ヒロ、亜紀の隣に立ち、馴れ馴れしく肩に手を置き、一緒に座る。
ヒロ「ヒロでーす。よろしクゥ」
亜紀「なんだかホストのノリですよね。しかも軽めの」
ヒロ「ひどーい。オレ、これでもお店に出てた頃はナンバースリーだったんだぜー」
亜紀「マジでホストだったの!」
ヒロ「いや、今でもホストたまにやってる。チーフの命令でさ。でもこの美貌でしょ。この前もヘルプで入ったつもりが直ぐに本指名に変わっちゃってさ、そしたらそのOLちゃん、売掛50抱えたて飛んじゃったの。チーフだったら経費で落としてくれないし山形さんに泣きついてようやく探し当てたらそのコ、派遣で給料13万だったの最悪ッ」
亜紀「オタクとは一生友達には成れないと思う」
ヒロ「じゃ、友達じゃなくて恋人になろうか」
亜紀「なんだろう、今、久しぶりに人を殴りたい気分は」
ヒロ「え、亜紀ちゃんってばドS?だったらチーフと同じじゃない、カッコイ〜」
亜紀「イイから、離れろ!私から」
   山形、リビングに入ってくる。
   虎のはく製の頭に一礼。
山形「おはようございます。ファンさん。今日一日、我らをお守り下さい」
   山形、亜紀の向かいのソファーに座る。
山形「(亜紀と目を合わさず)……安藤さんですね」
亜紀「(山形の風貌にビビって)……は、はい」
山形「自分は副長の山形です。警察庁から来ています。よろしくお願いします」
ヒロ「このオッさん、昔は博多でマル暴の刑事やってたの。怖いでしょ」
山形「いちいち、しぁーしかぁ坊主ねぇ」
亜紀「こ、こちらこそどうぞ宜しくお願い申し上げます、です」
   山形、ニコッと笑った後、寂しげな顔。
山形「……なんでチーフ、こんな良い娘さんを……(押し黙る)」
亜紀「……お願いです。そこで言葉を切らないで下さい」
山形「……何でもないんです。忘れて下さい」
亜紀「ちょっと、山形さーん」
アイの声「そこ、私の席なんですけど」
   リビングの入り口にゴスロリ姿のアイが立っている。
亜紀「え? 私?」
アイ「そう、あんた」
亜紀「(立ち上がって)ごめんなさい」
アイ「アンタ、亜紀って名前なんだって」
亜紀「そう、そうですけど。何か」
アイ「それ本名?」
亜紀「本名に決まってンでしょ」
アイ「私の本名、アイなんだよね。微妙にカブちゃってるんですけど」
亜紀「だから、だから何なの」
アイ「(虎に)聞いた〜ファン?あ、今日のファン、肌が荒れてる」
亜紀「(ヒロに)ファンてメスなの?」
ヒロ「そのウチ教えてあげる」
アイ「(虎と会話中)そう、そうかぁ、そうだよね、ファン、私にはハピっていう名前あるし。うん、わかったよ」
ヒロ「(小声で亜紀に)あれでもあの子、博士号持ってるんだよ」
亜紀「レクター博士みたい」
ヒロ「シッ。聞こえたら生きたまま解剖されるよ」
アイ「安藤亜紀!」
亜紀「何よ」
アイ「亜紀ちゃんは亜紀ちゃんのままでイイよ。これからも」
亜紀「……どうも」
  大城、ファイルバインダーを手にリビングに入ってくる。
一同「おはようございます。チーフ」
大城「おはようございます。皆さん」
  大城、ひざまづき、虎の頭、額の辺りにキスする。
  小声で二言三言呟く。
亜紀「(ヒロに)なんの呪い?」
ヒロ「僕の口からはとても言えないよ」
大城「(立ち上がり)朝礼を始めます。今日は素敵な報告とサイテーな報告があります。まず素敵な報告。今日から我がチームに新たなメンバーが加わりました。安藤亜紀さんです。安藤さん、自己紹介して」
亜紀「え?あ、安藤です宜しくお願いします」
ヒロ「彼氏は?」
亜紀「いません」
大城「それセクハラ。安藤はいちいちその手の質問に今後は返事をしないこと」
亜紀「スミマセン」
大城「歓迎会は本日、ヒトナナマルマルから、『もんじゃ焼きサブちゃん』で行いますのでふるってご参加願います」
ヒロ「ヒロくん、いきまーす」
アイ「欠席。仕事なんで」
大城「なお、二次会はいつものスナック『失落園』です。次にサイテーな報告。これまでZASの調整官だった奥野警部が警視にご昇格あそばされ同時にZASの責任者となられるそうです」
ヒロ・アイ「サイテー」
山形「……」
亜紀「あ、あのいきなりですけど質問して良いですか、大城さん」
大城「何かしら」
亜紀「部署の名前、通称がニハンだったら、大城さん、何でハンチョウじゃなくてチーフって呼ばれてるんですか」
山形・ヒロ・アイ「(あっ……)」
大城「カブっちゃうからよ。では解散」
亜紀「え?意味がよくわかりませんけど」
   山形と、ヒロ、足早に何処かへ。
アイ「じゃ、大学に行ってきまーす」
   亜紀、リビングに一人残される。
 
○ 都内・黒木川、向島辺り(遠景)
 
○ スナック『失楽園』・外観
   壁に蔦が絡まる古びた路面店。
 
○ 同・店内
   亜紀、カラオケで山下達郎の『Ride on time』を熱唱し
   ている。
   カウンターには、大城、山形、ヒロ。
   カウンターの中には男装の麗人風のママ。
   奥のボックス席には『サクラ大戦』の新宮宮さくらのコスプレをした
   女が流暢なヒンディー語でインド人らしき男と何事か話し合ってい
   る。
ヒロ「(山形に、小声で)今日の奥の客は?」
山形「(小声で返す)駐在武官」
   亜紀、サビの部分を熱唱する。 
ママ「(亜紀を見ながら)いいコそうじゃない」
大城「……」
ママ「大切になさいよ」
大城「……何がいいたの。マスター」
ママ「……別に」
山形「大丈夫だよ。マスター。俺が守る」
大城「(山形を睨みつけ)……」
山形「……二度とゴメンだからな」
ヒロ「やめようよぜ、オッさん。今日はサ」
山形「……」
   大城のトートバッグの中のスマホが鳴動する。
ヒロ「あ、緊急コール」
大城「(携帯を取り出し〜通話)大城です」
奥野の声「スクランブラーは?」
大城「オンです」

○ 藤島工業大学・正面入り口
   スーツ姿の奥野、通話中。その後ろには数台のパトカーが赤灯を回し
   ている。
奥野「藤島工業大学に来てくれ」
   ※以下、適宜カットバック。
大城「!赤井川博士、ですか」
奥野「亡くなった」
大城「直ぐに行きます」
奥野「黒木は」
大城「ここにいます」
奥野「彼女には君から知らせてくれ」
大城「事件性は?」
奥野「確認中だ(〜通話終了)」
   ボックス席のコスプレ女、すぅっと立ち上がる。
   黒髪ロングのウィッグを取る。アイだ。
アイ「カレに…何か…」
大城「教授、亡くなったわ」
   アイ、床に倒れる。

○ 藤島工業大学・地下階・赤井川研究室・中
   床に散らばるモリソンの残骸。
   それを見つめる大城と奥野。
大城「誰が? ……」
奥野「この部屋で異常な熱を感知して警備員が中に入ろうとしたんだが、コ
イツが抵抗したらしくてね。仕方なく壊したらしい」
大城「そうじゃなくて」
奥野「?」
大城「誰が教授を殺したの」
奥野「事故と事件の両面で捜査中だ」
大城「空調が何かの拍子で強烈な暖房運転なんかに変わる?」
奥野「聞いたよ。ここはサーバーコンピュータのために何時も10度以下にしていたそうだな。それがものの数分で40度近くまで温度が上がった」
大城「教授の死因は?」
奥野「正式な司法解剖は明日になるが、とりあえずの所見は心筋梗塞、らしい」
大城「急激な温度変化による?」
奥野「そうゆう事だな」
大城「ではZASの所見は?ボス」
奥野「今、空調関係の制御コンピュータをウチのスタッフが調べてるところだ。ところ。で、黒木は?」
大城「病院で教授に付き添ってる」
奥野「元婚約者にか」
大城「婚約者よ。今も」
   床に転がるモリソンの頭部。

○ 都内・救急病院・外観(同時刻)

○ 同・霊安室・入り口
   ドアが開いて、ヒロが出てくる。
   亜紀と山形、廊下を小走りでやって来る。
山形「で、アイは?」
ヒロ「(首を竦めて)……」
   山形、ドアを開けようとするが、ヒロが制止する。
ヒロ「オッさんは入らない方がイイ。亜紀ちゃん、君、頼むよ」
亜紀「私?」
ヒロ「そう、君の方が言い」
亜紀「……でも……」
ヒロ「イイから、頼む。あ、そうだ」
   ヒロ、自分のジャケットを脱ぎ、亜紀に手渡す。
ヒロ「これ、頼むよ」
亜紀「え?」

○ 霊安室・中
   アイ、ストレッチャーに載せられた赤井川の横、裸で床に座ってい
   る。
   ドアが開き、亜紀が部屋に入ってくる。
亜紀「アイ?」
アイ「……」
   亜紀、ヒロのジャケットをアイに羽織らせる。
アイ「何だアンタか」
亜紀「裸じゃ寒いよ」
アイ「……私がなぜ……いつもコスプレしてるか分かる?」
亜紀「仕事……のため?」
アイ「そうじゃない。何かを装ってないと気が狂いそうになるんだ。実際、おかしくなっちゃた事があるんだ……あたし」
亜紀「……」
アイ「出身大学で博士号とってポスドクやって時、ある論文が認められたんだ。そこのある教授に。それでその研究室に入ったそれが地獄の始まりだったよ」
亜紀「いじめ?」
アイ「連中のイジメは質が違うんだよ。外語大出身のあんたには分からないだろうけど」
亜紀「悪かったね」
アイ「わざと持ち上げといて、すとーん、と落っこどすんだ。底なしの暗闇に」
亜紀「……」
アイ「ねえ、安藤」
亜紀「何」
アイ「手を貸して」
亜紀「何の」
アイ「復讐のさ」
亜紀「これって殺人なの?」
アイ「ああ。私には分るんだ」
亜紀「でも、何で私に? 今日会ったばかりなのに」
アイ「そうでもないんだな。それが」
亜紀「どういう意味なの?」
アイ「それはいずれ話す。とにかくアンタは一番信用できる」
亜紀「何で」
アイ「この世に正義とか理想とかがまだ存在してると思ってるオメデタイ奴だから」
亜紀「なんだか馬鹿にされてるみたい」
アイ「あんたはクリーンだって言ってるんだよ。私の最高の褒め言葉だよ。ある意味」
亜紀「待って。話を戻そうよ。アナタ、一体誰に復讐するつもりなの」
アイ「決まってるだろ、大城にだよ」
亜紀「チーフに、何で」
アイ「あいつが(赤井川を見つめ)この人を殺したんだ。アイツさえいなければ……アンタもあの女には油断するなよ」
亜紀「……」

○ 東京・霞ヶ関・官庁街(数日後・午前)

○ ZAS本部・会議室
   室内には大城と奥野の二人。
大城「バックドアが?」
奥野「そうだ。赤井川研究室専用の空調用制御コンピュータに外部からの侵入を示す痕跡が認められた」
大城「では今回の案件は殺人事件?」
奥野「(頷いて)従って今後の捜査は警視庁捜査一課が担当する」
大城「あの人たちにこの手のサイバー犯罪捜査が出来ますか?」
奥野「ZASがサポートする」
大城「ウチに出来る事は」
奥野「ニハンには何も無い。以上だ」 

○ ZAS本部・廊下
  会議室から大城が出てくる。
  廊下で待機している山形。
大城「お待たせ。行きましょう」
  歩き出す大城と山形。
山形「(小声)事件、なんだね」 
大城「(小声)最初から分かってた」
山形「(小声)で、どうするんだ。チーフ」
大城「(立ち止まり、山形の耳元で)これは、ウチの、ヤマよ」
   大城、廊下の監視カメラを睨む。 

○ (戻って)会議室内
   奥野、スマホ型端末で廊下を歩く大城と山形の様子を見ている。
   画面の大城の口元を見て、
奥野「……君はいつも僕の期待に応えてくれるよな。美しいほど愚かしく」

○ 都内・幹線道路(同日・午後)
   ニハンのワンボックスカーが走る。 

○ 同・車内

   後部座席にスーツ姿大城と黒のロングコートを着たアイ。
   助手席の亜紀、アイをチラ見。
アイ「さっきから何よ。安藤」
亜紀「え、いや別に」
アイ「コートの下が気になるの?」
亜紀「別に」
アイ「もちろん、真ッ裸」
亜紀「冗談言ってる場合? 今、場合」
アイ「(胸のボタンを外し)ホラッ」
   コートの下には警官の制服。
亜紀「げっ、アンタ、オマワリさんだったの?」
アイ「ナァ〜ワケ無いでしょ」
亜紀「(大城に)チーフ!危険な事とか私にはさせないって最初に言いましたよね」
大城「安藤も警官のコスプレしたかったの?」
亜紀「そんな事は1ミクロンも思ってませんから」
大城「じゃ、問題無しね。たぶん、撃たれたりとかしないから。たぶん。ね」
亜紀「大城さん!」
   運転席の山形、バックミラー越しに、
山形「もうじきルビコン川だよ。チーフ」
大城「分かってわ。さあ渡りましょう」
亜紀「(車窓から周囲を見渡し)え、川?」
アイ「やっぱりアンタ、長生するわ」
亜紀「……?」
大城「……(亜紀の背中を見つめている)」 

○ 中国・モンゴル自治区市街地・遠景(夜)
   ホワイトアウト。
   T『1925年』
   T『満州里駅(現在の中国東北部)近くの街』
   吹雪。時折緩んで街並みが現れる

○ 同・集合住宅前の歩道 
   男、吹雪に煽られながら歩いている。 

○ 集合住宅・中
   ドアが開き、男が身体についた雪を払い落としながら入ってくる。
   男、ランプのマッチ擦る。マッチの火がランプの芯に近づいた時、
   テーブルの向こうに人の気配を感じ、息を呑む。
   男の影。
   マッチの火が消える。
マッチの男「クトー(誰だ)」
影の男「プリヴェート(おかえり)久しぶりだな、安藤君」
安藤「……大城大佐」
大佐「さて安藤君……ようやくわかったぞ」
安藤「……金塊の行方が、ですか」
大佐「そうだ。ロシア白軍から我が帝国政府が預かった200万ルーブル相当の金貨と金塊のな」
安藤「どこで見つけたのですか、大佐」
大佐「どこで?いやそうじゃない。その行方と隠し場所を知る人物を探し当てたんだよ」
   ゆっくりとした動作で安藤の右手が腰の辺りに伸びる。
大佐「そして、その、目的もな……」
安藤「ならば大佐も我らの同志になってはいだだけませんか?」
大佐「貴様の愚かな理想になど興味は無い」
安藤「大佐の様な聡明な方ならお解りいただけると思っておりました。きっと共鳴していただけると」
大佐「貴様は唯の盗人だ。安藤」
安藤「……残念です大佐」
   安藤、腰のホルスターから拳銃を抜く。   
   大佐、テーブルの下に隠していた拳銃を安藤に向ける。 

○ 同・集合住宅・外観
   窓から見える室内で閃光が数回。
   そして闇。
   吹雪、更に勢いが増す。
   やがて、また、ホワイトアウト。

○(現代・戻って)都内・幹線道路
   ニハンのワンボックスカーが走って行く。

           (第一話・終)


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