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鎌ヶ谷冒険記vol.3

かつて私がアルバイトしていたロックバー、アルカディア。亡くなった店主の面影を探して初めての墓参りに行くお話、後編です。

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帰りは稲毛に寄り道した。マスターが学生時代に通っていたロックバー「フルハウス」があるのだ。伺うのは2回目だが、マスターの師匠とも言える存在、なんとなく緊張してしまう。
客のいない店内に、爆音でジェームス・テイラーが流れていた。カウンターの中にひとり、店主の高山さんがおり、前にも来てくれたよね?と声をかけられた。アルカディアの者ですと伝えると、真っ先にああ、残念だったねとマスターの話題になった。聞くに亡くなった当時は高山さんも入院しており葬式に行けなかった、最近は通院治療が始まったとか、耳が聞こえづらくなったとかで、なるほど、爆音はそういう理由かと納得する。アルカディアも、マスターが年を取るにつれ音がデカくなった。それから、互いの店の話、コロナの話、音楽の話とおしゃべりは続くのだが、いかんせん爆音に、コロナ対策のビニールシートを挟んだ高山さんの声は半分も聞き取れず、いただいたハイボールをちびちび飲んではごまかした。
音楽は、ニール・ヤングの新譜にかわる。ジャケットに写っている小屋で録音をしたんだとか。次は、ヨーマ・コーコネン、マスターもお気に入りだったホットツナのメンバーだ。このジャケットにも小屋が写っていますね、と私が言うと笑ってくれた。すると、レコード棚からカレン・ダルトンを探し出し、ほら、これにも小屋が写ってる、案外たくさんあるんだよと言ってかけてくれた。高山さんの得意げな笑顔にマスターの姿が重なってみえる。マスターも、暇さえあればこんなふうにレコードを探して遊んでいたな。私は何かこみ上げるのをぐっとこらえて、大げさに笑って見せた。

マスターは、学生時代に通ったきりで、亡くなる数か月前に再訪を遂げるまで40年近く店には来ていなかったらしい。でも高山さんはマスターの事をよく覚えていた。彼はこれが好きだった、と言ってジャクソン・ブラウンを流してくれた。レイト・フォー・ザ・スカイ、私も一番好きなアルバムだ。アルカディアでジャクソン・ブラウンといえばファーストアルバムかな、と思っていたけれど、マスターも若いころはこちらが好きだったのかもしれない。それがちょっとだけ嬉しかった。
このジャケットは壁に飾っているんだ、と紹介されて、店内を見渡してみた。壁一面に選りすぐりのレコードジャケットが並んでいる。木製の椅子やテーブルには花が飾られていて、それをライトがあたたかく照らしている。アルカディアを思い出さずにいられなかった。こんな店に憧れて、こんな場所を作りたくて始めたのだろうかと、マスターの40年前を想像した。
もちろん、フルハウスにもアルカディアにもそれぞれの独自性があることは言うまでもない。マスターは好きなバンドの現在には興味がなく、あとネットはからきしダメだったが、高山さんは最新アルバムを気に入って聴いているし、SNSも使いこなす。それでもどこか同じ匂いを感じるのだ。居心地が良くて、ついもう一杯を頼んでしまった。
コロナ対策であっという間に閉店の時間が来た。結局私たち以外客は来なかった。店を出ると、ガラス窓の猫に気づいた。いろんな猫の置物が、招き猫代わりにディスプレイされていた。猫のいるジャケット、キャロル・キングのタペストリーが飾られているのも可愛らしい。昼間のも招き猫だったのかもな、とまた後ろ髪を引かれながら帰路についた。
 
お墓では、マスターに会えなかった気がする。そこに居たのだろうけれど、私は会えなかった。ただ、道中の景色やフルハウス、高山さんのおしゃべりからマスターを再発見できた。やっぱり、思い出して語ることで、記憶の中で出会うしかないのかもしれない。
マスターの病気が分かり、万が一の時が来たらアルカディアは関係者で引き継ぐと決まった時、「良かった、僕が死んだ後も店が続くと思うと安心」と言っていたのをよく覚えている。意外だな、と思ったのだ。店はマスターの人生だから、マスターのいないアルカディア、他人が生きるアルカディアを望まないような気がしていたから。でも浅かった。マスターを皆が大切に思い続けるためには、マスターが作ったアルカディアがなくてはならないのだ。さみしがり屋だから、それをよくわかっていたのだろう。
アルカディアは、生前の約束通り、鎌本さんを中心に営業を始めている。当然これまでの雰囲気とは違ってきているけれど、変化には寛容なマスターだったから、きっと喜んでいるはずだ。私もそれを楽しみながら、でも時々マスターの話をしに行こうと思う。

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