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第七候 蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)

桃の枝を飾った。ただそれだけで、この世の見え方が少し変わる気がする。

昔の人も、なにも確かなことなどないこの浮き世に、それでも春が復(ま)た来ること、そうして桃の花が咲くことを喜んでいたと聞く。

うれしくも桃の初花見つるかな また来む春も定めなき世に

藤原公任『公任集』

春が来ることも、桃の花が咲くことも、当たり前ではない。昨日の夜、私が静かに眠りに就いたことも、今朝目を覚ましたことも。

明日には、一時間後には、一瞬の後(のち)には、わたしはここに居ないかもしれない。明日も、明後日も、1年後も生きているような顔をして皆生きているが、私たちは本当はいつでも、つかのま現れては消えていく霧のようなものだ。


いまは啓蟄(けいちつ)。蟄(すごもりのむし)が巣ごもり穴の戸を啓(ひら)き、この世の中へ這い出ずるとき。冬の間この世から離れていた小さな生き物たちは、幸福だろうか。小さな生き物たちは、暖かくなり春めく世を、どんな眼で、手で、肌で感じているだろう。

浮き世、憂き世とも言うとおり、生きていくことには慢性的な苦が伴う。それでも、桃の枝を飾ることだけでも、わずか晴れる余地がある。そのことに励まされる心地もする。

明日、明後日、明々後日、穏やかに桃の花が咲いてゆき、それを見届けられるといいなと思う。


よく聞きなさい。「きょうか、あす、これこれの町へ行き、そこに一か年滞在し、商売をして一もうけしよう」と言う者たちよ。 あなたがたは、あすのこともわからぬ身なのだ。あなたがたのいのちは、どんなものであるか。あなたがたは、しばしの間あらわれて、たちまち消え行く霧にすぎない

ヤコブの手紙 4章13〜14節




参考:山下 景子(2013年)『二十四節気と七十二候の季節手帖』成美堂出版https://www.seibidoshuppan.co.jp/product/9784415314846

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第七候 蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)
3月6日〜3月10日頃

蛇や蛙、蜥蜴とかげも含む小さな生き物たちが、巣穴から這い出てくる時期
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(仲春、啓蟄・初候、第七候 蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく))

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