人間が大切にせねばならないモノ
新人VTuber 名梨ナイです。
わたしはふだん旅をしたりしています。
これは昨日の日記です。
昨日わたしは街を見下ろす山にいました。
山の上の風が強く、よく唸りました。
よく喋る風でもありました。
テントを揺らしては、ナイや他のキャラバンの団員を起こして話し相手になるよう言うので、みんな代わる代わる交代で風の話し相手を勤めました。
わたしの番になると風は大きく唸り、得意気に話し始めました。
おれはとあるニンゲンがいちばん大事にしているモノを奪ってやった
だからこれはとんでもないお宝に違いない
それまで、団員に散々話していた風は気分がよいらしく、ぐわっと大きく吹き上げ、抱えていた『とあるニンゲンがいちばん大事にしていたモノ』をわたしの真上に掲げてくれたのです。
それは日本円にして、55円程度の値引きシールが貼られた、シュークリームでした。
あの、山の下に燦々と輝く街にいる誰かが、大事に大事に抱え込んでいたシュークリーム。
誰が、どんな思いで手に持っていたのでしょうか。
しかしなんと馬鹿馬鹿しいことか。
なんて食いしん坊なのか。
風が勘違いするくらい、大事に持っていたなんて。
「明日には腐ってしまうものですよ!!」
ナイは叫びました。風の声に負けないように。
すると風はぴたりと止んで、シュークリームは真下のわたしにクリーンヒット。
良い感じに口に入りました。
風はそよそよと揺らぎ、動揺していました。
明日には返すつもりだったそうです。
しかし明日にはシュークリームはもう腐ってしまいます。何せ大特価なので。
とりあえずおいしく頂きました。
風はゆらゆらと木々を揺らしながら『人間が大事にするのはもっと長く長く持つものだと思っていた』と言います。
お金、初めて買った宝石、おじいさんからもらった時計、さよならの手紙。
明日腐るものを齧りながらわたしは常温の生クリームが傷み始めています。
夜明けが近いです。
街は光を弱め、代わりに地平線が黄色く染まり始めました。
一瞬の内の大切でたまらないもの。
わたしは永訣の朝、という詩を思い出しました。
これから死んでしまう妹に差し出す一杯の雪。
この不味いシュークリームにもそんな物語があったのかもしれません。
ぜんぶわたしの想像ですが。
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