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私が進撃の巨人で1番好きな回【傍観者】


進撃の巨人71話である【傍観者】は王政編のエピローグであり、私が最もお気に入りの回です。訓練兵団教官の【キース・シャーディス】の回想を軸にグリシャとの出会いをエレン達に語るこの回は作中唯一と言っていい程何も起こりません。

ただキースの話を聞き、伏線の設置も回収も無いまま終わっていきます。
一見退屈なような回ですがこの回で感動し、涙を流す方は少なくありません。人間らしい感情、無償の愛、心の奥深くに突き刺さるような人間ドラマが秀逸な演出と共に繰り広げられるのです。

進撃の巨人という作品において最も主要的な組織である調査兵団は死をも恐れぬ英雄として読者に印象付けられています。その印象通り、作中でも幾度となく苦難を乗り越えてきました。
どの作品でも言えることですが、主要キャラというものは一人一人に個性や特色があり、替えのきかない存在となっていて、進撃の巨人ではそれがより顕著になっています。人類最強の戦力、現状を打破する判断力、謎を解き明かす知力etc…。一見可憐で作品においては華を飾るような役目でしか無いように見えたキャラですら佳境では重要なキーパーソンとなりました。それ程までに進撃の巨人は登場人物全てに意味を持たせているのです。

一方で71話の語り手となるキース・シャーディスは自らのことを【何も変えることのできない傍観者】だと揶揄します。彼は第12代調査兵団団長であり、退団後は訓練兵団教官として兵士教育に務めていました。第1話で団員の遺族に自分の無力さを嘆き慟哭していたあの団長こそが彼であり、後にエレンら104期生を厳しく指導する立場として再登場を果たしています。初見では中々気づけない程の風貌の変化に彼が相当苦労した事が毛根を通して分かります。


彼は団員時代、自分を他の者とは違う特別な存在であると自負していました。壁の中での生活に満足している周りの人間とは根本的に考え方が違ったことからそう捉えるようになったのです。壁の外へ期待を抱く姿はどうしても冒頭のエレンを彷彿とさせます。

しかし、残念ながら彼は主人公ではありませんでした。


自分の道を絶対的に貫き、幾度となく壁外調査に臨んだキースはやがて自身が特別では無いことに気が付き、その劣等感と後悔により団長を辞任します。これは歴代唯一、先代が生きたまま団長が交代した事例となりました。

華々しい成果を上げている同僚、部下に対して劣等感を感じることは現実世界でもよくある話であり、それ自体はごくありふれた感情だと思います。

しかしキースは人類の存続を願い、そのためならば心臓を捧げると誓った兵士です。本来ならば自分のコンプレックスは愚か、命すらも意に介すことは許されません。それにも関わらず、悲願である人類の存続に貢献した他の兵士や医師を妬み、羨み、決して前向きなものとは言えない感情をぶつけます。
そこには確かなエゴがあり、彼らが兵士である以上に死生観の違う私達となんら遜色の無い、当たり前の感性をもった人間であることが分かります。

友情・努力・勝利
この三原則で育った私には、この次にも繋がらない程の挫折と劣情を描いた場面はあまりにもショックでした。本来漫画のキャラとはフィクションであることを利用して逞しい精神力、憧れてしまうような強靭な信念を持たせることが出来るはずなんです。
しかしこの漫画のキャラは性格が妙にリアル

仲間が巨人に食われている光景を目にしたダズの台詞もまた、私にとってかなり印象的なシーンでした。一見最悪の発言にも捉えられますが、この心境は彼らが普通の人間であることを象徴しています。

そして、獣の投石によって命を落としたマルロが最期の瞬間に思い耽ることも、何ともカッコのつかない、チグハグなものでした。名誉ある戦死なんて聞こえは良いですが、それが生存者の押し付けであることを痛感させられる苦しいシーンです。

そんな人間の深層心理を飾らない作品だからこそ、感情移入して読むことに抵抗が無く、その本質の全てを詰め込んだ71話は私にとって一番大事にしたいエピソードとなっております。

また、キースと同じように王政編にて自分自身が特別なわけでは無いと気付いてしまったエレンは同じように喪失感に襲われます。そんなエレンに、キースはエレンの母であるカルラの生前の言葉を聞かせました。
ここのシーンのアニメ演出が特にお気に入りなので是非ご覧頂きたい。

命を賭して戦っている主要人物に対しリアルで人間らしい目線を向けたキースはやがてその感情を諦めることで昇華させました。
決して吹っ切れたわけではありません。自分は特別じゃなかった。ただそれだけのことを受け止めたのです。
自分が上手くいかないのは環境のせいだ、周りのせいだ。人間誰しもが考えたことのある言い訳を真っ向から否定するようなそれは皆が1番気付きたくない真実でした。それを受け入れることは容易なことではありません。

ケニーの言葉を借りるのならば【特別な存在の奴隷】であったキースは、ようやく酔いから醒めたのです。

キースが入団式の通過儀礼としている
【それまでの自分を否定して真っさらな状態から兵士に適した人材を育てる】ための罵倒も、もしかしたら過去の自分の驕りを教訓としているのかもしれません

以上、私が作中で1番お気に入りの回の話でした。
彼は自己評価を低く見積もっていますが調査兵団として長年生存し、当時のハンジからは羨望の眼差しを向けられ、最終的には自分の弱さを認めより優秀なエルヴィンに団長の座を託し、その後は兵士の育成に務め、その成長を見届けました。これらは十分な功績であり、特別じゃなくともキースが優秀な兵士であったことを物語っています。どうか自分のことを誇れるようになって欲しいと個人的には思います。

これらのことを全て踏まえ、今後キースが作中で見せる立ち回り、元調査兵団としての実力、目にするもの、そして最終局面で身にまとっている隊服。
まだ見てない人は早く見て。もう見た人ももう一度見てください。