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○そば湯愛してる

食後、店員さんが「はーい置いときます〜」と言って机にどん、と置いたそれ。
しげしげ見つめていたら、母が「そば湯だよ」と言った。
「そば湯?何それ」
そう尋ねると、「そばを茹でたお湯」という。これをざるそばのつゆに入れて飲むことで、茹でるときにお湯に溶け出したそばの栄養までも摂れるとのこと。
ざるそばを頼んだ人のみに与えられる特権のように思えてうらやましく感じた。初めてみる容器にじっと目を凝らす。

注ぎ口の付いた容器を傾けると、ほわっと湯気が立った。とぽとぽとぽ、薄い白味がかったお湯がつゆの茶色を薄くしていく。
「飲んでみたら?」
そういって差し出されたそば猪口を、わくわくしながら口に運んだ。
ごくり、と飲んでひとつ。
「え」
思わず声が出た。
「ただの薄まったつゆじゃん......」
特別な飲み物のように見えてわくわくしたそれは、期待外れの気がしてがっかりしたものである。
それが、そば湯との初めての出会いだった。

あれから約束20年、私は食べたあとの胃の冷たさが苦手で、ぬくいそばばかり頼むつまらない大人になってしまった。

ところが、転機は突然訪れる。
人生をゆるがす大事件が起きたのだ。

山形に行ったときのこと。
そば屋激戦区のこの県で入ったあるお店で、「板そば」という表示を見つけたのである。

板そば...?

「お待たせしました板そばです〜!」そう言って運ばれてきた、隣の夫婦のそばをじっと見る。
大きな長方形の木の板にこんもりと盛られたそばは、2〜3人前はあろうかというほどの量がある。
しかし、そば好きの多く住むこの地域の人の大半がそうなように、この2人もぺろりと平らげていた。ほとんどの場合天ぷらなどの付け合わせは注文しないようだ。ただ一心にそばをつゆにつけ、するするとかきこんでいる。
まさに「そばそのものの風味を味わう」といった様子で、なんだか粋な食べ方に思えた。

それを見て、生まれて初めて「ざる(板)そば食べたい!」と思った。

注文して出てきたそれは、うん、なるほど美味しい。「あいもり板そば」にしたので、ゴリゴリとした荒い食感と、するするとかきこめる軽い食感どちらも楽しむことができた。
甘めのつゆにもよく合う。そこにネギとわさびを入れると、辛味が合わさってどんどん箸が進む。
む、もしかして冷たいそば、相当美味しいのでは...?!

「美味しかったー!お腹いっぱい」
大満足で箸を置いたとき、店員さんがそば湯を持ってきた。

お、と思った。
そば湯...そば湯かあ。
あの、つゆを薄めるやつでしょ?満腹だし、わざわざ飲まなくてもいいかなあ...
そんなことを考えつつ、でもせっかくだし、と容器を傾けた。

「え?!」
驚いた。注ぎ口から出てきたのは、まるで「片栗粉でも溶いたの?!」というほど白濁し、とろみがかったお湯だったからだ。
そば猪口一杯に注ぎかき混ぜると、もうそれまでの器の景色ではなくなっていた。
つゆに薄い霧がかかっているみたいで美しい。

ひとくち飲んでみる。
「ほお.....」
思わずため息が出た。
そばで程よく冷やされた内臓にじんわり染みていく。ああ、そうか。滋養ってもしかしてこういうことか...!
むちゃくちゃ感動した。
そば湯は、そばを楽しんで冷えた身体を温めて〆る、とても合理的な料理のひとつだったのだ。
食って、人を身体から幸せにするんだなあ...と思った。思いがけず、食の幸せを発見できたそば体験だった。


しかし、思いがけず不幸なこともあった。
あのそば湯の衝撃が忘れられず、それ以後も積極的にそば屋で冷たいそばを頼んでいるのだが、なかなか理想のそば湯に出会えないのである。
中にはそば湯そのものを出さないお店があったりして、そういうときは「メインディッシュは?!」と暴れ出したいような気持ちになる。

「そば湯がないざるそばなんて!!!」

もうすっかりそば通ぶってしまう、わがまま者の誕生だった。



(食欲をさがして 5)

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京都のアーティスト集団 安住の地 所属。http://anju-nochi.com 脚本・演出・企画・編集・たまに役者。 元 広告代理店営業・出版社編集。 好きなウルトラ怪獣はカネゴン。
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