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2024.2.14「マカ」

うるうアドベントカレンダー19日目。
今日は2024年2月14日。
4年前の今日は、うるう静岡公演2日目です。

こんばんは。耳は長いですが、兎ではありません。
ウマとシカとの間に生まれた幻の生命体、マカです。

月夜の森の中で、ヨイチは不思議な動物の影絵を作って遊んでいます。




影絵

手影絵は江戸時代の文献にも見られる、古くから日本にある遊びです。

十返舎一九『於都里伎』で紹介されている手影絵

1810年に刊行された十返舎一九の『於都里伎(おつりき)』という冗談本には、現実的には作ることのできない影絵が描かれます。その前段として、序章の部分では実際によく作られる手影絵が紹介されています。
当時の時代を反映したものも多い一方で、ウサギや鳥などの動物の作り方は、現在に広く知られている手影絵と同じものが多いことがわかります。

『世界遊戯法大全』(1907)で紹介されている手影絵

その後の1907(明治40)年に出版された『世界遊戯法大全』の中にも、現在よく見られる手影絵の多くが紹介されています。
この当時、ヨイチは11-12歳です。ヨイチが生まれる以前の江戸時代から知られていた手影絵という遊びは、彼が子どもの頃の日本においても一般的であったと想像できます。
昔から一人遊びが得意だったであろうヨイチにとって、影絵もまたなじみ深い遊びなのでしょう。


キメラ

「ウマとシカの間に生まれた幻の生命体」であるマカは、いわゆる「キメラ(chimera)」と捉えることもできます。
キメラは生物学において、同一個体のなかに2つ以上の異なる遺伝子が存在することを指します。

現在は生物学上の用語にもなっていますが、その語源はギリシア神話に登場する怪物「キマイラ」が由来となっています。

ギリシア神話のキマイラ

キマイラは上の絵のように、ライオンの頭、ヤギの胴、ヘビの尾を持つ、伝説上の怪物です。
こうした複数の動物の特徴を組み合わせた空想上の生き物は、グリフォン、麒麟、鵺など、世界中に存在します。

生物学上で「キメラ」という言葉が使用されるきっかけとなったのは、ドイツの植物学者ハンス・ヴィンクラーの研究がきっかけでした。

ハンス・ヴィンクラー(Hans Karl Albert Winkler, 1877.4.23 - 1945.11.22)は1916年、イヌホオズキとトマトの接ぎ木から実験的にさまざまな植物を生み出しました。
ヴィンクラーがこれを「キメラ植物」と呼んだことから、生物学上の用語としてキメラが使用されるようになったといいます。

こうした接ぎ木による「キメラ植物」の研究は、ヨイチのまつぼんぐりの遊びやトマトとマジルの掛け合わせなどを想起させます。


ヴィンクラーは、イヌホオズキとトマトの接ぎ木から生み出した体細胞接合体のことを「ブルドー(Burdo)」と名付けました。
これはヘブライ語でラバのことを意味します。こちらも、ウマとシカの間に生まれたマカの存在を連想させます。

ラバ(ウマとロバの交雑種)

ウマとロバを親に持つラバは古代エジプトの時代から知られる動物で、ロバとウマのそれぞれの長所を併せ持った動物であると言われています。
ラバのようにそれぞれ異なる種を親に持つ動物は、異種交配によって生み出されます。
ラバ以外にも、異種交配によって生み出される動物は数多く存在します。ヒョウとライオンの間に生まれた「レオポン」は、日本の阪神パークでも育てられ話題になりました。

こうした異種交配は、近い種類の動物同士でなければ不可能です。しかし、異なる種族の動物同士を掛け合わせる試みが行われたことがあります。

ヤギとヒツジを交雑して1984年に生み出された「ギープ」(goat+sheep→geep)は、キメラ動物として知られています。

ヤギとヒツジは染色体の数が異なるため、ラバのように自然交配によって生み出されることはありません。
ギープでは人工的に受精卵を操作することによって、不可能であると思われていた異種の動物同士を掛け合わせることに成功しました。

※ヒツジとヤギの交雑種は近年、自然交配でも誕生しているようです。


しかし、こうした異種交配によって生み出される動物は短命であったり、繁殖能力を持たないことが多くなります。
キメラ動物をはじめ、このような人工的な異種交配は倫理的に問題視され、現代において積極的に行われることはなくなりました。


ウマとシカとの間に生まれた幻の生命体

ヨイチが生み出した「マカ」にあたる、ウマとシカの間に生まれた生命体は、今のところ生み出されていないようです。
ギリシャのキマイラや日本における鵺のように「伝説上の生き物」としてヨイチの影絵を捉えることもできますが、ヨイチの父親や呉村先生の研究のことを思うと、マカという存在もまた、異種交配やキメラ動物といった現実を思い起こさせます。
(もちろんマカは「幻の生命体」なので、あくまでも『うるう』という作品のモチーフとして捉えた場合ですが)

ウマとシカの間に生まれた、と聞くと、多くの人は「馬鹿」という言葉を連想するのではないでしょうか。
馬鹿という言葉は、『うるう』の中では唯一以下のセリフで登場します。

馬鹿ヨイチ 馬鹿ヨイチ
ヨイチの馬鹿さはこの世一
よそもの のけもの あまりもの

子どものころ、ヨイチが仲間外れにされる時に囃し立てられていた歌の一節です。
「よそもの のけもの あまりもの」という言葉は、学年をごまかすために何度も転校を繰り返していたヨイチの状況を物語っています。
ヨイチ自身は4回も同じ学年を繰り返していたのですから、むしろ勉強はよくできたはずです。それでも「馬鹿」とはやし立てられていたのは、その事実がばれないようにわざと勉強ができないふりをしていたのでしょうか。

これは完全に個人的な妄想にすぎませんが、「マカ」は馬鹿にされ仲間外れにされた子どもの頃のヨイチが生み出した慰みのような存在なのではないか、と想像しています。
できればその存在を生み出したのがヨイチ自身ではなく、その傷を癒すために影絵を作って遊んでくれたような彼の友達や家族であれば、と願ってしまいます。


[参考文献]
東条英昭『動物をつくる遺伝子工学 : バイオ動物はなぜ必要か?(ブルーバックス)』講談社、1996年
今井裕『クローン動物はいかに創られるのか(岩波科学ライブラリー ; 56)』岩波書店、1997年

次の更新は横浜公演の4年後、2月19日です。

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