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2023年6月に観た映画・演劇

それなりに内容について触れて書くと思うので、一応ネタバレ注意。


aftersun/アフターサン

監督:シャーロット・ウェルズ
2022年
101分

11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。

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記憶・思い出をめぐる物語。
多くを語ることのない作品だが、ひとつひとつの描写が心に深く染み込んでいき、人によっては、または鑑賞のタイミングによってはかなり引きずってしまうだろう。
最初に書いておかなければならないのは、淡いフィルム調の画の中で男性と女の子が笑っている優しいポスターのこの作品だが、精神的に不安定になっている時、今自分ちょっと弱ってるなという時の鑑賞は避けた方がいいかもしれないということだ。

徐々に浮かび上がるポラロイド写真。
無理して買った絨毯。
洗面台の鏡。そこでカラムがとってしまうある行動。
父の記憶と共に、全てがまさに「アフターサン」=日焼け跡のように、ヒリヒリと観客にも残っている。

ソフィは父のビデオを何度も繰り返し見ているというよりは、あの時の彼の年齢に自分がなったことで、ようやく見ることができるようになったのかもしれない。
誰しも、人生のある時点で「親」もひとりの人間であるということを知る時があるだろう。
幼き自分が、あの時の父にできることが何かあったのだろうか。
父はあの時、何を思っていたのだろうか。何に苦しんでいたのだろうか。
例えば今なら、彼にとってもう少し生きやすい時代なのだろうか。
いくら考えても答えは出ず、そこにあるのはただ思い出だけ。
自分も30年くらい生きているので、突然の別れを迎えてしまった人もいる。
その人のことも思い出す作品だった。
なぜあの人はあの選択をしたのか、やはり考えても答えは出ない。

あの幕引き、そして劇中で流れるUnder Pressureがしばらくは頭で鳴り響いて離れない。



スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース

監督:ホアキン・ドス・サントス
ケンプ・パワーズ
ジャスティン・トンプソン
2023年
140分

マルチバースを自由に移動できるようになった世界。マイルスは久々に姿を現したグウェンに導かれ、あるユニバースを訪れる。そこにはスパイダーマン2099ことミゲル・オハラやピーター・B・パーカーら、さまざまなユニバースから選ばれたスパイダーマンたちが集結していた。愛する人と世界を同時に救うことができないというスパイダーマンの哀しき運命を突きつけられるマイルスだったが、それでも両方を守り抜くことを誓う。しかし運命を変えようとする彼の前に無数のスパイダーマンが立ちはだかり、スパイダーマン同士の戦いが幕を開ける。

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前作でアニメーション映画に革命を起こしたと言っても過言ではないこのスパイダーバースシリーズ。
今回はIMAX字幕版で鑑賞。
この圧倒的なアニメーションはIMAXの巨大スクリーンで観ると面白さも倍増だった。
あまりに画面内の情報量が多すぎて、自分の小さな脳では処理が追い付けなかったのか、全く退屈していないし超面白いのに途中で若干眠くなったくらい。
上映時間もわりと長いので、良い意味で鑑賞後は疲労感たっぷりである。
もはや湯浅政明の映画?と思うほどに実験的な映像表現の数々。
とても一度観ただけでは画面内で起こっている出来事を把握しきれない。
レゴのスパイダーマン世界があったのは、脚本を手掛けたフィル・ロード&クリストファー・ミラーコンビの過去作『LEGO® ムービー』の繋がりかもしれない。

これまでスパイダーマンシリーズでは「お約束」とされてきたとある事柄。
そのお約束=運命に抗おうとするマイルズ。
ひとりの観客として、このお約束について「今回はどう描く?」とスパイダーマン作品が出るたびにどこか楽しみにしている自分がいたかもしれない。
しかし、なにもお約束を守って皆がつらい運命を辿ることはない。
こうなれば、マイルズがどう自らの運命を壊していくのかを見届けたいし、エールを送りたくなる。

事前情報を入れなさすぎて、普通に前後編だということすら知らずめちゃくちゃ「後編へ続く!」なクリフハンガーエンドに驚いた。
この技術量だと後編はあと何年待たされるか…と思っていたが、どうやら予定通りにいけば2024年3月に後編が全米公開とのことで、意外と早く観られそうで嬉しい。



カード・カウンター

監督:ポール・シュレイダー
2021年
112分

元上等兵ウィリアム・テルはアブグレイブ捕虜収容所における特殊作戦で罪を犯して投獄され、出所後はギャンブラーとして生計を立てている。罪の意識にさいなまれ続けてきた彼は、ついに自らの過去と向きあうことを決意するが……。

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『スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース』では声の出演をしていたオスカー・アイザック主演映画。
さらにポール・シュレイダー監督&脚本、マーティン・スコセッシ製作となれば観に行かないわけがない。
あのオープニングのレタリングの雰囲気から、「あぁ、タクシー・ドライバーとか、あの頃の作品を観ているようだ」と思わせてくれる。
映画を好きになって過去作品も観始めて、そこで70年代くらいのめちゃくちゃ面白いハリウッド映画に出会った時の高揚する気持ちを思い出した。

映画は絶対面白いんだろうけど、ポーカーとかギャンブルのルールは分かんないからな…と思いながら観に行ったものの、これはいわゆる勝つか負けるかのギャンブル映画ではない。
カードゲームはあくまで物語を動かすもののひとつであり、この作品が描くのは、傷を負ったひとりの男の精神の深い部分についてである。

おそらくアブグレイブ刑務所が元ネタと思われるが、いろいろ映画を観てきた中でも特に最悪な刑務所が出てくる作品である。
激しい音楽と独特なカメラワークも相まって、そこでのシーンはかなり精神を削られた。
一部を除いて基本的には静的な映画だが、印象的なショットが次々出てくるため視覚的に全く飽きさせない。
とある伏線を回収するシーンも、台詞で説明するのではなく画像1枚だけで観客にはっとさせるところがとても映画的。

オープニングだけでなく、ラストショットからのエンドロールも美しい。
オスカー・アイザック推しとしての贔屓もあるが、個人的には今年ベスト級に好きな作品である。
こういう作品に出会うために映画を観続けているのかもしれない。



また点滅に戻るだけ

劇作:蓮見翔
2023年
115分

埼玉県所沢市内にある寂れたゲームセンター。そこで久しぶりに集まった地元同級生のミオ、アズサ、チハル。ミオは芸能活動をしているが、スキャンダルにより事務所を辞めていた。ミオと過去に付き合っていたアツシ、その友人ゴトウもまた、ゲームセンターで再会を果たす。次第にゲームセンターの店員、常連客らも巻き込み、ミオのスキャンダルを巡る過去のとある事件について彼らは記憶を辿ることになる……。

名前だけどこかで聞いたことがあったダウ90000。
面白いとの噂で気になっていたら、コント演劇の最新作が配信されていたので初めて観ることができた。

おそらくこの脚本を書いている人は自分と歳が近いのだろう。
劇中で出てくる様々な固有名詞とか、プリクラ文化とか(もちろん今もあるけれど)、どこか通じる空気感があるような気がした。
舞台はワンシチュエーションで、まるごとゲームセンターのフロアになっているのが面白い。設置されたプリクラの機械が目を引く。

誰が誰と過去に付き合っていたか、そして今は誰と付き合っているのか、結婚したのか。
実はみんなが知らなかった、誰かと誰かが過去に付き合っていた事実。
地元内での恋愛は、傍から見ればまるでコントのように複雑に入り組んでいる。
「猫より可愛い、寿司よりまずい」。狭いコミュニティ内でのみ通じる、今思えば意味不明な合言葉のようなものも、どこか懐かしい。

今の自分は過去の全ての積み重ねである。
私達は互いに影響し合い生きていて、寂しくともきっと誰かが誰かのことを見ているのだ。
散々笑ってからの、ラストのなんとロマンチックな幕引き。

まだメンバーの名前も全然知らないけれど、これからも新作が発表されたら観てみたい。
そしていつかは生で、周りの人の笑い声とともに鑑賞することができたら更に楽しいんだろうな。

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