君知るや口腔アレルギー症候群

前回、帯状疱疹にかかった話を書いたら、多くの方から「おだいじに」とお見舞いの言葉をいただいた。私はとにかくからだが丈夫で、これまで大きなん病気にかかったことがない。なので、「ゆっくり休んでください」「つらいでしょう。大丈夫ですか」といったやさしい言葉をかけてもらうのはほぼはじめての経験で、恐縮しながらもなんともいえずうれしい気持ちにもなった。本当にありがとうございました。


その帯状疱疹だが、1週間で実はほとんど良くなった。憎らしいほど赤々としていた湿疹もいまはほぼ色が消えた。あの眠れないほどのピリピリ感も当時を100とすれば1か2まで弱まった。「帯状疱疹後神経痛」が出るのは湿疹が消えてしばらくたってからだからまだわからないが、「まあ大丈夫ではないか」と根拠もなく思い込んでいる。

これでは、いくらなんでも「まだ痛みがけっこうひかなくて」などと書いて、またやさしいお見舞いの言葉をねだるわけにもいかない。ただ、自分の体調(の悪さ)について書くことのおもしろさに味をしめてしまったので、ここ数年、私が悩んでいるある不調について書いてみたい。

「わかった。それ、更年期障害でしょう」という声が聞こえてきそうだが、残念でした! そんな時期はとっくにすぎ去った。更年期障害が起きるのは「閉経をはさんで前後の5年」と言われており、もう還暦を迎えようという私にとっては、「コーネンキ……コーネリアスの仲間だっけ?(ファンのみなさんごめんなさい)」というくらい遠い昔のできごとだ。それに、よく言われる更年期障害の症状、顔が火照るホットフラッシュなどもほとんど経験しないまま、なんとなくその時期がすぎた。本当に私は病気とは無縁、丈夫で長持ちする体質なのだ。


しかし、そんな私もここ数年、「こりゃまいったな」と思うほど苦しんでいることがある。それは「口腔アレルギー症候群」だ。

君知るや口腔アレルギー症候群。

これは医療の世界でも最近になって知られるようになった、とてもナウい(失礼)アレルギーなのである。日本アレルギー学会の説明にはこうある。

「近年、アレルギー診療において遭遇する果物や野菜による食物アレルギーでは、一人の患者さんが多種類の果実や野菜により症状が誘発されていることが少なくありません。」

(興味がある人は下のホームページを見てください)

実は、私の母親も60代になってから、この口腔アレルギー症候群が発症した。母の場合は「桃アレルギー」で、それまで桃はとても好きだったのに、あるとき桃の皮をむこうとしたら突然、呼吸が苦しくなって死にそうになったのだそうだ。医学的にはアレルギーが急激に起きて「アナフィラキシー」という強い反応が、喉やその奥の気道で生じたのだろう。

アナフィラキシーは場合によっては命取りになるので、最近は「ソバ製品を口に入れたらアナフィラキシーが起きる」とわかっている人は、自分でできる「エピペン」という薬の注射剤を持ち歩くことが多くなっている。注射といってもエピペンはまさに太いペンのような形状をしており、それを服の上から太ももに押し当てると針が出て筋肉内に薬液を注入する、という仕組みだ。それがないときは、救急車を呼んでとにかく近くの病院でアドレナリンの注射を受ける必要がある。

桃でアナフィラキシーを起こしたときの母親は、救急車を呼ぶこともなく、静かに横になっていたらそのうちおさまったのだという。あとでその話を聴いて、「どうして誰かを呼ぶか119番するかしなかったの!」と父親も私も怒ったのだが、「すぐ、あ、これは桃のせいだな。桃から離れてしばらく静かにしていれば治る、と私にはわかっていた」などと開き直っていた。

「まあ、おさまったから良いようなものの、ヘタすればたいへんなことになっていた」などと思いつつ、当時(20年ほど前だったはずだ)は皮膚科やアレルギー科の教科書にも「桃のアレルギー」などは載っていなかったので、私は「桃に生えてる繊毛のようなものがハナに入ってアレルギー反応を起こしたのか」などと自己流の解釈をしてそのまま放置していた。「まあ、桃はもうやめた方がいいね」と言うと、母は「あたりまえじゃないの!あなた私をコロしたくなったら、桃を送るといいわよ」と気色ばんだ。子が子なら、親も親だ。


そして、それから15年ほどがたった2015年。

私は、それほどひどくはなかったが、頻繁にアレルギーによると思われる呼吸苦が起きるようになった。なぜ息苦しさがアレルギーによるものだとわかったのかというと、私は生まれてからずっとこんなに頑健で丈夫だったわけではなく、小学校の半ばまではけっこう重い小児ぜんそくを患っていたからだ。初老(?)になってからの息苦しさは、はるか昔にぜんそく発作で経験したものにとても似ていた。でも、咳も出なければゼーゼーすることもない。

なんなんだ、これは…。もしかするとこれは、、母親が経験した桃アレルギーと関係しているのではないか。

やはり、親がなったときと自分自身がなったときでは、調べるときでも真剣さが違う(もちろん自分のときの方が真剣ということだ)。私はネットや教科書を調べつくし、先ほど紹介した「口腔アレルギー症候群」というのにたどり着いたのだった。いや、ただ真剣さの有無だけではなく、母がなったときはその概念が知られていなかったこの新しいアレルギーは、私が経験したときにはかなりポピュラーになっており、ネットなどにもたくさん情報が出ていた、というのも今回は"確定診断”がついたことの理由なのだが…。

しかし、やはり母親のときにテキトウにすませたバチが当たったのか、私の口腔アレルギー症候群は、親よりずっと重症だった。なにせ親は桃だけがダメなのに、私は多種多様な食べものがどうやらダメなようなのだ。

いまはっきりわかっているものだけでも、「リンゴ、バナナ、イチゴ、モモ、プラム、栗、豆乳」。ほかにもアヤシイものはいくつかあり、果物で安心して食べられるのは、かんきつ類だけと言ってもよい。

なぜにまた、リンゴやバナナのアレルギーに。

これはとてもフシギな話なのだが、この口腔アレルギー症候群は、直接、それらの食べものに対してのアレルギーではない。そもそもはこれは花粉症から来ているものなのだ。

ますますわからなくなったかもしれないが、花粉を抗原としてアレルギーを起こす人は、その抗原に対して「交差反応」という現象を起こす別の抗原に対しても過敏反応を起こすようになるらしい。つまり、花粉抗原と「交差反応」を起こすのが、リンゴやモモに含まれる成分というわけだ。

しかしこう言うと、多くの人は「えー、私、ひどい花粉症だけど果物でアレルギーなんて起きないよ」と思うに違いない。それはもっともだ。

実はこの場合の花粉症とは、一般的なスギやヒノキの花粉症ではなくて、北海道のシラカバ花粉症なのである。もっと言えば、口腔アレルギー症候群は、北海道出身者に特有のアレルギーなのだ(ただ、北海道出身者以外にも起きることがあるようだが。昨年、私は関西生まれ関西育ちで私とほぼ同じものでアレルギー反応が起きる、という女性に会った)。

北海道新聞には、ときどきこのアレルギーについての記事が載る。以下もそのひとつだ。

私の場合は、ただ口がピリピリするにとどまらず、気道がちょっとだけだが狭窄して息苦しくなったり、顔全体が赤くなったり腫れたりすることさえあるので、まったくもって油断できない。

それにしても、北海道を離れて東京に住むようになってもう長い年月がたつのに、今ごろ子どものころにシラカバ花粉を抗原と認識したことが、悪さをするなんて…。まさに子どもの時にかかった水ぼうそうのウイルスが、今ごろになって再び悪さをして起きる帯状疱疹と同じだ。「三つ子の魂百まで」とはよく言ったものだ。水ぼうそうウイルスが「オレのこと、忘れてない?」と帯状疱疹になって出てきたように、北海道の魂(?)も「あのー、すっかり東京人みたいな顔してますが、小学校の校庭でスキー授業受けてたの、忘れてないでしょうね」と出てくるのかもしれない。

上の北海道新聞の記事にもあるように、「治療は症状を起こす果物を食べないことにつきます」なのだそうだ。

いや、まあね…それはわかっているんだけどね…。世の中に「リンゴ、イチゴ、バナナは大きらい」という人はまずいないだろう。というより、多くの人は「リンゴ大好き!」「朝食はバナナですませる!」というくらい、これらの果物にはお世話になっているはずだ。ヘルシー志向が高まり、豆乳もブームになっている。私だって、あるときまではイチゴもモモも大好きだったし、スターバックスで毎日のように「ソイラテ」を飲んでいた。

実はいまでもこれらの果物食べたさに、文字通り決死の覚悟でイチゴショートケーキやチョコバナナクレープを買ってしまうことがある。抗アレルギー剤を飲んでからそれらを食べる自分はほんとバカだなと思うが、やはりおいしいものはおいしい。そしてその後、やっぱり口の中やのどはピリピリし、口のまわりから頬っぺたまでが赤く腫れたりし、自分の愚かさに身もだえしそうになるのである。


それにしても、なぜ北海道で育ったというだけで、こんなやっかいなアレルギーを起こす体質にならなければならないのか。

そしてさらにナゾなのが、これまで東京の診察室でも何人か同じ症状を持つ人に出会ったが、全員、北海道出身の女性で年齢は50代から60代だったということだ(先ほど書いたようにひとりだけ関西の女性がいたが)。これはもしかすると、更年期後の女性ホルモンの減少と関係しているのかもしれない。いや、しかし北海道では先ほどの記事にあるように子どももなっているのか。だとすると…。

まあ、ここから先はアレルギー学の専門家の研究成果を待つことにしよう。

そして私は、自分が若くなくてまだよかったかも、とひそかに思うのである。この年齢だからこそ、私は会食などでも「あ、イチゴのアレルギーなんでデザートはパスね。かわりにエイヒレ」などと平気で言えるのだが、若かったら「イチゴ、大好きなんです~!このパンケーキ、イチゴたくさん乗っててカワイイ♡」などとつい言ってしまったかもしれない。そこまでカワイコぶって見せることはなくても、少なくとも出されたものは果物が入っていても黙って食べて、「おいしいですね」くらいは言ったのではないか。

どちらにしてもいまはステイ・ホーム生活が続き、カフェでイチゴやバナナの乗ったケーキを食べる、などという危険も機会もない。「これなら確実にアレルギーは起きない」という食品だけを、誰に気をつかうこともなく、食べることができる。

しかし、それはそれで味気ないな、とも思うのである。

――みんなアップルパイかプリン・ア・ラ・モード頼むんだ。おいしそうだな…。でも、果物がいっぱいだから、確実にアレルギー出るな。でも、食べたい…そうだよ、突然始まったアレルギーなんだから、突然消えてるかもしれないじゃない。いや、そんな非医学的な…。

あの葛藤の日々がなんだかなつかしいのだから、人間とはなんと身勝手なものなのか。

北海道人につきまとうこのおかしなアレルギー。道産子レディ(もちろんジェントルマンでも)で、私と同じように果物が食べられないという"カワイくないアレルギー”に悩んでいる人がいたら、ぜひ教えてください。