タケルと銃
タケルの手には拳銃が握られていた。もちろん、本物だ。ここは日本であり、拳銃を所持することは基本的に禁じられている。しかしタケルは拳銃を握っていた。
タケルは警察官ではない。これが日本で銃を合法的に持てる、一番良くある筋だとお思いかもしれないが、そうではない。それでは、ヤクザや半グレの類か。そうでもないのだ。映画「日本で一番悪い奴ら」ばりの、チャカを手に入れるために奔走する、ヤクザか警官かわからない存在でもないのだ。
ではなぜ、タケルは銃を持っているのか。そう、撃つためだ。撃たれない銃は登場してはいけない、とかいう格言もあるじゃないか。いや、そういう話ではない、そういう目的ではなくって、銃を持つに至った経緯をしりたいんだって。そりゃ、そうか。いや、はぐらかしているわけじゃないだ。ただ、真面目に答えようとしていただけなんだ。そう、怒らないでくれ。
状況を説明しよう。タケルは、とにかく黒い光沢のある銃を両手で持って構えている。タケルは銃についてまったく詳しくなく、それがどのような名称で呼ばれているのか、ひとつも知らない。ただ、銃であるということは認識している。そして、テレビドラマか映画かで見たような構えを模倣して、銃を構えている。まったく様になっていないが、それが逆に功を奏して、何をしでかすかわからない恐怖感を醸し出していた。
その拳銃の銃口の先にいたのは、カカシだった。誰が何のために作ったのか、もう何もわからなくなってしまったカカシだ。こいつの存在意義はなんなのか、これをみたものはそう問わざるをえなかった。そして、それを問うた自分の存在意義をも怪しく感じさせてしまう。
タケルはカカシに向かって語りかけていた。
「俺は、かれこれお前を探すのに、2週間かかった。やっと見つけた。」
「・・・」
カカシは無言で返答した。
「少しサバを読んだ。厳密に言えば12日だ。だが同じようなことだろう。もし、この鉛玉を喰らいたくなかったら、俺の願いを叶えてくれ。」
「・・・」
相変わらず、カカシは無言だ。
少し話を遡ろう。
タケルは、20代の男性で、普通の仕事についていた。普通って何、と聞きたくなるかもしれないが、あなたが普通と思い浮かべたその職業がタケルの職業になる。それほど、タケルの職業はどうでもいいのだ。ただ、働いている、という事実だけが重要なのだ。
普通に働くとなると、生活の多くの時間を労働に費やすことになる。タケルは多くの平均的な普通からはみ出すことなく、多くの時間を労働に捧げていた。その大半が、タケルにとって無意味と思えるものだった。ジェンガのように、積み立てて崩すという反復にしか感じなかった。タケルは、開き直って、思う存分、ジェンガを積み立てては崩していた。
そんな仕事の帰り道だった。タケルはプログラムされたように、規則的に帰路についていた。それは、ルートが同じというレベルではなく、歩数までもがほぼ一緒と言って良いレベルだった。タケルは、道路脇に排水溝の蓋を基準にして、特定の蓋を踏んで歩いていた。もちろん最初からそうだったわけではない。繰り返し歩いていくうちに、その動きが次第に洗練され、ある一つの最適解に収束していったのだ。
いつもの蓋の上を渡っていると、次の本来の蓋の位置が空白となっていた。ここしばらく狂うことのなかった秩序に、狂いが生じたのだ。タケルは、中に足を浮かせたまま立ち止まってしまった。
どれくらい立ち止まっただろうか。常軌を逸した時間立ち止まった後、タケルはルーティーンの蓋の道をはみ出すことを決めた。この決心は、タケルの人生の、今のルーティーンをはみ出すことも意味した。いや、意味したというか、タケルはその逸脱に、自らそのような意味を付与したのだ。
その翌日、タケルは会社に辞表を叩きつけて、会社を辞めた。理由を聞かれたから、素直にいつもの蓋がなくなったのだと説明したが、誰も理解を示さなかった。それどころか、憐れむような視線を向けて、その辞表を受け取った。タケルにしてみれば、不毛なジェンガ遊びをもうしなくて良いという開放感を感じていたため、そのような目線などまったく気にならなかった。
タケルは実家を離れ一人暮らしをしていたが、会社を辞めたため、生活がままならなくなりそうだった。だから実家に帰ることにした。両親にも、蓋の件の話をして、実家にしばらくいることになることを伝えた。
新幹線に乗り込んで、タケルは帰郷していた。都会の車窓が、次第に山林に姿を変えていった。
それがトリガーとなったのか、タケルは小さい頃の、実家の田んぼを思い浮かべた。今ではその田んぼは近所の農家さんに売り渡してしまったが、タケルの小さい頃は、父が兼業農家として田んぼを耕していた。その田んぼに、カカシがいたことを思い出した。タケルはそのカカシが今も存在しているのか無性に気になった。小学生のころには確実にあったのだが、それ以降そのカカシが存在していたのか、定かではなかった。タケルはカカシを意識していなかったため、中学生以降、カカシが果たしてそこに存在していたのか、確信することができなかったのだ。
つづく?
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