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レッド企業【ショートショート】#36

仕事を終え、入り口の自動ドアが開くと
ビジネス街を彷徨っていた寒風に飲み込まれた
「うぅ…さぶ、今日は特に冷えるな」
市内は珍しく雪が降っていた。

「今日、雪降るなんて言うてへんかったぞ。
 チッ、はよ帰ろ」

足早に駅へ向かう途中、
駅前で男女数人が道ゆく人々にしきりに何かを配っている。

「試供品のホットスプレー配布しております!
 ワンプッシュ、身体に吹きかけるだけで、
 あったまりますよ〜」

真冬に薄着姿という異様な光景に
道ゆく人々は彼らを避けるように歩いていく。

いつもなら僕も彼らを避けるように通り過ぎるが
会社から出て数分で芯から冷えていた僕は
ホットスプレーという響きに惹かれ、一目散に手にしていた。

「日本初!ワンプッシュするだけでぽっかぽかになる
 ホットスプレー…製造販売元:MS社…」
「ふ〜ん、まっ吹きかけるカイロみたいな感じかな?」

皆がスマートフォンを眺め電車を待つ中、
僕は包装紙を破り首や手首に吹きつけた。

「間もなく⚪︎⚪︎駅、⚪︎⚪︎駅〜」

電車を降りた僕はワイシャツの袖を目一杯まくり、
コートとジャケットを腕にかかえた姿になっていた。

「暑っつぅ〜!いくら今日寒い言うても、
 電車の暖房効きすぎちゃうか…」

改札出口へ向かう道中、吹き出した汗を拭いながら
周りの人々を見回したが、暑いと感じているのは
自分だけだと気づかされた。

そして自宅に着くまでの間、
ワイシャツ姿のままでも全く寒さを感じなかった。

「このホットスプレーすごい効果やぞ」

翌日、会社からの帰宅途中
駅前には、また薄着の彼らがあの試供品を配っていた。
あいかわらず寒々しい姿の彼らも、
避けるように駅前の歩道を行き交う通行人も昨日と変わらない。

なんだか可哀そうに思えてきたので、一人に思わず声をかけた
「いや〜、このホットスプレー
 昨日使ってみたんですが、すごい効き目でしたよ」

「おぉ〜!ありがとうございます。
 実際に使っていただいた方の生の声が聞けるなんて…とても嬉しいです。
そんなに効き目がありましたか。」

「めちゃめちゃありましたよ。
 だって昨日、最寄りの改札を出て自宅に着くまで
 ワイシャツ一枚でも全く寒さを感じないくらいでしたから」

「えぇ!それはすごい…。実を言うと、このスプレー
 まだ試作段階ではあるんですが、人によって効き目が違うんです。
 というのも…」

その社員は声を小さくして話を続けた
「冷めた…あぁいや!クールな性格の方ほど
 スプレーの効果を実感いただける商品なんです!」

彼らがいうにはMS社の創業者は元プロスポーツ選手で
引退後、情熱家としても人気を博した人物だという。
閉塞感が漂う日本を心の芯から元気にしたいという
熱い想いを形にするため創業者一族が
代々身にまとってきた情熱オーラを液化させる技術を編み出し
ホットスプレーを開発するに至った。

「そうか、今朝からやけにエネルギーがみなぎる気がしたのは
 スプレーの効果が持続していたからなのか…」

「はい、そうなんです。ご自身以外でも
 周りで元気や覇気のない方がいらっしゃれば、
 こっそりと吹きかけて見てくださいな。」

そう言われてから、僕は社内の元気や覇気のない
先輩後輩用にホットスプレーを一式買い、こっそりと吹きかけていった。

会社社内は一変した。
「先輩!!!おはようございまっす!!!」
「おはよう!!!後輩!!!」
「先輩!!!資料作成しました!!!確認お願いします!!!」
「よっしゃ!!!確認すっぞ!!!」
「お電話ありがとうございます!!!ご用件は何でしょうか!!!」
 ・
 ・
 ・
「まだやれる!!!諦めるな!!!」

数日後の深夜二時、
終電はとっくに過ぎたというのに、誰一人として帰らない。
オフィス街に佇む不夜城化したそのビルは
一階から最上階まで燃えるような赤色の熱気が立ち込めていた。

この異様な光景に見慣れないうちは、
火事と勘違いした住人が通報し、
数台の消防車が駆けつけるということが
幾度となく繰り返されていたが、

数ヶ月後には、オフィス街一帯が不夜城と化していき
真っ赤なオーラに包まれるようになっていた。

そして再び迎えた冬、
12月だというのに日中の気温は30℃を記録していた。

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【第21期】田丸雅智のショートショート連続講座にて創作
https://peatix.com/event/3733246

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