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アフターコロナ時代へ

緊急事態宣言が発令され、3週間が経ちました。

今まで当たり前だったことが当たり前ではなくなったり、新たな生活の形が生まれたり。
今、私たちが「選択」しているすべてのことが「新しい時代」を形成していることは間違えないと思います。

そんな中、SNSでは多くの人々がコロナウイルスに打ち勝つために様々な自分なりの過ごし方を投稿しています。
最初は、「よし頑張ろう」と意気込んでいましたが、「いつまでこの生活は続くのだろう」と先の見えない戦いに不安を感じ、コロナウイルスと共存して生きることの難しさを痛感しているのではないでしょうか。

「新たな時代」を迎えるにあたり、ビフォアーコロナ時代とアフターコロナ時代の大きな違いとは何なのか少し考えてみました。

ビフォアーコロナ時代は、「集団」の中に様々な「個」が存在していました。
例えば、会社という組織の中に多くの人が存在しています。
どこかに所属することにより、「安心」を得ることができ、「孤独」を感じることは少なかったと思います。

しかしコロナウイルスにより「人が集まる」ということが難しくなりました。
会社のような特定の場に集まり「集団」が形成されていくのはおそらく難しくなると思います。
そして「集団」の中にいるだけで得られていた「安心感」はなくなり、「孤独」という感情が生まれました。
改めて人との「繋がり」の重要性を思い知らされた気がしまします。

しかしながら、ビフォアーコロナ時代とアフターコロナ時代の共通点もあります。
それは、「人はひとりでは生きていけない」ということです。
「孤独」には誰もが耐えられず、「繋がり」はどの時代必要です。

結論、アフターコロナ時代は、「個」という存在に価値が発生し、他者に様々な利益を「与える」ということによって「繋がり」が生まれ「集団」=「コミュニティ」が形成されていく時代になっていくのではないでしょうか。

例えば、「経験」や「社歴」を評価せず個の能力で評価をしたり、その人の人間力で成り立っている会社は、このご時世でも社会に存在し、もうすでに新しいビジネスの形を生み出したり、この時代と共存するという「選択」ができているように感じます。
一方で、共存という選択を選ばなかったり、「経験」や「社歴」という基準で人を評価し、成り立っている会社は、コロナウイルスによって今社会から消されている状況にあります。

つまり、この「経験」で社会、集団を作っていくのは困難な時代になりました。

今、私たちはこの時代を生きています。
誰がこんな世界になると予想していたでしょうか。
この時代で今生かされている
私たちがウイルスと共存する時代を作っていかなければいけないのは間違えないでしょう。

人それぞれ抱えているものや立場は違います。
それぞれが目の前の出来事と向き合い
共存する生き方を選択することでアフターコロナの時代は素晴らしい時となると私は思います。


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