AIイラスト×700字の物語|月面の夢
探査機が月面に降り立った夜。懐かしい夢を見た。
「月が白い理由、知ってる?」
夢の中で、彼女は月面に立っている。
長い黒髪も、大きな瞳もあの頃の姿のまま。儚げで、そのくせ芯の強さを感じさせる表情も。
「答えは、斜長石という鉱物で覆われているから。隕石の衝突で溶けた月の地面が固まってできた鉱物なんだ」
小さな唇が、ほんの少しだけほころぶ。
「隕石は地球にも降り注いだのになんで月と違うのかとか、斜長石がなんで表面に集まるかとか、とっても面白いけどさ。ただの科学だよ」
彼女は、つぶらな瞳を猫のように細めた。
「人はそれに神秘を感じて、異界に繋がってるとか、宇宙人がいるとかさ。ロマンティックというか、なんというか」
皮肉な口調とともに、長い黒髪が無いはずの風に流れる。
彼女は、ロマンスとか恋愛とか、そんな類とは無縁だった。
休み時間はいつも本を読むか、携帯端末を睨んでは恐ろしい速度で何かを打ち込んでいた。
夕暮れの教室。下校のチャイムにも気づかず、座り続けたまま端末を見つめる凛々しい眼差しを思い出し、胸が締め付けられる。
「君に会いにいくよ。月まで」
夢の中だとわかっている。この言葉も、夢物語だと理解している。
それでも僕は口にしていた。
月面では髪はなびかないし、宇宙服なしでいることなんでできない。幻想とは遠い、寒くて過酷な世界。
そこは彼女が目指した場所、果たせなかった夢。
「心が、その想いが、人を前に進ませるんだよ。月にだって立てる。いつかきっと、ね」
彼女はどこか得意げに笑った。
ここは月面。彼女の言葉は、風に消えることも風化して崩れることもない。
探査機だって送りこめたんだ。そこに立つ日だってもう、夢物語じゃない。
✎イラストで使用したモデル等
DonutHoleMix 甜甜圈, niji - flat_illustration
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