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閃き💡劇場⑰

私の名前は田所恵子。
40代の薬剤師だ。
仕事に邁進しているうちに婚期を逃し、現在に至る。
今でも密やかに婚活はしているが中々いい人に巡り合えない。

ある日仕事から帰りマンションに着くとエントランスがゴミで汚れていた
(最近モラルが落ちてるのかしら、困ったものね)と素通りしようとすると1人の老婆がいることに気づいた。
その老婆は腰が曲がっていて歩くのも大変そうなのに、エントランスのゴミを一生懸命拾っている。
私は思わず声をかけた
「おばあちゃん、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ。」
「大変でしょう?私も手伝いますからちょっと待って」
私はそう言って慌てて家に帰りゴミ袋とトングを持ってきて老婆と共にゴミを拾った
「いやーありがとうねあんたのおかげでいつもより早く終わったよ」
「こちらこそありがとうございます。おばあちゃんいつもここでゴミ拾いしているの?管理人さん??」
「あたしゃマンションの住民だよ、最近ここに越してきた若者が友達かね、ここで飲み食いしてるんだ、下手に注意すると怖いから何も言わないが、放っておくと皆困るだろ?管理人にも言ったけど、時々掃除してるんだ」
「ありがとうおばあちゃん、でもあまり無理しないで、私も見かけたら掃除するから」
と私はおばあちゃんの手を握ると
「本当かい?助かるよ」
と笑顔で返してくれた

それから週に2、3回ゴミが落ちていると老婆と共にゴミを拾う日々が続いた。老婆の名前は富崎ちづこさんという一階の住民だった。
私達はゴミを拾いながら色々な話をし、親睦を深めた

そんなある日。
仕事から帰るとまたゴミが落ちていた。(またかぁ)私はゴミ袋とトングを持ってこようと部屋へ向かうとエントランスで倒れているちづこさんを見つけた。
「おばあちゃん!大丈夫?!」
呼び掛けても反応がない。私は急いで管理人を呼び、救急車を呼んだ。
それから程なくして救急車が到着し、管理人が同乗し救急病院へと搬送された。

私は心配な日々を送っていたが、後日管理人よりちづこさんは帰らぬ人になったと報告を受けた。
事後処理は遠方にいる息子さんに任せているという。

(ちづこさん…)私はちづこさんを思うと寂しい気持ちになった。
それからも私はゴミ拾いを続けた。
そんなある日
1人の男性から声をかけられる。
「もしかして、田所さんですか?」
ゴミを拾っていた私は顔を上げると1人のおそらく同世代の男性に声をかけられた。
「はい、そうですが」私はそう答えると
「母がお世話になりました。富崎です」と男性は深々と頭を下げた。
「もしかしてちづこさんの息子さんですか?」
「はい、いつも電話で田所さんのお話を聞いていて、管理人さんからも母のことで助けてもらったと聞いていたのでいつかお礼をしたかったのです。」
「そうだったんですね、こちらこそちづこさんには色々お世話になっていたのでお礼を言うのは私の方です。」
「もし良ければ少し話をしませんか?母の最後をお伝えしたいので」
「はい、構いませんよ」
私はそう答え、息子さんに手伝ってもらいながらゴミ拾いを終え、近くの喫茶店で息子さんと話をすることになった。

息子さんの名前は勇一郎。奥さんを死別で亡くしており、今は1人だという。
「母もあのような状態だから本当はそばにいたかったけど、仕事を辞める訳にもいかず毎日夜に電話をしていたんです。電話でいつも楽しそうにあなたの話をしていました。本当に感謝しています。」
と勇一郎さんは涙を流しながら頭を下げる
「あの、大丈夫ですから、頭を上げてください。私もちづこさんからあなたの話をいっぱい聞きました。自慢の息子だって言ってましたよ」
と私は慌ててフォローする。
「え?」
「毎日欠かさず電話をしてくれる優しい息子だって言ってました。」
「うぅ、ありがとう」
と勇一郎さんはさらに泣き出してしまった。

こうして私達はひとしきり話をして、連絡先を交換し、時折会って、話をして親睦を深め、結婚した。あの時ちづこさんに声をかけなかったら、今の自分はいなかっただろう。ちづこさんに感謝しながら今も時々勇一郎さんと一緒にゴミ拾いをしている。

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