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『TENET』ネタバレ無し感想

 待望のクリストファー・ノーラン監督最新作。

 コロナ禍に見舞われ、映画業界、特に洋画のビックタイトルの殆どが延期になり、映画館の救世主とも言われる『TENET』。

 「時間の逆行」というルールを物語に設定し、ストーリー、キャラクターのドラマ、撮影、音楽、音響、キャストの演技……映画を構成するあらゆる要素でそのルールを創意工夫をして驚異的な映像力とエモーショナルなドラマを誇る。難解ではあるのだが、上記の魅力の方が先行するので、難解さはリピート欲を刺激する。これは観れば分かるが、映像、音楽がクリエーター望む通り届くほどにTENETの魅力はますので、映画館で映画を観ることの引力に満ちている。

 奇しくも昨今、より問題視が顕著となっていくばかりのポリコレ配慮のような製作の意向からも大手メーカーの大作にも関わらず、2億ドルという莫大な予算を与えられた上でそういった制約からもTENETは外れている。これを可能にしているのはやはりノーランの実績によるもの。

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 リアリティ追及思考でCGのカットは150分の映画の中で300カットに満たなく平均的なロマコメより少ないとノーラン談。飛行機を実際に購入して倉庫にぶつけ爆発させたり、逆行した動きから始まるアクションを俳優に要求したり……CGや逆再生をこれらの撮影を用いないのはそっちの方が映像として残すのに効率的だからという。実際、それが理にかなって飛行機が突っ込んでくる映像はIMAXレーザーGTで観ると避難したくなるほどだし、逆行アクションの迫力の鮮烈さは言葉にすることができない迫力。撮影のホイテ・ヴァン・ホイテマの挑戦心も、ジョン・デイビット・ワシントンの肉体作りも見事。

 それらを視覚的に目を背けさせないような付着力ある映像に仕上げ、物凄い情報量なのに150分という時間を感じさせないスピーディーで無駄のないストイックな編集に仕上げた編集の新鋭ジェニファー・レイムは間違いなくこれからさらに色んな映画で活躍することになるだろう。

 TENETは実に滑稽無糖だ。待望のスパイ映画でノーラン少年がはしゃぎまくった結果、画面の情報、ストーリー構造とさらにドラマも今までのノーランの映画に比べ、エンタメ性に極振りされているので特に『ダンケルク』や『インターステラー』に比べると稚拙かもしれない。

「なにそれどうやったの?!」の驚愕の映像が矢継ぎ早に襲い掛かってくる。ストーリーと出来事はまさに『007』に憧れ続けていつか007を撮りたいと言い続けるノーラン少年の無謀な夢がそのまま形になってしまったような眩暈すらする常識から外れた映画だが、それだけではなく、逆行を反映したストーリー構造やキャラクターの関係性には深堀するほど強い意味が存在する。その構造の中に役者もいる。

 普通ならそれはできないだろを予算とスタッフ、役者のマンパワーでやってみせてしまっている。これら全てを可能にしたのはノーランのストイックで驚異的な映画愛が成せた業。まさに2020年に現れるべくして現れた問題作。

 コロナ禍や配信サービスの流行と進化で映画館で映画を上映するスタイルそのものが問われ、製作にはポリコレやメーカーの意向が大きく作用し、ロマコメですらCGに多く依存するような今の時代にTENETは「逆行」している。間違いなく今、映画館で観るべき映画だ。

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 長くなったけど、ここまでが前置きのようなもの。肝心の中身の話。ひとまずはネタバレ無しにレビューしていく。

 まずは簡単なストーリーから。CIAの特殊部隊の「名もなき男」が第三次世界大戦を目論むとされる未来からの使者「セイター」から相棒「ニール」と協力して第三次世界大戦を防ぐミッションに挑む……という非常にシンプルなあらすじ。

 展開もシンプルで、説明も必要最低限。難解なのは映像だ。非常にストイックでシンプルな映像で場面転換が多い。その中で時間が逆行した現象が起こるので、一瞬でも目を離すと何が起こったのかわからなくなる。この逆行の映像が実に鮮烈で、ストーリーが進むに連れてさらに複雑になり、大規模になっていく。分かりやすくルールが説明されているので、自然、今何が起こったのかを把握したくなり、知的好奇心を刺激する。後半にはキャラクターのドラマにも大きく関わりさらに逆行を追いたくなる。

 逆行というギミックだけでなく、ノーランの作品が今まで作中で経つ「時間」が大きな意味を持っていたようにTENETも作中で経過する時間にも大きな意味を持っている。名もなき男、ニール、キャットの主要の三人のキャラクターが作中で持つ「信条※」が時間の経過によって大きな変化や意味があり、タイムラインを紐解いてみて、その時の三人の信条に触れることができれば、さらにドラマはエモーショナルなものになる。

※TENETの意味は信条。

 壮大な物語、出来事に対してTENETはドラマを動かす主要人物が主人公の名もなき男、その相棒ニール、悪役のセイター、セイターの嫁で事件のキーを握るキャットの4人と意外に少ない。構造上、この4人だけでも時間によって別人のように感じられるドラマとなっているのも面白い。その上で、名もなき男役ジョン・デイビット・ワシントン、ニール役ロバート・パティンソン、セイター役ケネス・ブラナー、キャット役エリザベス・デビッキという頼もしすぎる布陣が見事な演技でドラマを彩る。

 ジョン・デイビットは新気鋭の俳優。あのデンゼル・ワシントンの息子。元々、ジョン・デイビットはプロフットボーラーから俳優に転身したという経歴があるので、身体は相当できあがっている。今までの出演作ではそこまでアクションが目立っていなかったが、逆行用いた特殊なアクション含め、ごっつい身体で放たれるスピーディーな体裁きが画面で躍動する迫力に飲まれる。スパイク・リー監督『ブラック・クランズマン』で一人でカラテの素振りしているのが見れたが、あれが遂に対人で炸裂したのが見れたのは個人的に嬉しかった点。ジョン・デイビットの起用は、ブラック・クランズマンを観たノーランが「彼しかいない!」と思ったからとのこと。父親そっくりの寡黙な雰囲気を持ちつつ、大きい目で愛嬌もあってそれが名もなき男としてもジョン・デイビット自身としても魅力を引き立てている。父親のデンゼルはTENETを観て、ジョン・デビットを抱きしめ、「I love you」と言ったそう。

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 ロバート・パティンソンと言えば、『ハリー・ポッター』のセドリックや『トワイライト』で世代によってはアイドル的な存在だろうけど、最近はインディペンデンス映画で着実に確かな演技力をつけてきた、まさに、今オイシイ俳優の一人で、芳醇した元々の見た目のセクシーさと高い演技力がとめどなく溢れている。その上、ニールは特に作中でもエモーショナルなキャラクターなので、TENETのキャッチーさの多くはロバートのお陰。ジョン・デイビットとの相性もよく、次第に二人が並んで、さらに笑顔を浮かべている姿が出るたびに嬉しくなる。

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 エリザベス・デビッキは次世代のティルダ・スウィントンやケイト・ブランシェット枠。身長も190cmもあり、まさに聖書か美術品から飛び出したような美貌の持ち主。所作がエレガントで高飛車な女や、あとはアイコン的な見た目の女性のために男性から軋轢を受ける女性を演じる事が多く、TENETでもそれは出ているところはある。『ガーディアン・オブ・ギャラクシーvol.2』では金ぴかにされ従者に歩くたびにカーペットを足元に引かせるようなヘンテコなキャラを演じさせらたのに「またやりたい!」と続編への出演を熱望するほどに本人には愉快な性格で、キャットの献身的な息子への愛から名もなき男とニールの危険な作戦に飛び込むような無謀さにも一役買っている。これは、自分を支配するセイターへの敵対心もあってのことだけど。さらにキャットというキャラクターは終盤でデビッキであった意味として最大の効果が発揮する面白いシーンもある。

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 ケネス・ブラナーは自身も監督も脚本もやる映画界の大御所で、演技も語るのが億劫なくらいセイターの高圧的なキャラに迫力を与えている。セイターというキャラ自体、ステレオタイプ……それこそ初期の007に見られるような悪役で、今の時代にそれを通してしまうのはノーランがTENETで通した数ある無茶の内の一つだけど、それを物にしてしまうのはケネス・ブラナーの手腕。特に逆行によって台詞まで逆さまに言っているシーンなんかもあるのだから圧巻。

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 TENETの逆行構造はキャラクターのドラマ構造にも作用している。作中進むと、セイターの野望の裏、更なる秘密が隠されているのだが、それがさらに名もなき男、ニール、セイター、キャットのドラマを掻き立てる。さらに、4人の役割にその秘密と事件を解決する為の鍵を重ねることができるようになっている。TENETを読み解き、そこに辿りつけるときっとさらにTENETという映画の味わいが深くなることだろう。

 全部を知った上で観たい要素も盛りだくさんなので、何度も観たくなる。そこで厄介なのがこの映画の映像が映画館のより大きいスクリーンとより良い音響環境で150分という長い時間を椅子に張り付いて観る映画として作られている。そこで少し気がかりなのはやはり今の情勢だ。日本は50%としてた座席数を全席解放が始まったり、撮影も盛んに再開している。しかし、米国ではL.AやNYもまだ映画館は開かず、TENETの興行も予想に対して苦戦している。そんな中、配信サービスはよけいに勢いを増すばかり。撮影も再開はしているが、未だに緩やかにだ。そして、そもそも海外ロケは当たり前なので、そこもいつになったら普通にできるようになるのか分からない。さらに、アカデミーではポリコレ配慮に対する公約が発表され、きっとキャスティングやスタッフ選出の体制も変わってくるだろう。ノーランですら、もうTENETのような映画を作れるのか分からない。

 とは言え、TENET公開は始まったばかり。他の大作の延期もまた次々と決まり、映画館もしばらくTENETを手放さないように思える。興行的な本番もL.A、NYのシアターが再開してからだろう。日本でも世界の反応に対して、熱狂的なものが多い気がするので、口コミによるロングランにも期待できる。TENETというノーランの映画愛の狂騒が完全な形で観れる機会は今が最大の機会。映画好きという信条の元、今はこのTENETという映画をできる限り支持したい。

 IMAXカメラで7割ほど撮影した本作。IMAXならどの劇場でも……とも思うだろうけど、ちょっと待って欲しい。IMAXカメラを100%の画角で観れるのはIMAXレーザーGTだけ。IMAXレーザーGTは飛行機が本当に目の前に突っ込んでくるだけでなく、異次元の映像のラッシュ。画面に、音に一方的に殴られる多好感が最大限に味わえるのはIMAXレーザーGTだけ。池袋と大阪でしかないけど、2時間、3時間程度の距離をかけても観る価値はある。是非、TENETは一般のスクリーンでいいやとか言わずにIMAXレーザーGTで。

 最後にいきなり始めたこのブログ、今後、続くかわかりませんが、また時機を見てTENET今度はネタバレ含んだ感想のものを書こうとは思っています。感想は星とか点数で表現はしません。個人的に点数なんて簡単な記号で映画の感想を表せる気がしないので。それが、映画レビューサイト使わずにnoteにした理由です。あとまぁ他のネタも自由に語ったり。映画に限定するかどうかもこれからの気分次第です。

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