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勉強会で残されるピザの「耳」は、必ずしも参加者の悪意ではなく、時として主催者の配慮不足である説

私はIT業界にいる。

IT業界では、エンジニアたちが技術を学んだり自身の知見を共有したりするために勉強会を開催する文化がある。

たとえばconnpassでは初心者向けから小難しい内容まで日々様々なイベントが開催されている様子がわかる。

こうした勉強会には、企業がスポンサーとなって会場や飲食が提供されるものがある。

飲食が提供された勉強会の最後に、食べかけのピザの「耳」を見つけることがある。

この記事は、そんなピザの「耳」の記事である。

ピザの「耳」とは、ピザの外側の具材が載っていない箇所である。

ピザの「耳」が、一人ひとりに配った小皿や、ピザ屋から運ばれてきた大皿の中に戻されて(!)、複数積み上げられていたりすることがある。

これは、しばしば問題とみなされてきた。

ピザの耳が残っているのは、まず、食品として、もったいない、という印象を受ける。

次に、小皿に残してあるのはいいとして、大皿に戻されているのは、マナーとして良くない。みんなのピザが並んでいるところに自分の食べかけを戻してはいけない。

そして、具や味のない耳が残され、美味しい部分だけ食べられているというのは、「もしかして勉強会に参加しに来たのではなく、うまい飯を食うためだけに参加し、なるべく効率よく具の載った部分を腹に収めるために、耳を残したのではないか」という疑心暗鬼を生ずる。

世の中には、飲食目的だけで勉強会に参加する輩がいる。誰かが登壇して技術の話をしている間はゲームをしていたり寝ていたりして、懇親会でガツガツ食べ、満腹になるとビールの缶をいくつかかばんに忍ばせて、参加者とコミュニケーションもせずシュッと帰っていく。

なお、「世の中いろいろな境遇の人がいる。それで生き延びることができるギリギリの中で生きている人もいるとするなら、その機会を許容するぐらいの寛容さが社会にはあったほうが良いんじゃないか」という考えも、もちろんある。自分も結構そう思う。

ただ主催者にはいくらか、スポンサーから頂いた支援が、本来の目的で参加者に届くように務める義務はあろう。

また、会場や予算の都合で参加できる人数に限りがある勉強会では、本来の目的の参加者が、飲食を目的とする参加者のせいで参加できなくなってしまう事態が生じる。"タダ乗り"目的の人物によって、本来参加していただきたい方にご参加いただけなくなるのは許しがたい。

そういう事情で、主催者の方も少しピリピリしていて、ピザの「耳」は、勉強会の善意を利用する人が食べ残していった「悪意の残骸」なのではないかと捉えられがちである。

さて、この記事のきっかけはある勉強会でピザの「耳」が現れたことである。

かなり厳しく参加者をチェックした勉強会に、このピザの「耳」が現れた。

悪意が入り込む余地などほとんどなかったはずだが、ここに「耳」があるという事実がある。

つまり、このピザの「耳」は必ずしも悪意の産物ではなくて、善良な参加者からも生じる、という可能性が示された。

もしかして、世の中の一定の割合の人々は、「耳」が食べられないんじゃないか。

というわけで、私のフォロワーという偏った集団が対象であるが、Twitterでアンケートを取ってみた。

まず、だれも回答しないかもと思っていたけど、回答が集まった。「真面目に参加した勉強会でピザの耳を残すことがある」人が自分の身近に一定数いたという発見がまずある。

そして、耳を残した理由としては、「固くて噛み切れない」ケースが一番多い

(その他の理由が気になるのでどこかでこっそり教えてほしい)

おそらく、歯列矯正、歯や歯茎あるいは顎のコンディションによって、耳を噛み切れない人がいるのではないか。

思い返せば中学生の頃、歯列矯正をしていた私は、何も食べたくないぐらい食べ物を噛むのが痛かった。

私の祖母は大好きないぶりがっこを噛み切れないので、細かく切ってあげる必要がある。

参加者が多様になれば、様々な事情の人がピザに直面することになる。

勉強会の主催者としては、ピザの耳を見かけるとつい悪意を感じて憤りがちであったが、むしろ、多様な参加者に配慮できておらず、食べにくいものを提供していたのだ、と私は反省したい。

とくに、私は居酒屋に行ったらポテトフライをパクパク食べるペコペコ大学生のような奴で、参加者の皆様もとにかくお腹がいっぱいになるのが良かろうと思って、勉強会で提供するピザはピザハットの分厚い生地、「ふっくらパンピザ」をオーダーしていたが、これは、かたいものを噛み切るのが困難な人には最悪なチョイスだっただろう。

...「サクサク食感のうす生地」である「スペシャルクリスピー」などを選択するべきだったのではないか。

食べられなかったら申し訳ない。残していただいて良い。

そして、もし「こんな食事だと私も楽しめる」という希望があれば教えてほしい。

また、この記事を投稿した結果、「そもそもピザの耳は食べるものではない」という文化が存在することも教えていただいた。

ピザの耳を食べる人もいれば、食べない人もいる。残っている耳を見つけて気になってしまうのは、なにかの先入観なのかもしれない。日本食で言えば、魚の骨や目を食べる人もいれば、食べない人もいる。そういうものなのかもしれない。

なお、私は最近ブロックチェーン業界にいる。

ビットコインが最初に決済に使われたのは、ピザの購入だ。

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↑世界で最初に「ビットコインで購入」されたピザ

だから伝統に従って、これからもこの界隈の勉強会では積極的にピザを出していきたいと思っている。

ピザをおにぎりに変えるつもりはない。

だが今度から薄い生地を選びたいし、柔らかいサイドメニューなども頼むようにしたい。

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