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初めての評価Sイラスト(デフォルメ)からAIについてまで考える

イラストの大学(KUA)で、知識で雁字搦めになって、何を描いたらいいかわからなくった辺りで、デフォルメの課題で吹っ切れて、ただ、ただ、好きなものを描いた。
何の知識も意識しないで、ただ、好きを詰め込んだら、初めて、ギリギリだけどSが取れた。今まで、B(当時はイマイチみたな評価に思ってた)ばかりだったのに、参考として講評動画でも紹介された(これは1期生1年目で、提出した人が少なかった影響もカナリでかい)

思いのまま描いて得たS評価、、、
でも、これは、ただ、好きに描けばいいという話でもなかった。

後々、no+eのアンケート(?)も書かせてもらったけど、その時、描いている時は無意識だったにも関わらず、実は自然に意識していた知識、が浮かび上がってきた。授業で習ったことの、ほんの一部だったけど、それは、自分の中に沁みついてくれていた。自転車の乗り方みたいに。それまで、得た知識量を考えると、ちょっと少なすぎる気は、、、しなくもないけど、それは、「好き」を描く際に、確かに力になってくれていた、ということだと思う、たぶん。

この「好き」を描くために活用された知識は、今はAIを活用すれば済む話になってきている(らしい。イラストAIの解釈が合っていれば)。知識はAIの得意分野のはず。そんな中で、「自分で」描きたいのか、否か、という問いが浮かんだ。描くこと、そのものが楽しいのか、それとも、欲しいイラストを手に入れたいのか。ケースバイケースだけど。
既に、adobephotoshopには、AIの機能がちらほら見られる。それは、とても助けになっている。人に頼れない自分にとっては、時間短縮の最高の相棒。もっともっと進化すれば、こんな自分でさえ、ゲームを一人で作るのも全くもって夢じゃない。

でも、デフォルメの課題絵を描いていた時の楽しさも、まだ、記憶に残っている。作業そのものが楽しい、模索していくこと、苦悩も含めてが楽しい。イラストに限った話じゃないけど、AIの助けを借りつつ、「自分で」やりたい部分は自分で触って、苦悩して、両方を活用することで、作りたものの幅が広げられそうで、実はわくわくしている。実際のところ、例え、可能な限りAIに頼ったとしても、どうしても、自分の頭で考えて苦悩しなくてはならない部分が出てくる。全てを任せられない以上、「自分で」は必要になるから、AIの普及に自分は危機感は持っていない。もともと、「自分で」描いたところで、求められる人材じゃないからこそ、楽に捉えられているんだと思う。仕事を奪われる立場にないから、もともと、ないから。だから、職が奪われる危機感を持っている人の気持ちを、想像するのは難しい。AIが普及しなくても、仕事を失くす人、失くす危機感を常に持っている人は、たくさんいる、ということだけは知ってる。