モーツァルト:ピアノ協奏曲26番戴冠式@ザ・シンフォニーホール(大阪)2023.10/27


はじめに

これは2023年10月に大阪のザ・シンフォニーホールで行われた藤岡さん指揮、関西フィルハーモニー管弦楽団、ソリスト角野さんのコンサートの、備忘を兼ねたとりとめのない感想です。

解説

公演に先立って、指揮の藤岡さんがマイクを持って一人でステージに現れました。

公演に先立ちまして私からご挨拶をさせていただきたいと思います。首席指揮者の藤岡です。(というような話をしたのではないかと思いますがあまり覚えていません)

はじめに僕たちの活動をサポートしてくれている方々にお礼を述べさせてください。

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ソリストは角野さん、角野くん。素晴らしいピアニストで、会ったのは3年前だったかな。これは素晴らしい人だと。それで、この人はすごいモーツァルト弾きになれる、モーツァルトがぴったりだと思って、ぜひ弾いてほしいとお願いして、それを彼は受け入れてくれて、はじめて実現して。それはもう素晴らしくて、何といっても彼は音が美しいから、モーツァルトって作曲家が演奏家を選ぶところがあるんですよ。美しい音が出せる人が演奏するものなんです。それで角野くん、ぴったりだと思って。

それに彼のアレンジ力も素晴らしい。この時代の楽譜って、ちゃんと書かれていないところがあって、そこは演奏者に任されているんです。角野くん、東京でも素晴らしかった。けど今回さらに磨きがかかって、アレンジも、現代風になるかならないかのギリギリのところを攻めていく。そのスリリングさも味わってほしい。

東京と違うのは、オケの編成を絞りました。人数減らして。で、ティンパニ、あの奥のではなくて手前の、バロックティンパニと言うんですけど、あれを使います。


それで今日は、角野くん目当ての人が多いと思うんだけど、もう一つ、エルガーを演奏します。

エルガーというとイギリスの作曲家、格調高いイメージがあるかもしれない。みなさん美しいメロディーを思い浮かべる人もいるでしょう。けども彼は、上流階級に対するコンプレックスの塊の人だったんです。彼は頭はよかったんだけど楽器職人の息子で、学歴は中卒だったんです。で彼は、●●という女性に恋をします。そして熱烈にアピールするんですが、まわりから反対される。相手は上流階級の女性だったから、身分が釣り合わないと。それでコンプレックスを持つんです。作曲家としてやっていけるけれど、楽器屋の息子で身分が低いので、収入が伴わない。それで彼が51のとき、自分のプライドのすべてをかけて作ったのがこの曲。高貴どころか上品、美しいメロディーが出てくるけれど、上品どころか野心ギラギラの曲なんです、これは。それでこの交響曲で賞を取るんですね。エルガー特有の美しいメロディーがたくさん出てきます。2楽章はスターウォーズのような、で、3楽章も美しいんですが、気持ち良すぎてお客さん寝ちゃうんですね。だからいかに眠らせないか工夫して、メリハリつけてダイナミックにしてと工夫するんです。4楽章は~(忘れた。オケの編成や、どの場面でどの楽器に注目して聞いてほしい、オケのこの辺りにいて演奏する●●に注目して、といった具体的な話だったと思います)

楽譜のいたるところに「ノヴェレッラ」(高貴に)という指示があるんだけど、これは彼が上流階級じゃないからで。そもそも上流階級の人は、そういうことを書くことすら思いつかない。そういうところも彼が上流階級へのコンプレックスを持っていたことがわかる。野心ギラギラ、上品なんてとんでもない、51歳になってプライドをかけて有名になろうと。


最前列にはお客さんはいませんでした。角野さんの演奏の時だけ1人、最前列の中央ブロック左端あたりに1人男性が来て座って聞いていました。関係者の方でしょうか。

演奏と感想

モーツァルトの1楽章、少ない編成というだけあって音量は中くらいで軽やかに、最初のオケパートが始まります。それに合わせて、角野さんは左手でレの音を軽やかに鳴らし始める。戴冠式に向かう衛兵の行進という感じの規則正しいコントラバスの刻みに合わせて一音ずつですが、オケに埋没せずはっきりと美しく響いて来ました。最初のピアノソロのパートが始まるまでほぼ楽譜通りに角野さんは左手でオケに合わせて弾いていました。しかし1か所、左手から右手に駆け上がるように両手でアルペジオのような装飾を入れていて、それがさりげなくさらっと弾いてのけるので不意打ちで、一瞬??今何かした?その装飾音は楽譜にないはずだよね?と、面白く驚きがありました。これはそのあとも忘れたころにたまに不意にきました。楽譜にない装飾音が右手のメロディーに入ったり、和音を同時に鳴らすのではなく、しゃらん、とアルペジオにして弾いたり、楽しく愉快でした。それがあまりに自然で美しいので、そのたびに??、と面白く聴きました。楽譜を持ってくればよかったと思ったりもしました。

1楽章のカデンツァはメインテーマを次々に転調しながら展開していく形で始まりました。だんだんダイナミックになり、ガーシュウィンのラプソディーインブルーのカデンツァのようなパッセージも出てきて、超絶技巧を駆使した展開でした。これはどこまでいくのかなと戴冠式であることを忘れかけたころに、モーツアルトのお決まりの長めのトリルが右手に出てきました。カデンツァの終わりの合図です。トリルが始まるとちらっと藤岡さんと角野さんはアイコンタクトをし、藤岡さんは、よしきた、間もなくオケの出番だ、というように、体の前でそろえていた両手を少し持ち上げオケのほうに向き直り指揮の準備に入る。

(カデンツァの展開の内容の細かなところは、3楽章とごっちゃになって記憶があいまいです)。角野さんがカデンツァを弾き始めると、指揮の藤岡さんは笑顔で角野さんを振り返り、リズムに合わせて体を揺らし、にこにこしながら聴いています。

その藤岡さんを角野さんはちらちらと見ながら、たまにリズムに合わせて体を揺らし、腕を揺らして拍を取ったりしながら楽しそうに弾いている、という感じでした。

2楽章は、しっとりした美しいピアノソロから始まります。オケが弾いている間も楽譜通りに角野さんは弾いていました。中間部も過ぎて、このまま特に何もアレンジしないまま2楽章は終わるのかな?と思ったところで不意に何やら弾き始めました。楽譜ではここにはカデンツァの表記はなく、1小節に5つしか音符がありません。そのあと全音符の和音でフェルマータです。その5つの音符のはずところを、両手でひらひらと何やらスケールのようなパッセージを即興で作り上げ弾いていきます。短いカデンツァ。藤岡さんは、「おや、やっているね」、という風情でにこにこしながら角野さんを振り返ります。もともと楽譜通りにいけばカデンツァはないはずのところなので、脱線しすぎることなく短く切り上げて和音のフェルマータでオケと合わせ、そのまま2楽章は終わりへと向かいました。

3楽章は、明るく軽やかに弾むようなピアノソロで始まります(メインテーマ)。角野さんは時折指揮をするように腕を楽しげに振っていました。ピアノソロの前で少しの間弾かないこともあるのですが、基本的にオケが弾いているときも何か左手で弾いている。たまにパッセージの中にふっと楽譜にない装飾音を入れて遊んでもいました。カデンツァはメインテーマからの出発ではなく、直前のピアノソロパートのパッセージを次々と転調する形で始まりました。さらにジャズ風など様々に展開し鍵盤の上を駆け巡り、ふっとメインテーマに戻ってきました。カデンツァの終わりです。

演奏が終わると大きな拍手と指笛。指笛が割れんばかりの拍手をしのぐ音量で高らかに響き渡りました。何度かカーテンコールに出てきて、再び拍手と指笛。角野さんは感心したように客席に向かって「指笛の音量が半端ないですね」と話しかけます。そしてひょいとピアノの椅子に腰かけ、「僕の曲を一曲、弾かせてください」と言って、きらきら星変奏曲を弾き始めました。戴冠式がニ長調なのでテーマの調性をニ長調に転調。最初のレベル0で笑いが起き、その後の変奏も、デフォルト(楽譜)とは違うアレンジでした。レベル3では弾きながらリズムに合わせて指をパチンと鳴らし、レベル4は最初のアルペジオがなく別物。レベル6・7はほぼ普段と同じです。特にレベル7は最初の部分を速く弾きやすく改良して弾いている(トレモロのようにしている)ことを確認できました。

演奏が終わると拍手。オケのコンマスの女性、足を踏み鳴らしてはしゃいで、とても喜んでいました。角野さんはさっと舞台袖に消え、再び拍手の鳴りやまぬステージに戻ってきたところで指笛が鳴りました。ぐるっと客席を見回して、右手の2階席後方に指笛の主を見つけたらしい角野さん、目が合ったようで、角野さんの視線の先にいる指笛の主はしきりにお辞儀をしています、角野さんはあなたでしたか、という風にちょっとお辞儀をして手を合わせるような仕草をしたようでした。

全体として、角野さんはほぼ何やら弾いている感じでした。もちろん、ピアノソロ以外の部分も楽譜に一回り小さい音符でいろいろ書かれているので、基本的にそれを踏襲しているわけですが、前述したようにたまに何かちらっと追加で弾いてくる、いたずらというか遊び心というか、それがとても面白かったです。また機会があったら聴いてみたいです。

以上とりとめのない感想でした。

おわりに


全体として軽やかに楽しそうに弾いていました。装飾音など楽譜通りにはいかない、退屈させない工夫がたくさんあったように思います。オケの音と溶け合って素敵でした。

なお2024年9月に全国を巡回するウィーン放送交響楽団来日ツアーで、指揮にマリン・オルソップさんを迎え、角野さんは再びこの戴冠式を演奏する予定になっているようです。さらにどのような展開を遂げるのか、聴いてみたいと思っています。

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