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努力!未来!話し合いが無理!

地獄はどこにでもある。あなたの目の前にもある。地獄なんて見えないけど? という人はまだ見つけていないだけである。地獄はどこにでもある。わたしの記憶のなかにある。地獄はどこにでもあって、突然に現れてその場の人々を業火であぶり焼きにして通り過ぎていく。わたしにはあぶり焼きにされた記憶のストックがある。クリスマスなのでこれまでに見た地獄の話を思い出して書く。いずれも「かなり前の出来事」だと思って読んでほしい。現在の生活で関わりのある人を晒す意図はないということだけ、ご理解をお願いしたい。

地域おこしの成功事例の当事者が講演会を開くというので見にいったときのこと。本当に「見にいく」という心構えで会場に入ると、そこは学校の教室ていどの広さの会議室で、まあまあ近い距離で講演者が話をし、さらに参加者のグループワークがあったりするという意外とこちらのやる気が求められるやつだった。
グループワークの内容は、「席が近い同士で四、五人の班を作り、講演者への質問をとりまとめる」というものだった。とりあえず隣の席の人と、後ろに座っていた二人とで、班を組んだ。そんなに大変な内容ではない。と思ったが、甘かった。

わたしの隣の席は、大学生だという男子だった。非常に無気力だった。意見を求めても「特にないです」みたいなことしか言わない。今にも眠りに落ちそうな風情だった。何しに来ていたのだろうか、大学の単位取得のために必須だったとかそういう理由がないと納得しがたい。帰って寝たほうがいいと思った。空気だったので彼については以降たぶん記述しない。

後ろの席のうち一人は、五十代ぐらいの女性だった。水素水と書かれたボトルをガーゼのハンカチで半分包みながら持っていたのが印象に残っている。「私、こういうのしか飲めないの」と言って微笑んでいた。それと「私って、ちょっと人と違ってるってよく言われるの」とも言っていた。グループワークの中でそういう、自分の好みや性質について話す時間があったわけではない。決してない。誰かがそうした話題を振ったわけでもない。でも言ってたのだ。まったくその場に必要のないことを彼女はうれしそうに語っていたのだ。何故なんだ、わからない。

地獄は見えてきただろうか? ここからが本番である。我らがグループのもう一人のメンバーは、郷土歴史家を名乗る初老の男性だった。釣り人が好むような、ポケットのいっぱいついたベストを着ていた。はいもうだめ。はいもう詰んだ。お疲れさまでした。地獄をよく見知っている人はそう思われただろうしここで読むのをやめてもらってもいい、あなたの予想しているようなことが起こったというだけの話だから。地獄をまだ知らない幸福な人のために記述を続ける。

何があったかというと、郷土歴史家氏が市政の現状についての意見を語っているうちにグループワークの時間は終わりを迎えた。マジのガチで知らないおっさんの語りが規定の時間を食い尽くしたのだ。念のためにもう一回書くけどあいつ市政の現状の話してた。「今の市長の施策には言いたいことがある」って言ってたマジで。その講演、主催は市だけど講演者は他県から呼んでるのよ。だからグループワークの課題と関係ないのそれ。
ねえちょっとそんなことあり得る? 組織の中で面倒くさい思いをしながら学んだり働いたりしている人には信じてもらえないかもしれない。本当にあったのだ、決められた時間に決められたテーマで話して質問の形にまとめるというだけの行為が成り立たない、ということが。

わたしはノミより小心なので腕時計を見ては冷や汗をかいていた。講演者が指定したのは「質問をグループごとに『二つ』作成してください」だったが、時間の終了を目前にして挙がっていた質問は一つだけだった。それはわたしが提案したもので、グループワークの最初のほうで「こういう質問考えてたんですけど、どうでしょうか~」と申し出たのだった。
そろそろ時間ですので、また皆さん前のほうを向いてもらって…など、講演者がマイクで我々に呼びかける。わたしは慌てふためき「どどどどうしますか質問、あとひとつ」などと愉快な仲間たちに向き直った。郷土歴史家はまだ語り足りないといった顔をしており、水素水お姉さんは微笑んでおり、空気は半透明だった。

じゃああの、質問したいことは他にもわたしメモってるんで、そこからもう一個、行っちゃっていいですか? と申し出ると、なんかふんわり了承された。こうしてグループワークの時間が終わった。班ごとにとりまとめた質問を出して、それに講演者が回答するという形で講演会の後半は淡々と進んでいった。わたしは班のみんなで話し合いましたよという顔をしながら自分のメモにあった質問から良さそうなものをマイクが渡ってからてきとうに選んで読んだ。
これではただ尋ねてみたかった事柄をグループの他の面子を差し置いて尋ねちゃっただけである。グループワークとは何だったのか。わたしにはグループもなくワークもなかった。メロンもなくレモンもない、夢ならばどれほど良かったでしょう。

会が滞りなく終了し、わたしはパイプ椅子から立ち上がった。講演者は会場の隅に寄って、参加者の数人に囲まれている。個別の質問や名刺交換に応じている様子だった。距離感としては退出前に挨拶ぐらいしたほうが良さそうな気がしたので、囲いの外から「ありがとうございました~」と声をかけると、講演者はにっこりしてこちらを見、「なかなか鋭い質問をしてくださって、よかったです。こちらこそありがとうございました」と返してくれたのだった。

日陰の存在なので褒め言葉っぽいものにめちゃくちゃ弱いわたしは、その返答を喜ばしい気持ちで受け止め、足取り軽く帰った。
が、今になって思うわけ。これ本当に褒められてるか…? と。
グループワーク的な何かの間、講演者は何をしていたのだろうか。わたしは仲間たちの挙動にやられていて彼の動きを観察する余裕はなかったけれど、彼のほうでは参加者たちを見ていたのではないか。もしかしたら、我々の班の、全然グループもワークもあったもんじゃない有り様を、認識していたのでは…。
だとしたらあの返しって褒めじゃないじゃん! 「質問ありがとうございました」ニアリーイコール「一人での質問作成乙ッスwwww」じゃん!! 

もう無理、もう無理。もうわたしは金輪際グループワークには参加しません。娘にもグループワークには気をつけるよう言っておく。子々孫々に伝える。
こうして、グループワークの悪魔が強化された。という出来事でございました。

この他に、あと二つか三つの地獄エピソードを並べて一つの記事にするつもりでしたが、なんか疲れたので一旦やめます。気が向いたらまたやる。
それでは次の地獄巡りで。


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