枯れ池の花梨

 私は、一人っ子だ。
 母は幼い頃に他界して、父は私一人を養うために仕事をしている。
 しかしある時、父も病で亡くなった。
 親族の殆どは皆田舎の高齢者で、東京の高校に通っている私は、行く宛が無かった。
「あんれぇ、そういえば、東京に一人住んどる奴がおらんかったかぃ?」
「そうだぁ、枯池の坊主が住んどったっけなぁ。」
「んでももう何年も帰って来ねぇで。連絡はしてみっけんども、カリンちゃん、明後日から学校だべ?明日には東京戻らねぇけらいかんべな。」
「それでも、私、東京の高校に通いたいから…その人のとこ、お願いしてみる。」
「俺らも電話しとくから、この住所んとこ行きな。」

 父を亡くして、当然悲しい気持ちはある。でも、両親が居ない以上、自分でやっていくしかない。
 父は元々働き詰めだったので、家事は全般自分がこなしていた。幸い、生活は一人でもなんとかなる。
 問題は、肝心の住まいが無い。それを相談したところ、幸いにも通っている高校から近いところに、親戚の一人が住んでいる、とのことだった。
 しかし、何年も誰も会っておらず、どんな人かも分からない。
 それでも私は、父が通わせてくれたあの高校を、辞めたくなかった。

「えーっと…地図だとこの辺…」
 荷物をまとめて出発して、東京に戻ってきたのは夜の8時を回っていた。
 幸い、『枯池』という人には承諾してもらえて、大体の衣服は郵送して貰うことが出来た。
 後は、その家まで向かうだけ…だったのだが。
「どこ此処…」
 いくら東京といえども、住宅地周辺となると、ろくに店もないし、路地裏に入れば暗く寂しいものだ。
「多分この辺のはず…なんだけど…」
「コツッ…コツッ…」
「…っ!」
 間違いない。誰かが後ろから付けて来ている。
 自分で言うのも何だが、スタイルには自信がある。
 休日友達と待ち合わせをすればすぐナンパされるし、肉付きも…
 そうじゃなくて!間違いなく自分の後ろを付けてきている。
 でもこの場合、変に足を早めたら走ってきて捕まえられるって聞いたし、どうしたらいいのか分からない。
 そんなことを考えている間にも、足音はどんどん距離を詰めてくる。
 怖い、怖い、怖い…助けて…お父さん…
「あの…」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 話し掛けられた事に驚き、私は大声を上げた。
「カリンさん…ですか?」
「…へ?」
 振り替えるとそこに居たのは、猫背ながらも私より背が高く、ガタイはそこそこ良いが何処か弱々しい、目つきは悪いが人相はさほどでもない、くたびれたサラリーマンのような男だった。
「私、枯池 大地と申します。この度はお父様の件、お悔やみ申し上げます。」
「は、はぁ…」
「積もる話は中で致しましょう。一つ屋根の下、生活を共にするためには、問題を起こさないためのルールが必要でしょう。とはいえ、多くはあなたの方から提示頂き、妥協点を…」
 枯池という男は、JKである私の容姿を見ても、目の色を変えることなく、淡々とこれからの話を進めながら、家に招いてくれた。
「では、あなたのプライバシーを…」
「カリンでいいよ。おじさんの事は何て呼べば良い?」
「好きにお呼びください。」
「じゃあ、おじさんで!」
「分かりました。では、これからの事ですが…」
 半ば冗談のつもりだったが、おじさんは顔色一つ変えずに話を進める。
「カリンさんのプライバシーのために、家の2階部分は全てカリンさんの場所、ということにします。とはいえ、部屋一つと物置きとトイレがあるのみですが…お風呂に関しては申し訳ありませんが、扉に使用中の札を掛けておくので、使用していない時は裏返しておいてください。それから…」
「ちょちょちょ、ちょっとまって…」
「…?はい。」
「なんかおじさん、別々で生活しようとしてない?私は別に気にしないし、あくまで居候なんだし…洗濯も掃除もやるからさ。もうちょっと二人で一緒に生活しよ?」
「そ、そうですか…」
「だから…そうだ!ご飯も私が作るよ!掃除洗濯もやるし。出費系はおじさんで!私もバイトするしさ。ね、いいでしょ?」
「でも、それではカリンさんが大変では…」
「いいのいいの!任せといて!」
 今まで父の代わりにこなしていたように、これからも同じようにやるだけだ。
「そういえばおじさん、さっきは外で何してたの?スーツ姿のままで…」
「仕事帰りです。」
「…え。」
「朝6時から夜の8時まで仕事しています。最近は労働基準法が厳しいので、労働環境を見直し中ですが…」
「おじさん…私…頑張るから…」
「…?はぁ…」

こうして、私とおじさんの、不思議な関係の共同生活が、幕を開けた。

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