そろそろ末期的ではないか

時々離婚後共同親権反対派の人は「大きくなったら子供は親といるより友達と遊ぶものだから別居親も友達と遊びたい子供の意見を尊重して面会を諦めるのが当然でしょう。同居親は毎日子供に会えるけれど、別居親なら子供に会いたいという気持ちより子供が友達と遊びたいという気持ちを尊重してお金だけ元妻に渡すことは忘れちゃいけないけれど、子供と会うことは我慢して縁を切るのが親の愛ですよ。」と誇らしげにいうのである。

縁を切るというのは、例えば子供の進学について相談することも「越権行為!別居親が口を出すな!金だけ出せよ!黙ってろ!」っていうわけだからである。日常の生活に関わることも拒否されて、特別な日に会うことも拒否してひたすら金だけ払えというわけである。それを縁を切るという以外になんと表現するのだろうか。

何年か前の議論でも、その支払った養育費を子供のために使わず、元妻が自分のために洋服を買ったり、弁護士への離婚裁判の費用に誓うことも何の問題もないというのが離婚弁護士たちの意見であった。お金に色はついていないからということでどんぶり勘定にしてokということのようである。

だから別居親が必死で養育費を支払ったとしてもそのお金は子供に使われずに元妻が新しいボーイフレンドとデートするのに使われても確認のしようがないわけである。

もちろん元妻は「悪いのは元夫であるので元夫は罰金として養育費を支払え。文句を言う権利なんてないのだから嫌なら政府に拘束されて強制労働すればいいじゃない。親権は人権じゃないのだから、悪い元夫は文句を言う権利なんてない。悪い男どもは政府に罰せられればいいのよ」って高笑いするだけである。

親子の縁を切って生きているか死んでいるか確認すらできない。学校の参加日とか運動会、入学卒業式への出席も拒否されることはあるそうである。朝日新聞の記事では離婚後親権を失った母親たちが排除されるシーンを描いていたが、多くの事例では親権を失うのは父親である。その父親たちが面会交流を拒否されているのに学校の参観日や運動会への参加を認められることは困難な場合が多いであろう。

そうやって会わせないことを徹底すると男の方はもう養育意欲を失ってもう子供は死んだものと諦めてしまう場合が多いと思うのである。そうなると「死んだ」子供のために養育費を払うモチベーションは下がることは当然であろう。また、そういう事例を見聞した男性はたとえ結婚して子供が生まれても、離婚で全てを失ってしまうという恐怖から結婚そのものに消極的になることは十分にあるわけである。

昔の人事担当者のように「(男は結婚するのが)嫌ならやめろ。代わりはいくらでもいる。」と女性たちがいうことならまあこちらからは特に言及する必要はないと思うのである。

現実には婚姻数も減り、出生率も下がっている現状では本来ならば安定した結婚生活を続けて離婚を減らすためにはどうするべきかという議論が必要なんじゃないのだろうかという気もするのだが、もう少子化対策にせよ結婚の安定化にせよ、そんなことを言うと「それは女性に対する差別。男なら自分を奴隷と認識して自分の人権を自ら投げ捨てて奴隷として志願すべき」とか言われそうなので韜晦するしかない時期に来ているのかもしれないと思うのである。

もう私自身はおっさんなのでどうでもよいが、子供たちは結婚しにくくなるよなあと思わないでもないが、そんなことを言うとフェミさんかシンママさんが「どうせ非モテのくせに子供なんているわけないでしょ!妄想の子供のことを言うな!」とか言い出されるので話にもならない。彼女たちには地獄への道を突っ走っていただくしかないということであろう。

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