憲法9条の栄光は
日本共産党の委員長などは「憲法9条は平和のシンボル!」と自画自賛するのだけれど、実際にはウクライナへのロシア侵略を防いでいるのは決死の覚悟で立ち向かっているウクライナの兵士たちであろう。
で、そう言う話になると、サヨクたちは「日本は憲法9条があるから兵士とかだめだよ。国際問題は外交的に解決しなくちゃダメだよ。」と嬉しそうに言うわけである。
こっちが「いや、今回のロシア軍みたいに問答無用で北海道に赤熊軍が現れたり台湾有事などが起こったときにどうするかだよ」なんて言っても、サヨクたちは「そんなのネトウヨの妄想であって、中共もロシアもこれまで侵略戦争なんてやったことがない。侵略戦争をするのは日本だけなのだから日本こそ憲法9条で縛り付けなければならないんだ。」と胸を張って返されるわけである。
さすがに、ウクライナへの侵略が起こった事で、サヨクたちも侵略されることがあるということは認めざるを得なくなったようだが、やはり、「ウクライナには憲法9条はない。日本は憲法9条があるから平和こそ重要なんだ」という詭弁、もしくは壊れたレコードのように憲法9条を繰り返し続けているのである。
彼らサヨクの意見に完全賛成しないような人は全員ネトウヨというゴミ箱に放り込まれるわけである。ネトウヨなのであるからサヨクにとってはもう人間扱いする必要もないわけである。ネトウヨの人権を認めない彼らにしてみればネトウヨの叫びは単なるノイズになってしまうわけである。
サヨクにしてみればネトウヨの発するノイズは言語ではないのである。なので、そういうノイズを発する物体は迷惑物ということになり、ゴミ収集車がなぜ持っていかないんだという怒りの対象になるわけである。サヨクにしてみれば原発とか火力発電所、死体の焼き場と同じ迷惑施設の扱いになる。NIMBYであるサヨクたちはそんなネトウヨのような迷惑施設はネトウヨのところに投げ捨ててこい!ということになるわけである。
いや普通に読んだら頭がおかしくなるであろう。「いくらなんでもインテリのサヨクである。バカなネトウヨと違ってそんな頭のおかしなことは言わないだろう。」というかもしれない。
例えばである。私がネトウヨ遊びをしていた時に「貴様はネトウヨだな!私は偉いサヨクだ!」と絡んできた人は私が年末にちょっと寄付をしたことを信じられずに「証拠を見せろ!領収書だ!」とか叫んで、普通は領収書の送付なんて後からなのに大騒ぎしたことがある。多分、UNHCRもセーブザチルドレンもウクライナ難民の援助に多額の資金を必要とするだろうから、ウクライナのために何もできないよと心苦しい人は駅前の募金に10円玉とか100円玉を投げ入れるのではなくてきちんと寄付していただきたいのである。一万円くらい寄付してちょっと大きいかもと思っても寄付控除が使える場合もあるので、一定額は返ってくるかもしれないよ。でそういう「お偉い」サヨク様にはもう近づかないのである。労力の無駄だし。
それはさておき、そういう人はネトウヨが憲法9条を蔑ろにしているなどと攻撃してくるわけであるが、一方では自分や自分の家族などを守るためには暴力容認のような主張をするわけである。おまいさんはネトウヨとどこが違うのかと小一時間問い詰めたいところであるが、多分その人は自分が何を言っているのか理解できていないのである。なので矛盾する言説を吐いても済ました顔でいられるわけである。
ネトウヨが憲法9条とウクライナのような状況下との矛盾について考えていることは本当にこういう人を見ればバカみたいと感じるのであるが、まさにその通りなのである。そんな都合のいい考えが通るかよということすら彼らには理解できない。
憲法9条の長年の疑問、つまり「日本が他国を侵略しないということには異論はない。で、日本が他国から攻められた時にはどうすんの?」というネトウヨの長年の疑問にもついに答えが出たようである。つまり、憲法9条は一切日本を守ってくれないのである。
中道に近い人は、「ね、だから自衛隊があるんだよ」というし、極左に近い人は「日本人は日帝の末裔なので攻められた時には全滅すればいいじゃないですか。あ、私たちは別ですが。」というのが真の答えであった。
つまり彼ら少数意見は考慮するに値しないということである。まあ、聞いてやるのはよい。けれども、ほぼ無視していい愚論であるので多数決によって棄却すべき意見であるということになる。少数派の彼らが多数決反対とか熟議せよと言っても「熟議するに値しない愚論は棄却で良い」と言えば良いということである。
日本はウクライナの事例を教訓にして、愚論は排除した上で、国民を守るために適切な防衛力を整備する必要がある。これが今の日本の置かれた現実ということであろう。
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