父からの教え
年齢が50代に入っての変化はいろいろなものがあるけれど、特に顕著なのは魚をよく食べるようになったことだ。
それまでは港町で育ったとは思えないほど、切り身専門(魚を買うとしたら切り身をたまーに)だったのに、イワシを丸ごと食べたくなったり貝を買うことも増えた。
その日はめずらしく地元で「ニシ」と言う貝が売ってあった。
とてもおいしい貝なんだけど、その日のニシはちょっと小さかった。
小さいので爪楊枝で身を出そうとしても途中で切れてしまう。残念。
「今日のニシは小さいなぁ」「海で取るときにはこの大きさのものはとらないよね」と言いながら名残惜しく食べた。
そうだ、近いうちにニシを取りに海に行こうか、大潮の日にと言い合って納得した。
こんな会話ができるのも、吉田さんのお父さんにニシの取り方を教えてもらったことがあるからだ。
たまに3人で海に行くことがあった。
車を置くのはこのあたり、そこから道なき道を下っていって海に降りる。
すべりやすいところ、持っていた方がいいものもそれとなく教えてくれる頼もしくて優しいお父さんだ。
大げさな言い方かもしれないけれど、一緒に海に行って生きる力を授けてもらった気分になった。
お父さんは「Mには投網のやり方も教えたはずだけど、今日は網を投げてみるか?」と吉田さんに聞き、吉田さんは「そんなのもう忘れたよ」と答えたらちょっと残念そうな顔をしていたのが印象に残ってる。
この世界には食べられるものが自然の中にあって、自由に楽しむことができる。知恵と少しの体力があれば、それを手に入れて、シェアすることもできる。
世界はゆたかだ。
吉田さんのお父さんはいつもそんなメッセージを行動で発信していたので、にこやかな顔を見るたびにその世界観に触れ、ほっと安心できたのだろうと思う。
吉田さん父からの教え、私もおすそ分けいただき、大切にしたいと思う夕餉後だった。