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症例15のその後 Ilioinguinal nerve entrapment(腸骨鼠径神経の絞扼)、carnett徴候は下肢挙上でも取るべき。


症例15のその後の経過です。
症例は右側の慢性陰嚢痛+右腰部〜下腹部がある男性でした。




症例のその後


その後腹部CT検査を実施したものの虫垂含めて特記所見はなく、便潜血は毎年陰性でしたが大腸癌検索目的にCFまで実施しましたが回盲部まで含めて特記所見はありませんでした。

通院開始して半年時点での診察での所見で、やはり上前腸骨棘内側下方に鼡径靱帯から1-2横指上に帯状に圧痛を認めました。

ここはACNESで良く痛みがでる部位に近いのではないか?と考えましたが圧痛店がやはり広めで、ピンチサインや感覚障害もありませんし、頭部挙上でのcarnett徴候は陰性でした。

しかし、両下肢伸展挙上で再度carnett徴候を確認したところ陽性!!

「これは慢性腹壁痛のカテゴリーでキシロカイン局所注射を診断的治療として実施する場面だ!」
と注射すると圧痛も陰嚢痛も見事に症状は消失しました!!

慢性腹壁痛は過剰な検査となってしまうことがありますが、まさにそういう症例になってしまいました。

今症例で診断に難渋した原因は2つ

  1. Carnett徴候を頭部挙上だけで陰性と判断したこと。

  2. 慢性腹壁痛の非典型的なプレゼンテーションでルールインしづらかったこと。


Ilioinguinal nerve entrapment(腸骨鼠径神経の絞扼)

腹壁痛の原因としてよく知られているのは前皮神経絞扼症候群(ACNES)ですね。

ACNESはおおむねTh7-12からの神経が前腹壁を貫いくときに絞扼されて起こり、右下腹部に症状が出現することが多いです。

典型的なACNESでは陰嚢への放散痛はなく、局所で本当に限局的な痛みがあるのみのはずです。

今回のANCESらしくない点は、圧痛領域がやや広い、感覚障害を伴わない、陰嚢に放散しているという点です。

典型的なACNESではないものの、姿勢による増悪寛解やその他泌尿器、消化器症状に乏しいなどの腹壁痛らしさはありました。

今回の症例で絞扼されていた神経は、腸骨鼠径神経と思われます。参考文献1の症例の症状と類似しており、臨床診断は以下の通りである。


  • 筋肉痛を指し示す疼痛特性(歩行や労作、姿勢の影響 を受ける)

  • 典型的な放射パター ン(背中、鼠径部、大腿内側上部、陰嚢または 大腰筋の近位部)

  • 皮膚過覚醒または知覚異常

  • 上腕前腸骨棘の内側下方に典型的なトリガーポイントが存在する

診断は臨床評価に依存しており、トリガーポイント部位への局所麻酔薬注射での症状寛解が診断的治療として重要になります。

腸骨鼠径神経(ilioinguinal nerve)の走行は下図

https://www.researchgate.net/figure/Course-of-ilioinguinal-nerve-Reprinted-with-permission-from-Cesmebasi-et-al-12_fig1_338694675より画像引用

Carnett徴候

腸骨鼠径神経の絞扼による症状の典型像を知らなくても、慢性腹壁痛という確信が持てれば早期の診断治療は可能だったはずです。

今回の失敗の大元は、少し稀な疾患の典型像を知らなかったことよりも、carnett徴候への理解が浅かったことです!

Carnett徴候は、carnettが1926年に腹壁神経痛を初めて報告したことに始まります。腹部圧痛の原因を腹壁神経由来か腹腔内臓器由来か区別する手技として報告されました。

carnettの示した方法は、枕から頭を挙上することで腹壁を緊張させて、内蔵と腹壁との距離がとれることで圧迫が腹壁までしか届かずに腹腔内臓器由来の疼痛では圧痛が軽減するというものでした。また、腹壁痛の場合には圧痛が増強するというものでした。

carnett徴候の有用性と手技の変遷

carnettは外科医で、当初の報告は急性腹痛に対するものでした。

その後に慢性腹痛についても、carnett徴候陽性なら危ないものはないし、なんなら圧痛点への局所麻酔薬の注射でかなり良くなるから腹壁痛の診断に有用っていう研究報告があってcarnett徴候の有用性が認められてきたわけです。

上記の報告では、元々のcarnettの手技に近い、頭部挙上+肩も床から持ち上げる方法で腹壁緊張を得ていました。

時代は進み、最近の文献ではcarnett徴候を確認する手技も色々出て来ました。


それぞれの手技の違いは?

それぞれの手技の診断能を比較した研究はありませんが、姿勢が違えば腹筋群の緊張度合いも違うのは明らか。

ACNESでは主に腹直筋外縁のあたりで圧痛があり、同部での絞扼なのでどの手技でも腹直筋は緊張するから正直どの手技でもよさそうです。

しかし今回の症例では、圧痛点はより外側にあり上前腸骨棘の内下方と下腹部の圧痛でした。頭部挙上では緊張を得られない腹筋が、下肢挙上では緊張したためcarnett徴候に差がでたのだと思います。

具体的には骨盤の後傾が入るので外腹斜筋が下肢挙上では使われたのかなと思います。が理屈より実際に自分でやってみるのが早いです。明らかに同部の腹壁緊張に差が出ます。

ということで、「腹壁痛を疑うときは頭部挙上の方法だけでcarnett徴候陰性と判断せず、下肢挙上まで確認する」ことが必要です。

まとめ

  1. 慢性陰嚢痛の原因が腹壁神経痛のことがある。

  2. 腹壁痛は非典型的だが、やや圧痛範囲が広めのことがある

  3. 腹壁痛を疑い、特に下腹部外側の圧痛の場合は頭部挙上の方法だけでcarnett徴候陰性と判断せず、下肢挙上まで確認する。


参考文献

  1. Knockaert, D. C., F. G. D’heygere, and H. J. Bobbaers. "Ilioinguinal nerve entrapment: a little-known cause of iliac fossa pain." Postgraduate medical journal 65.767 (1989): 632-635.


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